青い雨 7

〜はじめのつぶやき〜
ご無沙汰しております。すみません、すっかり間があいてしまいました。
やっぱりなー。少し減らすはずがなかなか減らせず、起きてる間のほとんどを働いているような・・・。
そんな日々がまだ続いておりまして、なかなか筆をとることができずお待たせしております。
ようやくかけたー!!
久々にかけた!楽しい。書きたいよーとぼやいてないで書けよ、という感じですね。
あまりあきすぎるときは、別のお話でもさしこんでみようかなとか悩み中です。
懲りずにまたのぞいてくださいませ。

BGM:感電
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「まあ、大した話じゃないんですけどね」

ん?と眉をあげた土方に、セイは肩をすくめる。

「最近はさすがにあまり顔を出していませんけど、以前は私も色々顔を出していたことがあるじゃないですか」

花街は、普通女が立ち入ることはないが、清三郎としては顔を出すことも多かった。
そして、隊士達の相方と話をすることもある。

「ほとんどの方は、ね。よくしていただくことが多いんですが……、お柏さんはいつ会っても一言皮肉や嫌味を言われるのでちょっと苦手なんです」

土方がおや、という顔をするのもわからないわけではない。
どんな相手であれ、好き嫌いで仕事をするわけではないことは当たり前だが、セイは、清三郎だった頃から、苦手な相手にも自分からとっかかりを見つけようと努力する性質だ。

まして、あいてが女であれば余計に贔屓目というのもおかしいが、甘くなる傾向だったはずだ。

そのセイが苦手だ、とはっきり口に出すのは珍しいといえば珍しい。

「まあ、お柏はくせがあるからな」

土方が座敷に呼ぶことはまずないが、その耳に入らないはずもない。
お柏といえば、と思い浮かぶ程度には認識がある。

「そのお柏さんがお座敷に上がっていたと伺ったので、ちょっとおもしろくなかったみたいです。私」

ふん、と鼻を鳴らした土方だが、よほど暇があるのか、話を放り出さずに乗っかってくる。

「お前が直接会ったわけでもないだろうに、珍しく悋気でも起こしたのか?」
「いや……、なんというか……」

さすがに苦笑いを浮かべて言葉を濁したセイは、少し躊躇った後口を開いた。

「たわいもない話といえば話なんですよ。つまり、先生方はお柏さんについて特に気にされたりしないのに、私が小さくて、こだわってしまうことが情けないというか」
「そんなにこだわっているのか?」

「……そうですね。理解できないというか、それを先生方は受け入れられるのに、私は受け入れられないことが何というか……」
「気に入らないってか?」

小さく笑った土方に、いつもなら頬を膨らませるセイだが、今のところは苦笑いを浮かべて頷いただけだ。

「心が狭いというか、私が至らないのだと思うのですが、どうにも……」
「暇だから聞いてやる。何が気に入らないんだ?お柏の」
「そうですね……。もちろん、境遇というか立場もあって、愚痴が出るのはわからなくもないのですが、お柏さんの話はいつもどうにもならないんですよね」

どうにもならない。
愚痴がどうにかなるものではないことは、ほとんどの場合がそうだが、お柏の場合はまた少し違う。

例えば、セイが隊士の代わりに支払いに向かい、その隊士の相方や遣り手婆に多少の嫌味や皮肉を言われるのはわかる。

「つけ払いに来てくださるのはありがたいんですけどねぇ」
「すみません。私が来てしまって……」

相方の隊士が顔を出せば、さらにまた花代が出るだろうし、気に入った相手の顔を見る、姿を見られれば嬉しいものだろう。
だが、セイが顔を出してしまえば、つけを払うだけで、それ以上にはならない。

見世の座敷ではなく、女将の部屋に腰を下ろしたセイは申し訳なさそうに懐から懐紙に包んだ金を差し出す。

「いいえ、神谷はんが悪いのと違いますえ?村山はんがつれないのは他に気になる店でもあるのとちがいますか?」

やんわりと、見世に出る前の崩した髪の佐久という妓と女将を前に、セイは頭に手をやりながら曖昧に笑う。
長火鉢をはさんで、渋茶をすするのも付き合いの一つとセイはわかっている。嫌味も皮肉も言われはするが、それでもこうして顔をつないでおけば何かあっても、よくしてもらうことが多い。

