草紅葉 3

〜はじめの一言〜
複雑なのは誰でも一緒ですね

BGM:Metis 梅は咲いたか 桜はまだかいな
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

土方に呼ばれた総司は斉藤が不在の間、三番隊を一緒に見ることになった。セイとは入れ替わるように幹部棟へ向かった総司は、話を聞き終えて隊部屋に向かった。三番隊の伍長にしばらくの間の代わりと何かあった時の指示を出す。

「じゃあ、そういうことで報告は私にしてください」

頷いた伍長と話を終えて、三番隊の隊部屋から振り返った、その目の前に何か言いたげなセイが立っていた。セイが何を言いたくて、どうしてそこにいるのかはわかっていたが、あえて総司はそれに触れずに隊部屋へと入っていく。

「なんです?そんなところに突っ立って」

普通に笑ったつもりだったが、どこか冷やかな笑みになったことに総司は自分で気づいていない。
セイは、その笑みがいつもよりも険しい感じがして、口を開きかけたもののうまく言い出せなくなってしまった。

「あ…、あの……」
「さ、巡察ですよ?」
「沖田先生!」

あっさりとかわされたセイは思わず総司を呼んだものの、振り返った総司がだからと言って話をしてはくれないのだとその顔をみて理解する。
じろりとセイを見た総司は一瞥するとすぐに背を向けた。

土方から斉藤が見合いのために休暇と願い出たと聞いた総司は内心、複雑だった。斉藤がセイの事を想っているのは堂々と宣言されたのでよくわかっている。
なのに、見合いをするという斉藤がよくわからない。そんなことに口を差し挟むようなことではないことも重々わかっているが、なにやら釈然としないものは総司にもあった。

だからといって、何かを言おうとするのがセイであれば話は違う。

「……なんです?」
「いえ……。なんでもないです」

顔を上げたセイは、冷水をかけられたように俯くと、急いで総司を追い越して巡察の準備をするために隊部屋へと入った。
話したかった言葉は喉の奥へと飲み込まれていく。
総司ならわかってくれると、話を聞いてくれるのではと思っていたセイは、急に叩き落されたような気がして動揺していた。

隊部屋に入ると、さりげなく相田が近づいてきて、密かに声をかけてくれる。

「……沖田先生、機嫌悪そうだな。大丈夫か?」
「ええ。すみません……」

頷いたセイを気遣って、その背を叩いてから相田が去っていく。
総司はじろりとその様子を見ていたが、さすがにそれを指摘はせずに黙った。いつものことだとわかっていても、セイがこの話に首を突っ込むのは不愉快だった。
そんな自分に気合を入れるように羽織を纏うと総司は仕事の顔に切り替わる。

「さあ!いつまで時間をかけるんですか?!巡察の刻限ですよ!」

あまりない、叱責に一番隊の面々は慌てて刀を手に大階段の前へと向かう。隊列を整えると、重苦しい曇り空の下で巡察へと出発した。

 

 

華の希望を聞いた後、供の者達と話をした斉藤は一旦、華が泊っている宿を後にした。
屯所に戻るのではなく、近くのこじんまりした宿に部屋を取った斉藤は、屯所では滅多にみない砕けた姿で横になった。腕枕でごろりと横になると、さて、と目を閉じる。

華という娘の事をどう思うかと聞かれれば、可もなく不可もなく、と答えるだろう。

可愛らしいとは思う。華やかな顔立ちで、天真爛漫なその姿は育ちの良さが溢れている。このご時世によくこれだけ明るく育ったと思うほどだ。

武家の娘としてはよくしつけられているのだろうが、良家の娘で何不自由なく育っただけに新選組のような少々荒っぽい者達にも貧しい生活にも縁はなさそうに見える。そんな生活になった時に、この娘はどうするのだろうかと、他人事のように斉藤は考えていた。

