ほんの些細な出来事 3
〜はじめの一言〜
嵐しか聞いてないわけじゃないです。だから先生も違う技を繰り出せるはずなんです。
BGM:嵐 One Love
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「沖田先生?!」
「あ、ちょっとすいません」
山盛りの菓子を抱えた総司が隊部屋に戻ってくると、隊士達が目を丸くして迎え入れた。慌てて場所をあけると風呂敷に一抱えもの荷物を置いた総司のもとへセイが駆け寄った。
「先生、どうされたんですか?こんなにいっぱい……。江崎屋さんを買い占めるおつもりですか?」
近づいたセイが菓子の山に呆れていると、総司は困ったような顔で笑った。
さすがにこれだの隊士達の前でセイが落ち込んでいるからだとは言えない。言い訳を口にしかけて、徐々に苦笑いになると、風呂敷を包み直した。
「なんとなく、食べたくなってしまったんですよ。つい」
「はぁ……。こんなに、ですか。とにかく、こんなには隊部屋に置いておけませんから賄いに持っていきますね」
深く追求しても仕方がないと思ったのか、セイは風呂敷を抱え上げると、賄へと運んで行った。
その後を追いかけた総司はすぐにセイに追いつく。
「神谷さん」
「はい?なんでしょう、先生」
「その、神谷さんはその中でどれか好きなもの、ありますか?」
口に出してから我ながら、なんて不器用な物言いだと思ったが、言ってしまったことは取り消しがきかない。
自分自身で情けなくなった総司は、軽く頭を振った。
「……はぁ?……、あの、まあ……どれも好きですけど」
「そうですか!」
ぱぁっと顔を輝かせた総司はにっこりと笑って、セイの手から風呂敷を取り上げた。
「じゃあ、ちょっと付き合ってください」
「え?あのっ……、先生?!」
セイの手を掴むと総司はぐいぐいとセイを連れて歩き出した。
といっても、屯所の中で落ち着いてこんな一抱えもの甘味を広げられる場所、そしてほかに誰にも邪魔をされない場所など限られている。
賄の裏手にある奥の庭まで向かうと、飾り石まで行ってセイをそこに座る様に言った。
「ここで待っててください」
「はい……?」
曖昧な顔で頷いたセイを置いて、すぐに総司は賄から茶を汲んできた。
「はい。お茶ですよ」
どう考えても総司の妙な行動に呆気にとられたセイは、なりゆきで湯呑を受け取った。
「……ありがとうございます」
「さ。好きなものを食べてください」
「はぁ……、先生。どうかしたんですか?」
ひどく怪訝そうな顔でセイが総司を見上げると、ぽりぽりと頬を掻いた総司が、んー、と呟いた。
「どうもしませんけど、変ですか?」
「変です」
きっぱりと即答されると、何と答えたらいいかわからなくなる。言葉に詰まって、風呂敷の中に手を突っ込むと、指先に触れた一つを掴んで何かも確かめずにセイに差し出した。
「と、とにかくこれを」
ぬっと差し出された薄皮饅頭にセイがぱちぱちと目を瞬かせた。
饅頭を受け取ったセイは、怪訝な顔をしたものの、総司の突拍子もない行動をこれ以上追及しても仕方がない。
「……いただきます」
「はい」
ぱくっと口にしたセイは、ちらちらと総司の顔を見たが、まじまじと見つめられると困ってしまう。ひどく気まずい気持ちでもぐもぐと口を動かしていたセイは、半分ほど食べ終えるとたまりかねて手を下ろした。
「沖田先生」
「はい」
「そんなにまじまじと見つめられていたんじゃ食べた気がしません!」
「あ。ああ、すみません……」
我に返った総司が、風呂敷に手を突っ込むと、一番上の箱を引っ張り出した。饅頭なら竹の皮の包みにつつんであるが、干菓子や練りきりは型が崩れない様に箱に入っている。
練りきりの箱を掴んだ総司は、蓋をあけると普段なら迷うところだが、今は一番端に入っているものを手に取った。
その様子を見ていたセイが、そっとその手に触れた。
「先生?……なにか、無理をされてませんか?」
「えっ!あ、嫌だなぁ。そんなことは」
「嘘。いくらなんでもわかりますよ。こんなにたくさんの甘味を買ってこられるし、その割に先生自身は全然食べたそうにしてらっしゃらないし。何か私、気に障ることでもしましたか?」
まっすぐに総司を見るセイに、困った総司は一口で練りきりを口に放り込んだ。もぐもぐと口を動かし終わると、ひどく気まずそうに口を開いた。
「その……神谷さんがここの所あまり笑わなくなったなと思って、少しでも元気を出してほしかったんです」
「え……」
思いがけない総司の言葉にセイが目を丸くした。
自覚は全くなかったし、気欝があったのは確かだがそれが総司にばれるはずはないと思っていた。
「私、笑ってなくはないと思うんですが……」
「笑ってませんよ!話しかけてもどこか今までとは違うし、時々苛々してるみたいだし、具合でも悪いのかと思ったんですけど……。それで……」
「それで、こんなに買っていらしたんですか」
あんぐりと口を開けそうになったセイの口元にゆっくりと笑みが広がった。思い悩んでいるうちにどこかで、寂しくなっていた気がする。
誰に相談するとしても、他愛ないと言う程度の小さなことも、時に少しずつ重なっていくこともある。
「すみません。沖田先生。ご心配をかけてしまいました。でも、本当に何でもないんです」
「神谷さん……」
にこっと笑って、残った饅頭を口にしたセイは、指先についた薄皮をそのままぺりとめくって、皮だけをぺろりと舐めた。
「ふふ。おいしいです」
セイの笑った顔を見て、総司もほっと息をついた。持ってきた湯呑に手を伸ばすと、冷めかけた茶を口にする。
「よかった」
ちょうど最後の一かけを口に入れたところだったので、片手をあげたセイが、首を少しだけ傾ける。何が?と言いたかったセイの気持ちが伝わったのだろう。
総司がへへ、と笑って、練りきりの箱を閉じると、風呂敷の中からせんべいの袋を探し出した。
「神谷さんがね。そうやって笑ってくれるとほっとするんです。なんか、元気が出るっていうか」
「私ですか?」
くるっと目を動かしたセイは、少しだけ口元を押さえてからふっと笑った。
– 続く –