青い雨 6
〜はじめのつぶやき〜
お待たせしました~。
働きすぎてました。はい。
それでだいぶ疲れ切ってまして、なかなか時間が作れず。ほどほどって大事ですねぇ。
BGM:感電
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「おかえりなさいませ」
「待っていなくてもよかったのに、すみませんね」
「信濃屋の使いの者が来てくれたのでわかっていましたから。私もやることが残っていたんです」
熱い茶を淹れたセイが総司のところに運んできた。
「お酒を召し上がっていらしたのでお茶はいかがですか」
「ああ。ありがとうございます」
文机をずらして、まだ墨の乾いてない筆を丁寧にしまった。
「今日はどなたが座敷にあがったんですか?」
「小菊さんと千早さんと、お柏さんですよ」
「そうでしたか」
小菊も千早もセイは知っている。かわいらしい妓たちだ。
さぞや華やかな座敷だろう。
「楽しいお酒ならよかったです。ちょっと心配していたので……」
「おや、どうしてです?」
「あ、いえ。その、お柏さんが上がっていると聞いていたので……」
何気ない様子だったがわずかに表情の変わったセイを見て、総司は片眉をあげた。
普段は、何かあっても口に出して発散するのがセイだが、妙に歯切れが悪い。
「あなたらしくないですね?」
「え?」
「そんな様子はあまりみせないのに」
「そう……ですかね」
無理に笑ったセイを見ながら総司は熱い茶をすすった。
それ以上は何も言わなかった。それよりも、セイへ何を贈ろうかという方に気を取られていたからだ。
こんな時、たいてい人と人は掛け違う。
そもそも、夫婦でもどれほど親しいものでもすべてをわかり合うことはできない。
ほんの一瞬、触れ合ってもまたすぐに離れる。そんな一瞬、一瞬の点と点が他人から見た“誰か”を形作る。
武士としての在り方や、大望こそわかりやすいものはない。それが、点で形どられた人の内側となり、血肉となる。
でも、点と点の間はきっと本当は誰にもわかりはしない。
なぜなら、点を結ぶのは柔らかい感情という糸でできているからだ。
時にたわんだり、時にぴんと張り詰めたりする。
だからきっと、自分自身にさえわからないのかもしれない。
その夜、総司は小菊や千早たちが話していたことを思い出しながら、何を贈ればセイがよろこんでくれるのか、そんなことを考えながら眠りについた。
翌朝、支度を済ませて屯所に向かう間も、総司は考え事をしていたが、同じようにセイもどことなく不機嫌そうな様子だったが互いにそれは気づかないままだった。
荷物をもって診療所の小部屋に入ったセイは黙々と仕事をこなしてから、立ち上がって幹部棟へむかった。
「副長、おいでになりますか?」
「入っていいぞ」
廊下に膝をついたセイは、障子を開いた。
「失礼します」
「おう。……なんだ?」
「はい?」
帳面をもって部屋に入ったセイを見て、土方は妙な顔をしている。
「お前の顔だ」
「部屋に入ってすぐ、人の顔に文句でもありますか」
「そうじゃねぇ。……っていうか、お前なんだ。機嫌が悪いのか」
「はぁ?」
首を傾げたセイは呆れた顔で指をさしてくる土方にいわれてようやく気が付いた。
「……あれ」
「なんだ。総司と喧嘩でもしたのか?」
「いえ……。そんなことはないんですが、あれ。どうしたんですかね、私」
「自覚がないってのか?そんな顔しやがって」
手を差し出した土方に帳面を差し出しながら、驚いているセイは、眉間の力が抜けて今まで自分が皺をよせていたことに思い至る。
ぐにぐにと額に手をやったセイは、もう一度首をひねった。
「……なんででしょうね」
「阿呆」
受け取った帳面を開かずにそのまま文机に置いた土方は、胡坐をかいていた膝に手を置いて腰を上げた。
自分の分と共に茶を淹れてから、一つをセイに差し出す。
「ほら」
「……ありがとうございます」
「で?」
何が気に入らないのか、と聞かれると自分でもよくわからない。
そんなセイにため息をついた土方は一口茶をすすると、珍しく穏やかに口を開いた。
「聞いてやる。ちょうど今は暇になったところだしな。いつからなんだ?さかのぼって話してみろ」
「さかのぼって……といっても、うーん。昨日は、先生方がお酒を飲みに行かれて」
「原田と永倉か。なんだ?それで総司が妓でも買ったってのか?」
「いえ。先生方は、お酒を飲んでいらしただけで、沖田先生もそれほど遅くならずにお帰りになりましたよ?」
そうだ。
もやもやしたのはそれよりも少し前だった気がする。
「じゃあ、その前か?そのあとか?」
「……思い出しました。確かに、私、不機嫌だったみたいです」
心当たりを思い出したセイは、小さくため息をついて土方の入れた温い茶を飲んだ。