白き梅綻ぶ 14

〜はじめの一言〜
おしまいです。あー、途中で間違ってたとこがありました。ごめんなさい。修正済みです。誠に申し訳ありません。

BGM:AqureTimes  Velonica
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結局、濱口は切腹になった。濱口の両親はそれを静かに受け止めた。
篠崎は、蔵込めになる前に屯所を抜け出し、彼等と接触を図りながら濱口の実家にお幸がいるところまでを探り出していた。そして、井上の隊と監察の者たちが踏み込んだ時にまぎれて助け出そうとしたところを濱口家に入る前に捕縛されている。

その篠崎も、牧野も結局は切腹となった。

「私は息子を、そなたは許嫁を無くしてしまいましたね」

濱口の母は、そういうとお幸を養女として濱口家に迎えることにした。悲しみの中でも寄り添う者がいる。

助け出された後、梅花屋に戻った小夏は新撰組の事情説明もあり、また隊から出た見舞い金で年季の金もすべて払った。しかし、牧野の処分が決まるまでは梅花屋でそのまま居続けた。切腹のあと、梅花屋で小夏の首を吊った姿が発見されたのは、牧野の切腹の翌日だった。

 

小夏と同じように、話を聞かれた後、家に帰ったタエは蔵之介の帰りを待った。
離隊という処分が出た後、監察の隊士に伴われて蔵之介が家に帰ってきた。蔵之介を送り届けると、一旦監察の隊士は帰った。

「タエ……」
「お帰りなさいませ」

玄関先で荷物を置いたまま立ち尽くしてしまった蔵之介に、タエはその荷物を抱えて奥に入った。その後に続いて蔵之介が奥に入る。

部屋の中に行李を置くと、蔵之介はタエに向かって手をついた。

「すまん、タエ」
「蔵之介様」

蔵之介の妻となってから、旦那様ではなく名を呼んだのはこれが初めてだった。

「蔵之介様。お手をあげてくださいませ。タエは蔵之介様に頭を下げていただくことなどございません。私の方こそお詫びしなければなりませぬ」
「タエ……」

手をついたまま顔を上げた蔵之介はタエの顔を見た。その顔はひどく静かで、そこにある決意を表していた。

「蔵之介様。私は、蔵之介様の妻として、一生添い遂げるつもりでおりました。武士として生きる貴方様が私には晴れがましく、誇らしいものでした。ですが、刀を振るっていらっしゃる姿を見たとき、私はもっと考えるべきでした」
「どういうことだ……?」
「蔵之介様、私を離縁してくださいまし」

今度はタエの方が手をついて頭を下げた。
蔵之介は頭から冷水を浴びせられたように感じた。タエが何を言っているのかわからない。

「私は、蔵之介様をお慕いしております。でも、その貴方が刀を振るって人を斬る事の意味も、誰かが斬られることの意味も分かってはおりませんでした。私は、蔵之介様が誰かを斬ることも斬られることにも耐えられませぬ」

静かに、手をついたまま顔を上げたタエの頬を涙が一筋伝った。
武士であるということは人を斬ることもあるのだと、初めて実感した時に、決めるべきだった。あの時タエは、自分で自分の行く末に目をふさいだのだ。

今回のことはその罰だと思っている。

「私は武家の家に生まれながらも何一つ分かってはいなかった。人は、簡単に、蔵之介様が斬られた方々のように簡単に死にまする。それ故に、人は簡単に死んではならぬのです。それを守るのが武士ではないでしょうか」
「……!それを守るために私はっ!」
「守るためになくてよい命があるのでしょうか」

蔵に込められて、尋問を受けた後、永倉から処分が言い渡された。離隊しろといわれ、切腹よりも辛い処分に仲間達が男泣きに泣いてくれた。
いっそ、切腹になった濱口や篠崎、牧野の方が幸せだったかも知れない。潔く武士として死ぬことができたなら。

「いいか、守りたいものを守るために生きろ!」

一人、拳を握り締めた永倉が、蔵之介の胸倉を掴んだ。いつか、二番隊に配属になった時に永倉が言った事だ。初めて、蔵之介の目に涙が浮かんだ。

「な……くら……先生っ」

蔵之介が口を開きかけた瞬間、永倉は掴んでいた手を離して、隊部屋を出て行った。入れ替わるように監察の隊士が現れて、荷物をまとめるところを検分し、家までついて行くと言った。

「離隊とはいえ、隊の中のことをご存じな佐々木さんをこのままただ離隊していただくわけには参りません。誠に申し訳ありませんが、貴方はこれから我々の監視下に置かれます」
「……ご面倒をおかけします」