どうしても斉藤の中で、華だけでなく誰かを嫁にという姿が思い浮かばないのだった。それはすでに相手をセイで想い描いてしまったが故に、他の相手にはなかなか書き換わらないのもある。

だからといって、このまま放っておくつもりではない。
とにかく、何をしたいのか聞き取ったわけで、それを組み立てることにした。

「まずは芝居見物か……いや、祇園で舞妓を呼びたいとも言っていたな。あとは寺社巡りか」

呆れたことに、いわゆる娘らしいことはお忍びで何とも芝居見物に来ているらしく、それ以外のことがしたいという。
供の者からも話を聞いたのは、それらをどこまで許容できるのか確かめたかったからだ。
西本願寺見学は論外として、どれほどいれば満足するのかはわからなかったが、今日は着いてすぐということもあり、このまま宿にいてもらうとして明日から市中を歩くことになる。

目を閉じてあれこれと考えていた斉藤は、歩く道順に巡察路を避けている自分に苦笑いを浮かべた。
決して、セイに見られたらどうするということではない。ただ、ほかの者たちにしても余計なことを言われたくないからだと言い聞かせてみても仕方がない。

―― 結局は何も決められてはいないのだな、俺は……

自嘲気味に浮かんだ苦笑いをあの野暮天が見たらどう思うかと、いつになく斉藤の思考も取り留めのないものになる。
まだまだ斉藤自身も煩悩を抱えた若者というところだった。

 

巡察の途中で、休暇に入った斉藤を見かけはしないかとセイはいつもより落ち着きがなかった。
斉藤を見かけたからと言ってどうするわけでもないのだが、気になって仕方がないために自然と武士が歩いていればそちらに目が行く。
その先で、違和感を感じたセイは隊列から離れた。

「あの……」
「何用」

ふらふらとセイが声をかけた者は、身なりも悪くないのだが、手にしていた荷物がおかしい。
大工道具のような木の箱を肩の上に担いでいる。うさん臭そうに、話しかけてきたセイに向かって、男がじろりと顔を向けた。

「あの、その木箱の中身、拝見してもよろしいでしょうか」

木箱が大きさの割に、ひどく重そうでしかも左肩に担いでいるが、周囲への警戒が強いように見えた。
最後尾に近い場所を歩いていたセイが隊列から離れたことに気付いた総司は、振り返って隊列を止めたところだった。

「何、貴様、小僧が何を生意気に……」

脇差を抜きかけた男から反射的に後ずさったセイは、次の瞬間ぐいっと肩をひかれた。

「下がりなさい!神谷さん」

駆け寄った総司がセイと男の間に割って入る。刀こそ抜いてはいないが、総司はセイが何となく感じた違和感以上に何かを感じ取ったらしい。

「すみませんが、私達は新撰組の者です。その木箱の中身を見せていただけませんか」
「くっ……」

その木箱の重さから、担いだままではその場所から素早く離れることもできないと判断したのか、男は片手を木箱の蓋の隙間から中に差し入れて、箱の中の黒い塊を掴んだ。
木箱を力任せにセイに向かって放り出すと、手につかんだもの一つを手に全力で走りだした。

「半分は追ってください。半分は向こうから回り込んで」

素早く総司が隊士達に指示を出すと、その間にセイは投げ捨てられた木箱の中身を拾い上げた。

「沖田先生!」
「短筒ですか。全く、貴女ときたら動く前に一声くらいかけられるでしょう!どうしてそうなんです?!」

不逞浪士らしき男の担いでいた荷物が短銃だということよりも、一人勝手な行動に出たセイを強く叱りつけた。
斬りつけられそうになったことは、注意力が落ちているのためでほかに考え事があるからだ。そんな中でも男の様子に気づいた事だけは褒めてやれるはずだったが、単独行動だけは見過ごせない。

相手が一人だったことも幸いして、周囲に散った隊士達は、見事に男を捕縛してその荷物と共に屯所に向かって連れて帰ることになった。

 

 

 

– 続く –