ほんの些細な出来事 2
〜はじめの一言〜
嵐しか聞いてないわけじゃないです。だから先生も違う技を繰り出せるはずなんです。
BGM:嵐 One Love
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「最近……、神谷さんが笑わないんです」
「……神谷が?」
そういえば、このところセイの姿を見かけることが少なかった気がする。はてと思い直した斉藤は、つい先ほど、自分が何かをと思ったことはその影響だったかと思う。懐からほのかに立ちのぼる匂い袋の匂いが、不意に鼻を突く。
「ええ。何かが気になってるんですかねぇ。話しかければ無理して笑ってくれるんですけど、でもすぐに寂しそうな顔でぼんやりとしてるんですよね」
「……ふむ」
先程とは違って、互いに手酌で酒を注ぐと舐めるように口にする。
「理由を聞いて応えてくれる人じゃないんですよね。だから……何かあったら少しでも笑ってくれるかなと思って、探しに出たんですが、どうしても何がいいのかわからなくて」
「考えあぐねた結果が酒を飲みに来たわけか」
「……考えていたら疲れちゃって……」
しょぼくれた顔で俯きながら酒をすすった総司に聞こえるような大きなため息をつく。いつまでたってもこの男の不甲斐なさには毎度、腹が立つと思う。
「そもそもなんで神谷が笑わなくなったのかわからないのか?」
「……うーん……。いつもならこれというのがあるんですけど、今回はないんですよねぇ」
「ふむ……」
盃を置いて腕を組んだ斉藤は、しばらく考え込んだ。
何を送ればセイが喜んでくれるか。
―― そんなことがわかるなら毎回無駄に悩まずに済むに決まってるだろうが!
苛立ちと、どうすればという考えが斉藤の頭の中を走り回る。
斉藤の沈黙をどう受け取ったのか、総司が慌てたように顔を上げた。
「こんなこと、斉藤さんだって聞かれたら困りますよね!……すみません」
「……たとえば、普段からあんたが買って帰るようなものは試したのか?」
それでも人のいい斉藤は呆れながらも思いつく案を口にしてみた。
思いのほか真面目な顔で斉藤が言うのを聞いて、総司は目を瞬かせた。てっきり俺に聞いてわかるか、と怒鳴り飛ばされるのが関の山だと思っていたのだ。
「はい?というと?」
「つまり、団子や、甘味のたぐいだ」
セイが笑わないほど悩んでいる理由がわからないなら、片端から試してみるしかない。まずは思いついたことを口にした斉藤は、腕を組んだまま次々と話し始めた。
「甘味で試して駄目なら、俺なら酒を飲ませる。それでも駄目なら、瞑想……いや、それは駄目か。稽古……は、いつもやっているだろうし」
ぶつぶつと呟き続ける斉藤を見て、問いかけた本人だというのに呆気にとられていた総司はやがてぷっと吹き出した。
「……斉藤さん」
「それに……、ん?……なんだ」
「斉藤さんってば。やっぱり大好きですよ」
くすくすと笑いながら総司がそういうと、斉藤は気まずそうに咳払いをした。薄らと頬が赤くなるのを何とか気力で押さえることができないかと思う。相手がセイだからこそ、笑わないと聞いてしまえば心配になって真面目に考えてしまったのだ。
ひとしきり笑った総司が自分の分の盃を干してしまうと、徳利に残った酒を斉藤の方へと押しやった。
「優しいですね、斉藤さん。どうもありがとう。もう少し何か探してみることにします」
む、とした斉藤が総司の顔を見ると、斉藤の与えた言葉から何かを思いついたらしい。少しだけ迷いの晴れた顔で総司が立ち上がった。
刀を手に草履を履くと、懐から財布を取り出した。
「……いらん」
「知恵を借りたお礼ですよ」
「俺は独り言を言ったまでだ。その上、少し多く酒を飲んだからかな。酔いが回ったらしい」
ふっと、口元を歪めた総司は白い一分銀を手の中に握りしめた。
財布を仕舞いこむと、店を出がけに小女に話しかけ手から出て行った。
しばらくして、何やら小鉢を運んできた小女に斉藤は顔を向ける。
「これは?」
「先程、お連れの方がお客さんにって。お代はお酒の分もいただきましたから」
ちっと舌打ちをした斉藤に小女がくすっと笑いだすと、持ってきたお盆をに顔を隠してすぐに去っていった。どうやら先ほどのやり取りを見ていたらしい。
運ばれてきた小鉢を見ると、蛸とわかめの酢の物に分葱のぬたらしい。どういう取り合わせかと首をひねったが、いつもながらに総司の思考回路はよくわからない。
「……何を考えているんだか」
思わず呟いたものの、目の前の箸を取り上げるといそいそと箸をつけた。
店を出た総司は、歩きながら思い出すと思わず浮かんだ笑みを堪えようと手で口元を覆った。
気付けば真剣に何がいいのか語り出しているところが斉藤らしい。総司の話をろくに聞いていないようでいてちゃんと話を聞いているし、その上話題がセイの事だけに、次から次へと贈り物の案をあげていたではないか。
―― やっぱり斉藤さんも神谷さんが大事なんですねぇ
堪えようとしても堪えきれない笑いがこみあげてきて、心配は変わらないがそれでも思わず笑みが浮かんでしまう。
「さぁて。神谷さんの膝の上でも、贈り物でいっぱいにしますか」
どこからセイが笑わなくなったかなど覚えてはいない。覚えていないほど、少しずつ少しずつ。
あの顔から笑みが消え始めている。
稽古や巡察はいつもと変わりなくこなしているのだから、少し気欝なことがあったか、そんなところなのだろう。
―― せいぜい、自分にできるのは……
「ごめんください!」
目に付いた行きつけの菓子舗に足を向けた総司は、出てきた店の者に店先にあった菓子を端から順に買い求めた。
– 続く –