残り香と折れない羽 3

〜はじめのお詫び〜
そうだよ、こうきますってば。BGM:ケツメイシ 夏とビールとロックンロール
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夏場のこともあって、総司が行水用に用意してくれた水を浴びて、セイは先に汗を流させてもらった。いつもの香りを身に纏って、髪を結いあげる。
これが普通の女髪だったらこうはいかないな、と思う。手早く着替えたために、総司が汗を流してくる時には、すでにセイは身仕舞いを済ませていた。

セイは総司の着替えを手伝って、髪を結いあげた。幾分、いつもよりきつく引いて結ったのは多少の仕返しが含まれていたのかもしれない。

「セイ、何だかいつもより乱暴じゃないですかぁ?」

引っ張られて、薄ら涙目の総司がぶつぶつと零すのをセイは聞かなかった振りをして受け流した。時間があるので、ゆっくりと朝餉をとってから二人は屯所へ向かった。

 

 

診療所に入ったセイは、特に患者もいないので、細々した片付けや掃除を小者に頼んで、奥の部屋に入ると持ち帰ってまで書いていたものをまとめ始めた。

途中、昼餉をとりに総司と一番隊の面々が当然のように診療所を占拠したことを除けば、比較的順調に書き進めることが出来て、午後にはほとんど書き上げることができた。

 

「さて……どうしよう……」

セイは、自分の机に向かいながら、せっかく書き上げたものの、なかなか思いきれずに考え込んでいた。

セイが手にした冊子には事細かにびっしりと様々なことが書きこまれている。そこに書かれていることは、ほとんどまだ誰にも言ってない。

 

それは、セイが気づいた隊内のことである。
すべての隊士についてではないにしても、セイは恐らく誰よりも顔が広く、隊内のほとんどの仕事について知っていた。
それだけに、各人がとる普段と違う行動などにも目が届きやすい。そこで気づいたことを書き留めていたのだ。

もちろん、中には平隊士達だけでなく、幹部の面々のことも書かれている。さすがに総司については書いていないが、中には近藤の胃痛の様子や土方の島原や祇園への回数などもつけてある。

どちらにしてもこのままでは誰に見せることもできないので、平隊士の分は各隊に分けて冊子に写しかえた。
幹部についてのあれこれは、土方と近藤宛として中身を書き、特に極秘にすべきと、セイが思うものについては、写し終えた後、元にした覚書も塗りつぶした後、燃やしてしまった。

ようやく書き上げたというのに、出来上がったそれを前にすると、唸ってしまう。

どうしても正しいかどうかの判断が一人ではつかなかった。それは隊士時代に何度も、見聞きしたことに囚われすぎて、失敗を繰り返し、叱られたことが経験としてある。
あまりセイ自身はそう思わないにしても、勘がいいほうらしい。そして、それは危険なことによく働くともいえる。だが、セイには、これが自分の幹部待遇に対する応えになるのではと思っていた。

 

―― どうしよう

 

ため息をつくとセイは、冊子をいつもの場所にしまいこんだ。それから、小者に頼んで、総司に空いた時間に診療所に来てもらうように頼んでもらった。
これまでセイは屯所内で自分から個人的に総司を呼び出すという事は極力控えていた。しかし、これについてはどうしても勝手に進める気になれなかった。

「神谷さん、何か話があるって事でしたけど、急ぎます?」

いくらも間をおかずに総司が現れた。稽古着姿なので、わざわざ稽古の合間に抜けてきたらしい。

「沖田先生!申し訳ありません。お時間があるときで構わないんです。少しご相談したいことがあって」
「どうしたんです?珍しいですね」

昔はさておき、今のセイが屯所内で相談事を持ちかけることは少ない。そして総司を呼び出すということも。
それだけに、総司は気になって稽古を抜けてきてしまったらしい。
どこか嬉しそうな顔で聞きながら、総司は急がないことだけを確認する。

