青い雨 1

〜はじめのつぶやき〜
あらしの前なのでございます。

BGM:青い雨
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捕り物が終われば、隊では金が出る。働きに応じた報奨金だ。
誰がどのくらい働きがあったのかを報告するのも総司の役目なのだ。

後始末と一言にいっても、取り調べや、協力してくれた町方への筋通し、近くの町役への挨拶など多岐に渡る。
それだけに、屯所に戻ってきてからもやることは山積みだ。

「じゃあ、あとは頼みます」
「承知しました」

山口に後を任せた総司は隊部屋を出て幹部棟に向かう。調べ書きとは別に誰がどのくらい働いたか、というのをまとめるためだ。
空き部屋を使って、手早くまとめるのもわけがある。

「副長、よろしいでしょうか」
「入れ」

まだ墨も乾いたかどうかというくらいだが、土方の部屋に向かった総司は、諾の声を聞いてから障子に手をかけた。

「捕り物の報告を持ってまいりました」
「ふむ……」

珍しく手が空いているのか勘定方からの書類をめくっていた土方が手を差し出す。
今回はそれほど大捕り物ではなかったので、薄手の帳面をはらりとめくる。

「ふん。まだお前以上の働きをする奴はいないか」
「それは……。よほどのことがなければ私も面子にかかわりますから」

苦笑いで受け流したが、よほどのことがなければ捕り物で一番働くのは組長になる。そうでなければ組下の者たちに示しがつかないうえに、なめられてしまうからだ。
わかっていてそんな問いかけをするのだから土方の底意地も相変わらず、というところである。

「いいだろう。まだ日も高いしな。今日中に払い出すように勘定方に言ってやれ」
「ありがとうございます」

日が暮れてしまうと、当然ながら始末をつけるのも遅くなってしまうが、日中のことであればほとんどがその日のうちに支払われる。
仕事であり、それはそれとわかっていても、隊士たちも金が出るのは喜ぶ。それが早ければよほどそうだろう。

うなずいた総司が懐に帳面を入れると、再び急ぎ足で土方の部屋を出たのはそんな意味もある。

勘定方は隊士棟の一角だが、にぎやかな各組部屋とはちがい、部屋は常に閉められていて近くに行くと急に静かだ。

部屋の前で名乗りを上げてから総司は障子を開いた。

「すみません。報奨金の支払いをお願いします」
「沖田先生。承知しました。こちらへどうぞ」

勘定方の部屋は廊下から入ってすぐの部屋とその奥にある。障子をあけてすぐは、文机が並び、いわゆる受付のようなもので幹部だけでなく、隊士たちの金の無心にも対応するのがここだ。

総司を出迎えた八十次郎はその受付の後ろに座っていて、奥の部屋への受付係に当たる。
八十次郎は自分の文机の前に総司が来ると、総司が差し出した帳面を受け取った。

「お預かりします」

土方の承諾を得た帳面はここで勘定方に回る。そして総司には金を渡し、八十次郎から土方には支払った金の覚えと共にこの帳面が渡る仕組みだ。

いくら屯所とはいえ、金を扱うのは限られた者だけ。隊士たちの中でも女や博打に金を使ってしまい、金に困るものもいないわけではない。

帳面の額を傍らに置いた算盤で弾いて、後ろに置いていた手文庫の中から丁寧に金を数えだした。

「今日は速いお戻りでよかったですねぇ」
「そうですね。みんなこんな時間に金を渡したらまた飲みに行っちゃいそうですけどね」
「ははっ、それが皆さんの楽しみでもありますからね」

口を動かしながらも懐紙にさらさらと名前を書いて金子を包む。
八十次郎は組長ごとに渡し方を変えているという。総司にはこうして一人分ずつ金を分けて渡すが、相手によってはそのまま渡すことも時によって違う。

組長が堂々と金を渡すことで、組長からもらう、という体を強調するらしい。

手早く折りたたまれていく懐紙を見ながら、にこにこと総司はうなずいた。

「毎度お手数おかけしますね」
「いえいえ、目の前で金を分けるのは気分が悪かろう、という沖田先生の気持ちもわかりますしね。さすがにこの程度のことで副長もお怒りにはならないでしょう」

折りたたむところはいくらでも手伝いようがあるのだが、総司は眺めているだけで一切手出しをしない。
それが後々、何か一つでも災いにならないためであることがわかっているから八十次郎も手伝ってくれとは言わない。

「たまには神谷さんに何か孝行されてはどうです?沖田先生」
「うわ、耳が痛いことを言いますね。あの人なかなか聞いてくれないんですよねぇ」

診療所にいるセイにはこんな風に捕り物の際の報奨金などはかかわりがない。だが、土方からは医薬方特別手当として給金には色が付けられている。

だからこそ、こうして総司に金が入っても、着物やかんざしやそういうたぐいの物には一切欲しがらない。たまには、と思っても一切聞き入れないどころか、物によっては店にまで行って返してしまうこともある。

総司にとっては悩みの種でもあるのだ。

「神谷さんならそうでしょうねぇ。着物やなんかは間違いなくおいやでしょうねぇ」
「だからってせんべいだの大福っていうのもあまり甲斐性がないようで……」

頭の後ろをかきながらぼやく総司に八十次郎は手を止めずに、笑いながら顔を上げた。

「そりゃ、あんまりだ。沖田先生の面子もあったもんじゃない」
「いやぁ、私の面子なんていいんですけどね。それでもやっぱりねぇ……」
「ははっ、沖田先生。型にはまらなくても気の利いたものならあるんじゃありませんかねぇ」

そんなものがあるならば、教えてほしいと縋るような目を向けた総司に八十次郎は首をすくめた。

「私なんぞにきいていい案が出ると思いですかね?こんな毎日金勘定ばかりをしている男に気の聞いたものなんて。それくらいなら先生もこの金をもって、皆さん方と一緒に花街にでもいって、知恵をもらってたらよろしいですよ」
「えー……」

ぶつぶつとこぼしている総司に、金の包みを渡して、朗らかな笑みを浮かべた八十次郎は早々に一番隊組長を追い払った。