草紅葉 5

〜はじめの一言〜
斉藤先生はあきらめたのかな?

BGM:Metis 梅は咲いたか 桜はまだかいな
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宿の者が斉藤の酒を下げて、新しく茶を運んでくる。
運ばれてきた茶を受け取って差し出したのは斉藤で、華はあくまで客として座っていた。

―― これが神谷なら率先して茶を配りだしそうだが……

ついセイを思い浮かべて苦笑いした斉藤は、改めて座りなおした。

「さて。話と言っても私はこの通りの無骨者ですし、気も利かない。これと言って面白い話などできませんが」
「そのようなことは気になさらなくてもよろしいんですのよ。私は斉藤様のことが知りたいんです。新撰組の中では組長でいらっしゃいますのね」
「はあ……。三番隊の組長を務めております」

無表情な斉藤の応対にも全くこだわることなく華はにこにこと頷いている。
隊の組織についてなどは、あまり詳しいことが巷間に知られているわけではないために、華の疑問はそんなところから始まった。

「その何番隊というのはやはり順番には何か、お強い方が割り当てられるということでもございますの?」
「特にそういったわけではありません。どの隊も皆それぞれ猛者ですから。あえていうならば一番隊だけは親衛隊という役割もありますな」

斉藤からすれば何が面白いのかはわからないが、華は興味津々という風情で聞き入っていた。
男の仕事に関して、女子が口をはさむこともなければ、詳しく知ろうとするものも少ないというのに、やはり華は変わっている。

「このような話が面白いものですかな?」
「ええ。斉藤様が普段、どういうお立場でお仕事をされているのか、ご一緒に努めていらっしゃる方々はどのような方々なのか、私とても興味がありますの。で も、もちろんお話になれないことであればかまいませんの。女子が殿方の仕事に口を差し挟むことではありませんもの」
「はぁ……」

なるほど、自分で言うように何が何でも知りたいというわけではなく、話せる範囲で構わないということらしい。
ふむ、と頷いた斉藤は差し障りのない辺りを話始めた。

「基本的には男所帯ですので、あまり華殿が聞いても面白いとは思えませんが……。隊ごとに部屋は分かれており、組長も隊士達と同部屋です。同士という立場ですな」
「そうなんですの?では、殿方が皆様ご一緒にお休みになりますのね。面白いわ。お長屋のようなものとも違うのでございましょう?」
「そうですな。大きな集会所を細かく仕切ったものですから長屋とも違う。ただ、広間に男どもが雑魚寝をしているということです」

もともと口数の多い方ではない斉藤にとって、婦女子と語らうということも話題に困るはずだったが、こうして隊のことや斉藤の日頃の暮らしぶりを知りたいと言われれば話に困ることはない。

「それでもこまごましたことは下々の方々がやってくださるのでしょう?」
「いえ、洗濯は各自、また布団干しに掃除なども各隊士がやります」
「まあ!斉藤様も自らされますの?」
「そうですな。細かいものはこまめに自分でいたしますし、洗いに出すことの方が多いでしょうか。あとは組下の者がついでにやってくれることもあります」

生まれてこの方、洗濯や掃除、台所なども自分で立ったことのない華にとっては驚きの連続である。小者がやるのでもなく、武士が自らやるのだと聞けば目を丸くするのもわからなくもないが、何もかもすべてというわけでもないのは実情である。

同じ武家でも華の家のような身分と金のあるような家とは違うのだ。

話しているうちにそういえば普通の武家とは違うと面白くなってきた斉藤は、膳を前にしてさらにあれこれと隊においては当たり前のことを話した。

斉藤が話している時は、箸を置き、きちんと話を聞いてはまた膳を楽しむ。いい意味でも悪い意味でも華はお嬢様育ちである。

「おかげで久しぶりに楽しい夕餉になりました」

華を宿屋に送りながら斉藤は、正直な感想を述べた。嬉しそうにうなずく華を気遣いながら歩く斉藤は、それまでの憂鬱からいつの間にか解放されていた。

「私など、女子が殿方のお話をあれこれと失礼いたしました。でも、私もとても楽しゅうございましたわ」
「明日は芝居見物でしたな」
「はい。またいろいろとお話ししてくださいませね」

にこりと微笑んだ華を迎えに出た供の者に頼むと斉藤は宿に引き返した。あれほど、気に病んでいたものが、これこそ、案ずるより何とか、というところかと思う。

これまで嫁を取ることなど考えたこともなかったが、今日のような様子であればやっていけるのかもしれないと思う。
金に関しては、実家にいたときのような贅沢三昧はできないが、斉藤の実入りであれば、小さな町屋を借りて爺と小女でも雇い入れれば華も徐々に暮らしのことは覚えていくだろう。

「父上の目は確かということだな」

ぼそりとひとり呟いた斉藤は、宿に戻ると早めに床を取ることにした。

 

屯所では、つまらないことから叱責をした総司と、言われた側のセイは何となく気まずい状態になっていた。夕餉の時も何となく互いにわだかまりを残しつつ、ぎこちない会話を交わしていた。

「おいおい。神谷」
「はい?」
「お前、沖田先生に謝ったんじゃないのか?」

夕餉の膳を下げる際に小川が追いついて来て、セイに耳打ちをする。昼間の件でセイが叱られたのは皆が知っているが日頃、そのあとまで引きずることが少ないだけに、思わず心配になったらしい。
それでも自分の膳だけでなく総司の膳も運びながらセイが気まずそうに頷いた。

「謝ることは謝りましたけど。でも……」

納得がいかないことは行かない。

うっかりと文句を言いかけてセイが言葉を濁した。それはわかるとばかりに、小川は苦笑いを浮かべて頷ずく。

「気持ちはわかるけどな。それでも気を散らしていれば危ないってのは沖田先生がいうのも当り前だろう?」
「それは……わかってるんですけど」
「納得がいかなくても謝るだけ謝っとけよ」
「謝りましたってば!」

あまりに何度も言われるので、苛立ったセイが言い返した。確かに不満ではあったがセイもちゃんと危ないと心配されることはわかっていたので、謝ったのにあんな風に言われて、しかも途中で放り出していったのは総司の方なのだ。
てっきりセイが謝っていないのかと思っていた小川は、噛みつくようにセイに言われて困惑してしまった。傍目にもはっきりとぎくしゃくしていたのは明らかなのに、セイが原因ではないというのか。

「じゃあ、なんなんだよ?」
「そんなこと私が聞きたいです!ちゃんと謝ったのに……」
「そうか。じゃあ、虫の居所が悪いんだろうけど、沖田先生にしちゃ珍しいよなぁ」

そんなことはセイも思ってはいたが、もう素直になるきっかけを無くしてしまうと、どうしようもなかった。賄に膳を返すといつもは順番に 風呂に入るのだが、その間にセイは一人、幹部棟のいつもの小部屋にいた。火の気のないその部屋はとても冷えていたが、頭も冷えるからちょうどいいと思うこ とにしてぼんやりと灯りを眺めていた。それにも飽きてくると、洗い上げた洗濯物を畳み始めた。

その中には総司の物も含まれている。

「なんでかなぁ……」

セイは、ぽつりと呟いた。

 

– 続く –