夢伝 肌の温度~総司とセイ

〜はじめのお詫び〜
夫婦でも未だに恋心を持っていそうな。そんなのは理想ですけどね
BGM:Dream Come True  LOVE LOVE LOVE

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目の前でセイが震えながら刀を構えていた。目の前には女。女は、特に悪さをしている風もなくただ、狂ったように嗤っていた。狂女を斬ることはセイには難しいと思われた。

「私が斬りましょう」

そういって、躊躇いもなく総司は女を切り捨てた。刀を一振りすると、懐の懐紙で拭いを掛けてセイを振り返った。しかし、そこにセイの姿がない。

「……?神谷さん?」

総司は自分がセイのことを神谷さんと呼んでいることも不思議に思いながら、あたりを見回した。総司が斬り捨てた女がまだ息があるらしい。女が顔を上げた。

「あ……、そう……じさ…ま……」
「……セイっ!!」

ざっと総司は膝をついた。まさか、なぜ先ほどまで狂ったように嗤っていた女がセイにすり替わっていたのか。
しかし、片膝をついただけで総司はセイに手を伸ばすことはなかった。否、伸ばせなかった。

 

 

「…………っ!!!」

はっと総司は起き上がった。セイを抱えて眠っていたはずなのに、薄暗い部屋の中で総司は一人だった。部屋の中は静かで、しばらく前まで籠っていた、総司とセイの熱の名残もない。

いてもたってもいられずに、総司は立ち上がった。

「セイ?!」

襖をあけると、そこにもセイの姿はなく、不安に駆られたセイは奥の小部屋を覗いた。
そこに白い夜着に身を包んだセイが、目の前に刀掛を置いて座っていた。刀掛にあったのは抜き身で、下ろした髪と白い夜着が死装束のように見えて、音を立てて襖を開けた。
その音で、セイが顔をあげて振り返った。

「……あ」
「……何をしてるんです」

総司の出した声は、自分でも驚くほど掠れて頼りなかった。セイの目の前に置いてあった刀に月の光があたっていて、きらり、と煌めいた。総司は傍に置かれていた鞘を手に取ると刀を納める。

セイは黙ってそれを見ていた。鞘に納めた刀を刀掛において、総司はセイの手をひいて黙ったまま寝室に戻っていく。セイは黙ってされるがままについて行った。

「何をしていたのですか」
「起してしまい、申し訳ございません」

セイが手をついて頭を下げた。総司は、そんなことが聞きたかったわけではなくて、夢見の悪さも伴って苛立った。その苛立ちが空気に溶けて伝わったようだ。セイが顔を上げた。

「その、目が冴えてしまって……。しばらく大刀の方を手にしていなかったので、眺めていれば心も落ち着くかと思ったんです」

セイの答えに、総司がは、と息をついた。その身を包んでいたひりひりした気がふわりと緩んだ。

「総司様……?」

総司が何も言わないので、セイは不安になって口を開いた。総司は答えずにセイを抱きしめた。総司自身が、その不安が分からずに、ただ、何と言っていいかもわからずにセイを腕に抱いて、再び横になった。

セイが大刀を抜いて眺めていたのが、まるで総司の夢に合わせたかのようだ。

しばらく、ゆるゆるとセイの体に腕を回していた総司がぽつりと呟いた。

「……冷たい……」
「はい……」

セイを夢の中で斬った総司と、神谷清三郎のように大刀を手にしていたセイ。

「もし……何かがあって、貴女を斬らなければならなくなったら」
「……?」

急にそんなことを言い出した総司にセイが何も言わずに顔を見た。

「……」

続きを言うことができずに総司はため息をついた。セイは、そんな総司の両の頬に手を添えた。

「もし、そんなことになったら、総司様のお手を煩わせることなどいたしません。私は私の始末をつけますから、どうぞご心配くださいますな」

セイはそういうと、いつも自分がされるようにそっとその柔らかな唇を総司の瞼の際に落とした。

「そんな夢でもご覧になりましたか」
……どうして
「これでも、総司様の妻ですよ?」

息がかかるくらいの間近でセイが囁いた。総司が夢見の悪さでこんな風になるのはそうはない。それでもこんな日もある。総司がひどく儚げにぽつりと呟いた。

「夢……みたいですね。本当はこちらが夢なのかも」
「夢なら……」
「セイ?」

セイは総司の腕をはずして、逆に総司を懐に抱きこんだ。

「夢ならば私も夢の中の女ですね。目が覚めたら月代があって、腰に二本を差しているかもしれないですね」

悪戯っぽく言うセイが総司を子供のように胸に引き寄せている。つられたように総司が笑った。

「夢の中ならば何をしても許されますか?」
「え?……あっ……ん、もぅ……」

柔らかな胸の感触を楽しむように総司は手を動かし始めた。夢を打ち消す様に、セイの体を確かめるように。

「次は、この肌を夢にみるかな……。焦がれて、恋しい貴女を」
「んっ……、そう……じ様に斬られるなら、……本望です……」

セイの言葉に、総司は眼を閉じた。

 

この肌に触れて、ようやく初めての暮れだ。夢ならばいつまでもこのまま醒めないでくれればよい。また来年も同じようにこうしていられるように。

二人になって初めてそう願った。以前はいつ果ててもおかしくはない、明日が必ず来るなんて思ってもみなかった。だが、今は、明日が夢にならなければいい。そう願ってしまう。

……っ

腕の中で徐々に上がる熱に総司は夢を見ようと思った。
熱くて、幸せで。こんな自分を包み込んで癒してくれる夢を見よう。

 

 

– 終 –