それでも、面目を保って家まで戻ってきたのは、タエにまず詫びねばと思っていたからだ。自分が新撰組に参加したために、こんな恐ろしい目に合わせる ことになってしまった。その上、離隊という処分を受けて、存在理由さえ心もとなくなってしまった蔵之介は、どこかでタエに縋っていたのかもしれない。

しかし、そのタエも蔵之介の手を掴みはしなかった。

「離縁して……お前はどうするつもりだ」
「祖父のご縁をたよって、仏門に入るつもりです。これまで蔵之介様や他の隊士の皆様方が斬ってこられた方々や切腹された皆様方の菩提を弔ってゆくつもりでおります」

静かなタエの顔には、これまでのどこか儚げで頼りなさげな様子が消え、まるで菩薩像のように見えた。
蔵之介は、目を閉じて天を仰いだ。

「私に、お前を止めることはできない。好きにするがいい。だが……私の妻は生涯……タエ、お前のみだ」

互いに、相手を対の相手と思い定めていても、共にいることができないこともある。タエは、奥の仏間に入ると、自分の髪をひと房切り取って懐紙に包むと、仏壇の前にそっと置いた。
祖父の位牌など、すでに身の回りのものは、いつ蔵之介が戻ってもいいようにまとめてあった。

少しばかりの荷物を手に取ると、タエは一人家を出た。最後にお元気で、と声をかけたタエに蔵之介からは返る声はなかったが、それでよかった。その足で祖父の縁を頼りに尼寺へ向かったタエは、尼僧となって、残りの生涯をすごすことになる。

 

 

「永倉先生!」
「あぁ?」

幹部会を終えて局長室を出てきた永倉の元に二番隊の隊士が駆け寄ってきた。

「門前に佐々木蔵之介が来ております」
「何?」

佐々木が離隊処分になってから一月が立とうとしていた。永倉は隊部屋に戻らずまっすぐに門に向かった。そこには、身一つの蔵之介が立っていた。

「佐々木」
「しばらくです。永倉先生」
「何用だ?」
「佐々木蔵之介、新撰組に加入したくお願いにあがりました」

門前に膝をついた蔵之介はその場に手をついて頭を下げた。永倉に告げた隊士は、その姿を見て、再び幹部棟へ走った。
永倉は、蔵之介がこの場で断れば腹を切るつもりなのを見てとった。

「お前、腹を切る覚悟で来たのか」
「はい。もし加入が認められなければこの場で腹を切ります」
「タエ殿はいいのか」
「タエは仏門に入りました。家も、身の回りの物もすべて処分してまいりました」

その覚悟に永倉が一瞬、顔を顰めた。離隊して武士として生きられなくても、夫婦そろって生きればいいと思っていたのに。

じゃっと背後に砂を払う足音が聞こえて、永倉の背後から近藤と土方が現れた。

「永倉」

ぽん、とその肩に手を置いて近藤が隣に立った。蔵之介は、近藤の姿を見て頭を下げた。

「近藤局長!佐々木蔵之介、新撰組に加入したく、お願いにあがりました!」
「近藤さん、佐々木の嫁は仏門に入ったそうだ。身の回りの物すべてを処分して、身一つでここに来たんだ。もう一度、考えてくれねぇか」
「新八、何の話だ?」
「近藤さん!」

ふっと近藤は土方を向いて笑った。腕を組んでいた土方は、首を傾けて溜息をついた。

「さてな。新人が参加したくてやってきたなら考試の上、腕が立つなら参加させればいい」
「そうだな。佐々木君といったかい?私が局長の近藤勇だ。よろしく頼むよ」

蔵之介はその目にふつふつと熱いものを溢れさせながら、伸ばされた手を掴んだ。
その大きな手に引き上げられて、蔵之介は立ち上がる。

「すまねぇ……。副長」

永倉も袖口で目の端をぐいっと拭った。佐々木の肩を抱いて、永倉は門内へと引き入れる。その様を眺めていた隊士達が頷いている。

―― 私は、守るために、生きるために、ここに帰ってきたんです

蔵之介が、そういうと永倉が片手を上げた。

「よし!今日は二番隊で飲みに行くか!」
「おいおい、ほどほどにしておけよ」
「分かってますよ。近藤さんも一緒にどうです?」
「いいねぇ」

前を歩く黒い羽織の男達の姿を見ながら、常に佐々木蔵之介は彼等のために戦い続けた。どんな時も、彼等がいる限り、刀を振るい続けた。土方が向かった北の地まで、この日の想いを胸に。

後に、タエは蔵之介の中身のない墓の中に蔵之助からもらった着物と簪を入れて弔った。戦い続けた夫の消息を知った、梅綻ぶ初春のことであった。

 

– 終わり –