隊士時代とは違って、仕事の内容もまったく違うだけに、セイがこうして屯所で相談事を持ちかけること自体がひどく珍しかった。

「そんなに珍しいですか?」
「そりゃ、そうですよ。じゃあ、急ぎではないなら今日は稽古が終われば、お仕舞いですからその後にまた来ますね」
いつもよりも早々に稽古を切り上げて着替えると総司がいそいそと診療所に現れた。

「お待たせしました」

総司が現れると、セイも仕舞いではあるので診察室の方は他の隊士に頼み、小部屋に入った。
ここは、セイの立場からしても密談には最適に作られている。実は診察室へも直接入ることができるが、その入り口は壁一面の薬棚で分からないようになっている。

薬棚のお陰で、予備の隣の病間に人がいなければ室内の話が外へ漏れることはまず無い。夫婦が一緒に働くが故に気を遣われたのかもしれないが。

まずは、総司にお茶を入れて差し出すと、セイは黙って、総司の前に掌に載せた小さな鍵を見せた。
この診療所の作りはざっとは皆が知っていても、特にこの部屋のこういった細かいところはセイ以外は誰も知らない。建てている最中に、セイの使いやすいようにしていいと言われて、あちらこちらに細かい細工がしてあるのだ。

この鍵のことも総司にさえ初めて見せる。 きょとん、とした顔でそれを総司が見ると、そのままその鍵をセイが座っている後ろの壁一面にある薬棚の一つにあるはめ込みを押して、現れた鍵穴に差し込んだ。
この部屋には、そのまま置いては置けない劇薬や危険な薬も置いているからということもある。それ故、棚のいくつかは鍵がかかるようになっていたり、一見してはわからない細工物になっている。

そこから、セイが取り出したのは冊子の束で、取り出したそれを総司に差し出した。昨日、セイが仕上げに持って帰っていたものと同じものである。怪訝な顔で総司がセイを見た。

「なんです?」
「読んでみていただけますか?私が書きました」

とりあえず、総司は一番隊と書かれた一冊目を手に取った。
さすがに一番隊は、セイも皆をよく知ってるが故に、そこには一番隊の隊士達の事細かなことが書かれていた。
その内容は多岐にわたり、普段の行動から食べ物の好みなどから稽古のときの癖からあまりに広い。

例えば、相田は以前、捕り物のときにセイを庇って怪我をした後、左から打ち込むときに体をひねる癖が付いていた。
それによって、今度は背筋を痛めることが多くなっている事、元の傷を負った日、それから背筋を痛めた日が書かれている。

かとおもえば、別な者は急に太ったために体が重くなっていると、太った貫目まで書かれている。その理由が、遊女に振られたために酒に走っているらしいことも。

徐々にめくる手が早くなり、ばばっと最後まで流し読みすると、次々と他の隊のものも手に取った。
黙って総司が読み終わるのを待つことができずに、セイが口を開いた。

「あの……先生方もそれぞれ気がついていらっしゃることが多いかも知れないです。でも、細かい癖などは、普段気にならないことだけに、意外と見落と されていることもあるのではないかと思うんです。これを先生方や局長達にいきなりお見せしても出すぎてるかもしれないし、そう思うと迷ってしまって……」

黙って次々開いては読んでいく総司をみて、段々自信がなくなっていく。一通り目を通した総司が最後の冊子を置くと、なぜかそのまま右手を差し出した。

「沖田先生?」
「貴女がこれを書いたなら、もう一冊か二冊違うことが書かれている物があるはずですよね?」

確かに、今総司に渡したものには、特に要注意と思った一冊は抜いて渡していた。
バツの悪そうな顔でセイは、後ろの棚から最後の一冊を取り出した。

「あの……なんでわかったんですか?もう一冊あるって」
「そんなもの当たり前じゃないですか。伊達に貴女を育ててきたわけでもありませんし、このくらい分からないと貴女の夫は務まりませんよ」

あっさりとそういうと、最後の一冊を読む目は険しくなった。

 

 

– 続く –