残り香と折れない羽 4

〜はじめのお詫び〜
これこそ本領発揮ですよ。BGM:GReeeeN 道
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落ち着かない気持ちでセイが見守っていると、読み終えたのか、総司が手にしていた冊子を重ねて置いた。
セイの顔を見ると、険しい顔が少しだけ緩んだ。

「神谷さん。もしかして私が怒ると思ってました?」
「う……、いえ……。その、こんな出すぎたことをとか、危ない真似をと、言われるかなとは思いましたけど……」

歯切れの悪いセイの言葉を聞き咎めて、総司は気になることを確認した。

「危ない真似したんですか?セイ」
「いいえ!そんな……えーと、ご心配かけるようなことはしてません……多分」

総司は最後に読んだ一冊を持ち上げると、薄く笑った。

「このへんなんかは、大分危ないと思いますけどね?」
「あっ、いえっ。皆さん、息抜き代わりにいらっしゃることが多くて、その、そんなに危ないことはしてないと思うんですけど」

総司がじっと見つめると、言葉は歯切れが悪いものの目を逸らすことなく見返してくる。
言い逃れがあれば、そもそもこんなものを総司に相談してきたりはしないだろう。そう見極めた総司は、手にした一冊を置いて、ふう、と息を吐いた。

思った以上に難しいものを目にしたような気がしていた。

「正直に言いますけど、私も気づかなかったことが多いです、これ。確かに、稽古にも役に立ちますし、日頃の皆さんの様子を見るにもとっても役に立つ と思います。ただ、扱いが難しいでしょうね。組長に渡してどうぞではすみませんし。どちらかといえば監察方から土方さんや一部の幹部に上がってくるような 事が含まれすぎてますから」

総司が難しい顔でセイの書いた冊子を指して言った。

それに、と口には出さなかったものの、総司は心の中で大きな危険も孕んでいると思っていた。今のセイは、医師としてよほどのことがなければ、巡察や捕り物にでることはない。少しでも危険な場所に出て行くことが減ったことに、総司は喜んでいたのだ。
しかし、これを土方が知った場合、あの鬼は躊躇なくセイのことも危険の中に配置するようになるだろう。

それは、これまでセイがどこかで幹部ではなく待遇という立場に甘んじていたことを止めるということにもなる。それは神谷清三郎だった頃以上に隊にとって欠かせない人物だということになる。

「もしかして、私がまた危険なことに首を突っ込んだりするんじゃないかってご心配されてます?」

途中から黙り込んだ総司に、上目遣いにセイが聞いた。総司がセイのことが分かるように、セイにしても総司がこんな顔をするときのことは大体想像が付く。

「隊務であれば、これがあっても無くても、副長なんかは容赦なく私のことを扱うと思いますよ?それに、前と違うのは今はちゃんと沖田先生に相談させていただくって事なんですけど……」

確かに、以前のセイならただ役に立ちたい一心で、先走っていたに違いない。たとえば、総司に相談することなくこれを幹部会の場などで披露していただろう。
だが、今はそれをせずに総司に相談を持ちかけている。

「確かにそうですね。以前の貴女だったら……」

言いかけて想像したのか、総司が思い切り吹き出した。それをみて、ぷくっとセイが頬を膨らませた。

「沖田先生!それはあんまりじゃないですか?!」
「ご、ごめんなさい。つい……あは」

笑いながら謝る総司に、それじゃ謝ってません!とセイが噛み付いた。

セイにとってはそれだけ総司を夫として立ててもいるし、信頼もしているということのなのに、と心の中では思っていた。総司が言うように、隊務とはいえ、言えないことが増えてくると、その重さに切なくて、悲しくなる気持はセイにしても覚えがあった。
だからこそ、こうして話をしているというのに、それさえ分かった上で、総司はこうしてからかっているのだろう。

「本当に、貴女ってば可愛いですね」

むくれているセイにそういうと、ちょっと待っててください、といって総司は外に出て行った。セイが所在無げにそのまま待っていると、外を回って土方を連れてきた。

「副長」
「話は総司に聞いた」

そういうと、座りながらセイの前に置かれた冊子を手に取った。ぱらぱらとめくり、次々と目を通していく。その横に総司が座り、落ち着かないセイは、先ほど総司に入れたお茶を下げて、改めて土方と総司の分を入れなおした。
じっと待っていると、読み終わった土方がそれを置いた。

「こいつは、いつもどこに置いてるんだ?」
「この後ろの鍵のかかる棚に置いてます」

にやにやと笑いながら土方は答えの分かっている問いを総司に投げかけた。

「ふん。総司、お前はどう思う」
「意地が悪いですねぇ、土方さんは。わかってますよね?」

腕を組んで、総司が土方を見返す。

「じゃあ、決まりだな。神谷、これは使える。よくやった。だが、これはこのままここに置いておけ。鍵は普段お前が持ってるのか?」
「はい。ここは私しか持っておりません」
「じゃあ、お前だけが休みのときは総司か俺に鍵を預けるようにしろ。これがあることはまだ近藤さんと俺と、総司だけのことにしておけ。その代わり、これからここは必要なときに用談する場として使わせてもらう」

土方が意地の悪い笑みを浮かべているのをみて、セイは自分のした事が認められたことをやっと理解した。
セイの隣に移動した総司が土方に向けてにっこりと笑った。

「ねぇ、土方さん。私の奥さんは有能でしょう?」
「ふん、一つ間違えばやりすぎにもなりかねねぇだろ?」
「そうですねぇ。でも、土方さん、もしかして」

―― こうなることを分かっていたんですか?

セイにはわからないように問いかけると、ふっと緩んだ口元から答えが返ってくる。

「近藤さんがな」

土方はそれしか言わなかったが、それが答えになっていた。セイは、二人の会話がわからなくて土方と総司の顔を見比べた。
僅かに総司が眉間に皺をよせて、言葉にはしない不満を伝えてくる。しかし、土方はその眼を強く睨みかえした。そして、セイの方へ視線を向けた。

 

「神谷。近藤さんが言ったはずだ。どんな思いでお前たちが一緒になったかを忘れるなってな」
「はい」

こくっとセイが頷いた。土方が今度は総司へ向かってきっぱりといった。

 

「それには覚悟が在ったはずだ。総司。お前はもうそれを忘れたのか?」

ぐっと言葉に詰まってしまう。
決して忘れているわけではない。だが、穏やかに過ごせる日々に自分さえも目の前の幸せに酔っていたというのか。

俯きかけた総司の腕を、そっとセイが掴んだ。はっとしてセイの方を向くと、まっすぐな目が総司を見て、かすかに首を振った。それを見た総司がふわりと微笑んだ。そうして、土方の方を向くと総司は静かに答えた。

「忘れてなんかいませんよ。神谷さんは私が守ります。それは変わりません」

その答に満足したのか、土方はもう一度、冊子に目を落しながらふん、と鼻を鳴らした。

「だったらいちいち、噛みつく前に嫁をしっかり守ってやりやがれ」
「それが難しいんですよ。この人なかなか素直に守られてはくれないんで」
「沖田先生、そんなこと……!」
「ふむ。確かにそれはそうだな。伊達にお前、こいつの亭主じゃねぇな」
「でしょう?」

土方と総司がセイのことを何だ思っているのだと、言い返したかったがこの二人に勝てるわけがない。
セイにできることといえば、ふくれっ面で横を向くのが精一杯だった。

 

– 続く –