斉藤さんの夢遊び 1

〜はじめの一言〜
なな様の風花-KAZAHANA1周年のお祝いです。

BGM:
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「斉藤先生、斉藤先生」

隣で寝ていた隊士に揺り起こされた斉藤は珍しく起床の太鼓ぎりぎりに目を覚ました。

「む……」
「起こしてすみません。先生」

恐縮する隊士に、半身を起こした斉藤が額に手を当てて頭を振った。
何やら夢を見ていたような気がする。そういえばここずっと同じような夢を見ていた。

―― はて。どんな夢だったか

夢の中身を反芻しようとした斉藤を隊士が何とも言えない顔で見つめていた。さては、寝起きで頬に寝跡でもついているかと額から頬へと手を動かす。

「いや、すまんな。俺としたことが危うく寝坊するところだった」
「それは構わないんですが……」
「?」

何か言いたげな隊士に斉藤が布団から出ながら問いかけた。ほかの隊士達もみな、起き出して手ぬぐいや着替えを手にしているが、何となく斉藤の様子を窺っている気配がする。

「なんだ?俺の顔に何かついているのか?」
「いえ。このところ斉藤先生がうなされていらっしゃるようなので、お疲れなのかと思いまして」
「うなされている?俺がか?」

驚いた斉藤は、ふむ、と自分の手拭いを手にしながら先ほどの夢を思い出そうとしたがもうすでに手のひらから零れた砂のように思い出すことができない。ただ、最後は何やら自分はひどく満足していたような気がしたのだが。

「皆に迷惑をかけるほどうなされていたのか。それはすまなかった」
「とんでもありません!それに、その、うなされているというか……。いや、気にしないでください。斉藤先生がお疲れじゃないならいいんです」

意味深な隊士達の笑いが気になったが、さっさと顔を洗って支度をしなければ遅れてしまう。わかったと言って斉藤は井戸端へ向かった。
出遅れたために、井戸端は順番待ちの様子だったが、斉藤に気を使った隊士達が場所を開けてくれた。そこには、セイにたたき起こされた総司が寝ぼけ眼で顔を洗っているところだった。

「おひゃようございます。斉藤さん」
「随分眠そうだな。昨夜は徹夜でもしたのか?」

確かに総司はあまり寝起きがいい方ではないが、ここまで眠そうなのは珍しい。しょぼしょぼした目を瞬かせた総司が、歯を磨きながら、どんよりと下がった肩を自分で叩きながら目の下にくっきりとしたクマをみせた。

「なんだか寝ても寝ても寝た気がしないんですよ。どうも夢ばっかりみていて、しかもその夢を覚えていないなんて悔しいですよねぇ」

―― どんな夢を見ていたんだったかなぁ

終いに首を回すとごきごきっとすさまじい音がして周りにいた隊士達もぎょっとした顔になる。

「あんたのことだから疲れているということもないだろうが、まあ、稽古でもして汗を流せば夢も見ないんじゃないか」

総司の隣で顔を洗って口を漱いだ斉藤はそういうとさっさと隊部屋へと引き上げていく。何となくセイを挟んで総司とは一緒になることが多いが余計にあまり親しくしたいとは思っていなかった。

「兄上!おはようございます」
「神谷か。おはよう」
「お珍しいですね。こんな時間になんて」

いつもはほぼ一番乗りのセイのあと、寝起きのいい者達の第一陣には間違いなく入っている斉藤がこんな最後尾に近い辺りで、しかもまだ寝間着姿とは珍しい。

「うむ。ちょっと遅れてしまってな」
「そうですか。じゃあ、お引止めしても遅くなっちゃいますからまた!」

朝日のようにはじけるような笑顔を斉藤に向けたセイは、足早に去っていく。雑用全般に目を光らせているセイはこういう時間、最も忙しいのだった。
はた目からみては全くその違いは判らないが斉藤の顔にはセイの笑顔を見てぽっと嬉しさが浮かんでいた。絵面にすればほんの線一本くらいの違いだが、大きな違いでもある。

「……斉藤さんにはあんな笑顔するんですねぇ」

背後から地の底を這うような声が聞こえて、今度はむっと表情を改めた斉藤が振り返った。

「ここんとこ、神谷さんの笑顔みてないんですよねぇ」

そう呟く総司に斉藤はさもありなん、と胸の内で答えた。ここしばらく土方の仕事が忙しくて駆り出されたセイは、朝から夜遅くまで鬼副長にこき使い倒されていた。
土方が忙しくて仕事に慣れたセイを頼みにするのはわかるが、くたくたになったセイを気遣ってやるのは組長の役目だろう。

「ふん、あんたよりも副長の方がよくなったんじゃないか?」
「!!よくってなんですか?!斉藤さん?!え~?!つまり私のことが嫌いになったってことですか?」

ぎゃあぎゃあと喚く総司を置いて、斉藤は隊部屋に入ると、さっさと着替えを済ませる。何とも胸のつかえが落ちるようで、爽快な気分になった斉藤は、一瞬、夢の中身を思い出した気がした。

「確か……」

総司が夢に出ていたような、とおもいかけて、頭を振る。何が悲しくて男の夢を見なければならないのだ。どうせ見るならセイのほうがいいにきまってる。

 

 

一日が終わり、布団に入った斉藤はいつでもどこでも眠れるためにあっという間に眠りに落ちた。隊部屋の中は行燈も消され、障子越しに入ってくる月明りがせいぜいという暗さである。
同じ部屋で眠る隊士達も皆、寝静まっているところに不気味な声が響いた。

「……っふっふっふ」
「?!」

隣で寝ていた隊士が、またか……と、なるべくその声を聞かないように布団を頭まで引き被る。だが、一度始まった声は途切れることなく、ひどく楽しそうだ。

だが、誰一人としてその声の主を起こすことも、黙らせることはできなかった。

 

– 続く –