草紅葉 7

〜はじめの一言〜
ちょっと間が開いちゃってすいません。

BGM:広瀬香美 DEAR・・・again
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昼餉を終えると、斉藤は華を伴って店を出た。芝居見物の後は、ゆっくりと八坂神社まで足を伸ばした。途中から境内までの両脇に並んだ出店に華が楽しげにあれこれと見て歩く。

「斉藤様!見てもよろしい?」
「どうぞ」

一つ、一つ、店先を覗く前に斉藤に伺いをたてては嬉しそうに笑う華に、斉藤も徐々に柔らかい表情になっていく。華の後ろに立って、人ごみから華をかばいながら店の品を覗き込む。

風車に、小さな人形、ふくろうの置物など、次々とはじけるような笑顔で目を輝かせる華は何を見ても楽しそうに笑う。次の店は可愛らしい手の内に納まるような蒔絵の手鏡だった。

「綺麗……。なんて可愛らしいの」
「ふむ」
「桜に、梅に……、これは桔梗かしら」

蒔絵に描かれた絵柄を見ながら楽しげに次々と手に取っていく。なんとはなしに手に取った斉藤が華の手から鏡を受け取る。

「華殿はどんな花がお好きなんです?」
「どんなお花も、私、大好きですわ。これからの季節なら、梅でございましょうか」
「ではこれを」

すっと並んだ中から、赤のはっきりした梅の柄を手にすると、店主に差し出した。懐から紙入れを取り出して代金を支払うと、薄紙に包まれた手鏡を華の手に渡す。

頬を上気させた華が両手でそれを押し頂いた。

「嬉しい。斉藤様、ありがとうございます」
「そのようなもので喜んでいただければなによりです」
「まあ。斉藤様がくださるなら私、どんなものでも嬉しいですわ」

嬉しそうに笑う華に頷きながら、それが普通なのだろうな、とどこかで冷静に考えていた。特命で探りを掛ける以外は面倒になって、花街に も足が遠くなりがちだが、妓達にも斉藤が何かを買って持っていくなどはほとんどない。あるとすれば、セイに何かを買うことくらいだが、いつもセイは恐縮し てほとんど遠慮してしまう。

華の様に買ってもらうことに慣れている反応が新鮮だったのだ。

「疲れませんか?」
「ええ。楽しくて疲れるなんてとてもとても。斉藤様はお疲れになりました?」

人ごみにもめげずにはしゃぐ華に斉藤が苦笑いを浮かべた。全く、自分などより、華の方がよほど元気で明るく前向きだと思う。よろめいた華に手を差し伸べて、背後から支えると境内に入り、賽銭と共にお参りを済ませた。

「待ってください。斉藤様」

また何か店を覗くのかと斉藤が振り返ると、華が何かを買い求めて小走りに追いついてきた。冷たくなった指先には小さな守り袋が握られていた。

「斉藤様。これを」
「ん?これは、守り袋ですか?」
「ええ。斉藤様がお怪我をされたりしない様にお願いしてきました」

にこりと笑う華の顔には、斉藤達の日頃の仕事など、絵物語ぐらいにしか思えていないように見えた。
なぜだか無性に血なまぐさい捕り物の姿を華に見せたくなって、斉藤は一呼吸置いてから手を広げた。無骨な掌に華が守り袋を乗せる。
金糸でくくられた守り袋に、複雑な顔になった斉藤は、それでもさらりと礼を口にした。

「ありがとうございます。これは大事にさせていただきましょう」
「そうしてくださいます?」

頷く斉藤にすっと自然に寄り添った華は、斉藤について歩き出した。

斉藤が華を連れて歩く場所に巡察路を嫌ったにもかかわらず、遠くから斉藤の姿を眺める三番隊の面々がしみじみと二人を眺めてそれぞれに感慨深げなつぶやきを口にした。

「あの斉藤先生のあんな顔なんか、俺、見たの初めてかも」
「俺も」
「まったくなぁ」

確かに屯所ではまず見たことがない斉藤の表情に皆が何とも言えない顔をしていた。穏やかな斉藤、微笑む斉藤、女子の扱いも非常に手慣れており、確かに斉藤ほどの男ならば当り前なのだろうが、いつも以上の男ぶりに皆が感嘆のため息をついていた。

「やっぱり、こうしてみると斉藤先生も男なんだな」
「そりゃあそうだろう。あんな可愛らしい娘なら誰だってなぁ」
「そうはいっても、これまでの斉藤先生と言えば、雪弥だろう?神谷にしたって……」

数え上げてしまえばこれまでの斉藤の艶話はすべて衆道がらみである。安芸というのも花街の女であり、しげしげと多く通うような間柄ではない。それを思えば、この見合い、まして相手が華であれば斉藤の結婚は決まったようなものに思えた。

「あんな斉藤先生の姿をみりゃなぁ」

斉藤が華に執心するようになれば、セイは淋しがるかもしれないが、斉藤の幸せな姿を見れば納得するだろう。

「まあ、納まるところに納まったようなもんだな」

最後に伍長がそうつぶやくと、皆を急きたてて巡察に戻って行った。

 

同じように華を送って宿屋に戻った斉藤は、一度屯所へと戻ると告げた。

「休みはいただいているのですが、何があるかわかりません。申し訳ありませんが、今夜は一度屯所へと戻らせていただく」
「はい。お戻りをお待ちしております」
「何かあれば屯所に使いを走らせてください。なに、宿の者に言えばすぐにわかるはずです」
「承知いたしました」

宿屋に華を送り届けると、斉藤は自分が泊まっていた宿を引き払って屯所に戻った。門脇の隊士達はすでに巡察から戻った三番隊の隊士達に話をきいており、戻った斉藤に意味ありげな笑みを浮かべた。

「ん?なんだ?」
「いえいえ。なんでもありません。お帰りなさい、斉藤先生」

疑問を浮かべた斉藤に、慌てて首振った隊士達が中へと斉藤を促した。
大階段に向かう間も、三番隊の全員があちこちで噂話を広げていただけに、皆が斉藤の姿をほれぼれと眺めていた。

「斉藤先生!おかえりなさいまし」
「うむ。何か変わりはなかったか?」

斉藤を迎えた三番隊の隊部屋は、いつになく嬉しそうに斉藤を迎えた。不在の間の報告を受けると、隊部屋を出て一番隊の部屋へと向かう。
隣の部屋を覗くと、手持ち無沙汰に総司が庭を眺めて部屋の端に座っていた。

「沖田さん。不在の間、面倒を掛けたようだな。世話になった」
「斉藤さん。戻られたんですか?まだ数日お休みだと思ってましたが」
「ああ。一度、様子を見に戻ったまでだ。今夜は屯所に泊まる」
「そう、ですか。斉藤さん」

互いに、何事もなかったような顔で言葉を交わしてから総司が、斉藤にむけて顔を上げた。

「斉藤さん」
「なんだ」
「今日は屯所に泊まるなら、後で少し話せますか」

これといったわけでもなく、世間話をするように話しかけた総司に斉藤が怪訝な顔を見せた。

「わざわざとは珍しいな」
「大した話じゃないんですけどね」

夕餉の後に時間を取ることにして、斉藤は幹部棟へと足を向けた。

 

– 続く –