年の瀬の花手毬 5

〜はじめのお詫び〜
そして4話じゃ終わんなかった~!!あんまりタイトルとリンクしない話でした。

BGM:ORANGE RANGE  *~アスタリスク~

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「さあ、そう言う事だから神谷君の謹慎も取りやめでいいだろう?土方副長」
「う、はあ……」

客人の前で近藤に言われてはさすがの土方も拒否できない。渋々と頷くと、それを見ていたお鈴が満足そうに土方の顔を見た。

「おじちゃん!!間違ったときはちゃんとごめんなさいってしないとだめなんだよ!!」
「こ、これっ、お鈴!」
「いやいや、井筒屋殿。なかなかどうして、幼いのにお鈴ちゃんはしっかりしている。そう思わないか?トシ」

―― 思うわけがないだろうが!!

そう言いたかったが、ここでそれを叫べばお鈴が泣きだしかねない。ぐっと堪えた土方はセイの顔をみて片眉を上げた。土方が詫びを口にする前に、お鈴が後に控えていた番頭から包みを受け取ると、セイに差し出した。

「これ!鈴が作ったんです。お姉ちゃんにお礼です!」

お鈴がずっと作っていたのだろう。折り紙で作られた花を固く束ねて手毬にしたものだった。子供のころからこんな女の子らしいもので遊んだことのないセイにとっては、珍しくて、とても嬉しい。
嬉しそうに微笑みかけたセイの顔が、お鈴の一言で固まった。

「お姉ちゃん!お姉ちゃんの強い旦那様に悪いお兄ちゃんをやっつけてもらうといいよ!」

その一言に、茶を飲みかけていた斎藤が飲みかけの茶を気管に吸い込んで思いきりむせた。赤くなったセイと、同じく口元を手で覆った総司に他の者達が笑いを堪えるのに必死で皆、肩を震わせている。

「あ、あのね。お鈴ちゃん……」
「なあに?お姉ちゃん」

なんて言っていいのかわからないまま、お鈴にどうやって説明しようかと困っていると、ずいっと手をついて総司が膝をついてセイとお鈴の傍に移動してきた。そして、総司が正面からお鈴に話しかけた。

「お鈴ちゃんといいましたね」
「な、なあに?」
「このお姉ちゃんは、私の奥さんです。とても大事な人ですが、いつも元気がよくて、とても優しいのでお鈴ちゃんのような子を見たら放ってはおけない人なん です。だからいつもすごく心配で心配で仕方がない。危ないことはしないでください、って約束をしたばっかりだったのに、また心配させたので私はお姉ちゃん を怒りました。わかりますか?」

お鈴にもわかるように、ゆっくりと話す総司にお鈴は困った顔で総司を見た。悪い人だと思っていた人が優しいお姉ちゃんの旦那様だと知って、困ってしまったのだ。
セイが何度もお兄ちゃん達に心配させたからだと言っていたが、それが本当で、本当に大事だと思っていたから叱ったのだと聞くと、何と言っていいのかわからなくなる。

「お鈴ちゃんが危ないことをしたら父上や母上が怒るでしょう?お鈴ちゃんが悪いことをしてなくても、危なかったらとっても心配します。それと同じなんですよ」

お鈴の後ろで話を聞いていた井筒屋がその眼に驚きを浮かべていた。人斬りの鬼とも言われる沖田総司という男が、娘を助けたこの感じのいい女子の夫だという。昨日とはまったく違う印象を与える男に瞠目している。
その傍でセイは、総司の説明に少しだけむっとして話に割り込んだ。

「沖田先生、それじゃあ、私が年端もいかない子供みたいじゃないですか」
「貴女は黙っていなさい。本当に子供と一緒ですよ」
「一緒ってなんですか、一緒って」
「はいはい。とにかく、お鈴ちゃんは約束を破るようなことはしてはいけませんよ」

総司の一言に、お鈴が渋々と頷いたところに、セイが我慢できずに叫んだ。

「私だって破りたくて破ったんじゃありません!」

セイの一声に土方と総司が同時に怒鳴った。

「貴女は!!どの口が言うんですか、どの口が!!」
「お前ぇ、 この師走の一月で三度だぞ!!一度目は巡察中の斬り合いに飛び込むし、二度目は沖田の妻ってんで狙われた!そして三度目だ!!いー加減自覚しろ!!」

きゃっ、と首をすくめたセイに土方も総司も拳を振り上げそうになって怒っている。見かねた近藤が割って入った。

「こらこら、客人の前で何を騒ぐんだ、二人とも。いいかい、お鈴ちゃん。こんな風に、この悪いおじさんもお兄ちゃんも、私もこのお姉ちゃんが大好きなんだよ。だから心配しただけでいつもは仲良しだからね」

