草紅葉 4

〜はじめの一言〜
斉藤先生はあきらめたのかな?

BGM:Metis 梅は咲いたか 桜はまだかいな
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「何を考えてるんですか」

屯所に戻った後、事後処理は山口に任せて総司はセイを道場に呼んで叱りつけた。現場では後始末を先にしたために、早々に引き上げてきたが、組長としては見過ごせなかった。

「……申し訳ありません」

渋々と詫びたセイが納得していないことはすぐ見て取れる。じろりとセイを睨むと腕を組んだ。

「貴女が身勝手な真似をして不逞浪士に斬られようが打たれようが構いませんが、その時は隊を辞めてからにしてくださいね。周りが迷惑です」
「……っ!」

むっとしたセイの頬がさっと赤くなった。噛み締めた唇から血が滲む。
確かに、気を取られていたのは確かだが、それでも不逞浪士を見つけて、短筒まで押さえられたのだから褒められてもいいくらいなのに、ここまで言われることに納得ができない。

だが、組長の言うことは絶対であり、それに逆らう自分は許されない。

そう思うと、ぐっと自分を抑えて、セイはもう一度詫びた。今度は総司の方がその姿に思わず余計なことを考えてしまう。

「申し訳ありませんでした」
「……そんなに気になりますか」
「え?」

つい口を突いて出た言葉に総司自身が驚いた。
慌てて口元を押さえると、セイを置いて道場から足早に表に向かう。問い返されて自分の苛立ちに気付くとは間抜けすぎる。

「あっ、ちょ、沖田先生!」

セイが止めるのも聞かずに、表に出た総司は鋭い舌打ちと共に誰も居ない中庭の方へと足を向けた。いつもここに姿を見せるのは総司か、セイか、斉藤位なもので、セイは道場に置いてきたし、斉藤は今はいない。

中庭の木に寄り掛かって両手で顔を覆った。

―― 斉藤さん……

セイが斉藤の事を男としてではなく兄として見ていることはわかっているはずだった。それでもこうしてセイが斉藤に気持ちを向けていることに対して、自分が苛立っていたことを自覚するという我ながら間抜けなことにため息が出る。

―― そうか。私自身が斉藤さんの見合い話に納得できないのか

セイを好きだと言った、真剣の恋だと言っていた斉藤がなし崩しに見合いをするような男ではないことはよくわかっている。だからこそ、余計、納得できなかったのだ。

武士には、どんな事情があるかも知れなくて、斉藤ほどの男に自分が口を出すことなどおこがましいと思ってはいるというのに。

―― でも、斉藤さん。神谷さんは貴方の事が心配で気になって仕方がないみたいです

胸の中で斉藤に語りかけると、答えが聞こえてくればいいのにと思う。自分自身も一度は近藤達に言われて見合いをしたことがある。だが、斉藤なら自分のようになし崩しの見合いなどしないと思っていた。

きっと釈然としないのは、斉藤自身が納得していない気がするからで、総司は斉藤と話をしてみたくなった。

その頃、道場に残されたセイは、しょんぼりとうなだれて道場を後にする。

「だって……、気になるんだもの」

どうしたって気になるものは気になるのだと言いたい。

セイも総司の見合いのように想いを諦めるとかそういう感情ではないのだが、どうしても斉藤が斉藤ではなくなる気がしてすんなりと受け止められないのだ。
祐馬の時のように、斉藤をとられる様に感じたわけではないが、何かが違う。

「いつもの斉藤先生だったら……」

きっと、いつもの斉藤だったなら、セイもこんな風には感じなかったに違いないと思う。
それはある意味正しくて、斉藤の迷いをそのまま敏感に感じ取っていた。どんな女子でも、とどこかで思いながらも思いきれない斉藤の迷いがセイに伝わり、そして総司に伝わる。

 

当の本人は、その頃酒を飲んでいた。宿屋にいてすることもなくなれば、酒を飲むくらいしかない。
今は特命で探るべきことも多くはないし、わざわざ今でなくてもいい。

「ふむ」

一人で酒を飲むのが好きな性質なので、いくらでも飲んでいられるがそれでもあまり早い時間から飲み始めるとさすがに飽きてくる。
そこに宿の女中が客が来たと告げにきた。

「すんまへん。お客さんがお見えになってますけどいかがします?」
「客?」
「へぇ。女のお客さんですけど」

女の客というのに心当たりがなくて、斉藤は部屋まで通してもらうことにした。胡坐をかいてぼんやりと膝に手をついていた斉藤は客を待った。

「どうぞ。こちらへ」

女中の声がして開けられた障子の間に現れた人物に斉藤は驚いた。

「お邪魔して申し訳ありません」
「……華殿。何かありましたか?」

宿屋とはいえ、仮にも男が一人でいる部屋に年頃の娘が訪ねてくるというのはただ事ではない。何かあったのかと、とりあえず部屋へと招き入れた斉藤に、華はにこにこと応じた。

「お寛ぎのところお邪魔いたします。わざわざ屯所には戻らずにこちらに宿をとっていらっしゃるとおっしゃっていたので、夕餉でもご一緒にと思いましたの」
「飯……ですか」
「はい。お願いすれば私の膳くらいこちらでも用意してくれますでしょう?私、斉藤様と是非、もっとお話しがしたいんですわ」

呆気にとられた斉藤は、まじまじと華の顔を眺めた。少なくとも、年頃の未婚の娘が男一人で酒を飲んでいる部屋に、話がしたいと言って現れるなど普通ではありえない。
確かに見合いの相手ではあるが、どうなるかもわからず、破談になった暁には華は傷物扱いされないとも限らない。

もしやと思い、斉藤は障子を開けて廊下にお供の者でも控えているのかと顔を出したがそうでもないらしい。
黙って動いた斉藤に鈴を転がしたような笑い声をあげて華が袖口を上げた。

「供の者たちは宿におりますわ。皆も私がすることには慣れていますもの。斉藤様のところへ行くと言いましたらこの宿までは送ってくれましたが、きっともう私達の泊る宿に戻っていますわ」
「帰ってって……、華殿をおいてですか」
「ええ。だって、斉藤様と夕餉をいただくだけですもの」

あっさりと言った華に呆れたものの、まさかここで華をどうこうする気などあるわけもない。開けたままの障子の向こうで斉藤は宿の者に心付けをはずみ、華の分の夕餉も頼んだ。
部屋の前の障子は開けたままにしておいて、斉藤は酒を片付けて膳を下げられるように廊下にだした。

「あら。気になさらなくてもよろしかったのに。斉藤様はお酒がお好きですか?」
「……いくらでも飲めます。酔わないということではありませんが」
「まあ、お酒にお強いのですね。剣術もお強いと伺いましたわ。お酒も剣術もお強いなんて素敵です」

どの辺が素敵なのか、斉藤には全く分からなかったが、とにかく並みではない娘だということはこの時点ですでに身に染みていた。

 

 

– 続く –