村山の代わりに支払いに出向いたのも、しばらくつけがかさみ、隊士としての素行が悪くなる前にやんわりと止めに入ったためだ。こうしてしばらく頭を冷やさせて、様子を見るのも問題ごとになる前に始末をつける。それができるのはセイだけだ。

「しばらく、忙しいようなので、今のうちにつけを少しでもということでお佐久さんから離れたわけではありませんよ。ほら、その証拠に少しつまむものでも買っていってくれと頼まれていましてね」

何という事もない塩豆大福だが、包みを開いた佐久は、女将にそれを差し出した。
女将もわかっていて言っているのだから、手を伸ばして一つつまみ上げると懐紙の上にそれを乗せておいて、熱い茶を淹れなおす。

「神谷はんもほんに、うまくなられて……」
「そういわれると何とも……」
「たまには副長はんでもお連れしてくださいましね」

つれない相手への憎まれ口くらいは安いものだ。その塩梅を聞くことで、どれほどの仲なのかや、たわいもない世間話の中にも色々な情報が、まぎれているからである。

「おや。たいしてうまくもない大福じゃございませんか」

女将のいる部屋は、妓たちの様子もわかるような場所にあるにはあるのだが、わざわざ覗き込みでもしなければ、わかるはずもない。
部屋の入り口で腕を組んだお柏は、支度前とはいえ、白粉もまだの様子だ。

「お柏さん」

佐久は明らかに嫌そうな顔をして背中を向けたが、ここでお柏にも大福を勧めない、というのは塩梅が悪い。

女将の顔も曇りはしたが、自分の懐紙ごとお柏に差し出した。

「神谷はんが差し入れてくださったのに、なんて言い草しますの。ほら、これで向こうへ下がりや」

差し出された手を見て、すぐに組んでいた腕をほどき、懐紙を受け取ると、わざとらしく頭を下げた。

「神谷はんは、なかなか座敷に上がられませんけど、うちなんて目にはいらへんのやろ?」
「いえ、お柏さん。そんなことはありませんが、先生方と違って私のようなものが花代を出すのはまだまだということで……」
「おやおや。目には入らんでも声は聞こえるようであいすんません。どうもお邪魔さま」

困り顔になったセイに、女将も佐久も申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみまへん。神谷はん」
「いえ、気にしないでください。私が座敷に上がらないのは本当ですし」
「そうですけども……。こうして神谷はんにはようしていただいているのに申し訳ありまへん」

女将のいうように、セイがこうして間に入るようになって、隊士のもめ事は段違いに減った。それは間違いのない事だ。

「あんな言い方をするからお柏さんにはお客がつかないんですよ」

さすがに腹がたったのか、佐久も思わず口に出してきたが、セイは曖昧に笑って胡麻化した。本当に気が重いのはこれからなのだ。

セイの気をとりなそうと気を使った女将たちと話をした後、腰を上げたセイはいくらか緊張しながら店の入り口に向かう。

くるぞ、と身構えていると案の定、廊下にたたずんでいるお柏の姿が見えた。

「もうお帰りなんですねぇ。神谷はん」
「お柏さん」
「永倉先生や原田先生は時折お声をかけてくださるのに、沖田先生はなかなかお声がかからないんですよねぇ?」
「それは……。沖田先生に、お柏さんがそういっていたと伝えておきますね」

決して伝えはしないが、毎度のことだけに同じように笑顔を張り付けて答えたセイに、お柏は癇に障る笑い声をあげた。

「あっはっは。神谷はん。絶対に沖田先生には、つたえてまへんやろ?そうお顔に描いてありますえ?そのかわいらしいお顔なのに、本当に性の悪い……」
「そんな……」

思わず反論しかけたセイの顔にお柏はべったりと両手を擦り付けた。

べちゃり、とした感覚に慌てて身を引いたセイは、手の甲についた安い膏のにおいに顔をしかめる。

「そのかわいらしいお顔にこうして塗って座敷に出たらいくらでも花代が稼げそうやなぁ」
「止めてください!私は男です!武士ですから!」

袖口で不快な匂いを拭ったセイは急ぎ足で店を後にする。こんなことが一度や二度ではなかったのだ。