こくん、とお鈴は頷いた。井筒屋は歳の功もあって、いろいろと思ったことを表には出さずに、番頭を促すとお鈴を連れて屯所を後にした。

 

部屋を移して局長室に移動した土方と総司は近藤の前でセイに対して、二人がかりで叱りつけていた。

「まったく、どうして貴女は私達を心配させるんでしょうね!!」
「どうやったら一月で三度も襲われるっつーんだよ!!どうしたらわかるんだ!!」

ひゃっ、と首をすくめてうなだれているセイを前に、二人は次々と文句を並べ立てていた。二人とも、セイがいなくなってから夕餉もとっていなかったし、謹慎を言い渡されたセイと同じように一晩、眠りもせずにいた。

延々続く説教に、近藤がぴしりと声を投げかけた。

「土方副長、沖田、そのくらいにしておきなさい。そして神谷君」
「はい」
「お鈴ちゃんを助けずにいたら、それこそ謹慎も半日どころでは済まないところだよ。良くやったね」

二人を前に近藤がセイを評価し、褒めてしまえば二人はもう何も言えない。まだまだ言い足りないという土方と総司を前にセイは、何度目かの頭を下げた。

「総司、今日は休んでいいから神谷君と一緒に帰りなさい。二人ともほとんど寝てないだろうし、腹もすいているだろう?」

近藤自ら休みを与えられて、総司とセイは礼を言って、屯所から帰った。帰り道から総司はセイの手をぎゅうっと握ったまま離さない。
月の初めのことだった。巡察中の一番隊が斬り合いになり、すぐ近くに所用でいたセイは総司に斬りかかろうとした不逞浪士に脇差を抜いて飛び込んだ。その判断が間違っているとは言わないが、大刀を差しているわけでもないのに脇差で斬りかかるのは無謀だと怒った。
ついで、総司が出張で遅くなった日。片付けもしたかったし先に家に帰ったセイの帰り足を、一番隊組長の沖田の身内ということで二人の不逞浪士が襲いかかっ た。幸いにして、午後の巡察に出ていた藤堂の隊が通りかかって、なんとか無事にすんだばかりだった。肩口を少しばかり怪我している傷がまだ治ってはいな い。

家に帰り着いた総司は刀を置くと、セイをぎゅうっと抱き抱えたまま離そうとはしない。座り込んだ総司が横抱きにかかえているためにセイは身動きもろくにできないでいる。

「総司様、お腹空いてるでしょう?離して下さらないと支度ができないです」

セイが何を言っても、腕の力は一向に緩む気配がなくて、怪我をしていない方の肩口に顔を落としたままじっと総司は動かない。いつも鬼人の如く強いこの人が、本当はこんなに寂しがりで、儚い人だということをセイは知っている。こつ、と首に感じる総司の頭に自分の頭を預けた。

「ごめんなさい。総司様」
「……どうして貴女は……」

ふ、とセイの髪に顔を埋めていた総司が微かに笑った。
いくら責めても、いくら心配で怒っても、それがセイが悪いわけではないことは十分に分かっている。

「こうして心配させるのも貴女だって分かってるつもりなんですけどねぇ……」

仕方ないとばかりにため息をついた総司にもう一度セイは繰り返す。

「ごめんなさい。総司様」
「貴女もこんな思い、してるんでしょうねえ」
「そりゃあ、いつも心配ですよ。いくら総司様がお強いといっても何があるか誰にもわかりませんから」

きつく抱き締めていた腕が緩んで、セイはすぐ間近で総司の顔を見た。セイの両方の頬に総司が唇を落とした。

「すみません。痛かったでしょう」
「この痛さが総司様と副長の痛みだと思えば、何でもないです」
「ああ、私だけじゃなくてあの人も叩いたんですよねぇ。私は貴女の夫ですけどあの人が叩くのは…」

ぶつぶつと土方が叩いたことに文句を言いたてる総司をセイはくすくすと笑った。

「原田隊長には嫌味を言われましたし、斎藤先生から叩かれなかっただけでもましですよ」
「あー…。本当にそうだと思います?」
「え?」

―― 斎藤さんや土方さん達の案で、貴女の外出には今後必ず誰か隊士が同行することになりましたよ?

「……そんなぁ…」
「基本は幹部で、手が空いていないときは平隊士二名が必須になります」

にこっと笑った顔が、土方や斎藤だけの案ではないことを示していてセイはぞわっと震えた。

「あ、あの、でもそれじゃあ、この年の暮の支度やらで出掛けることも……」
「二度と一人で外出はさせませんよ?」

にっこりと笑った顔にセイはくらりと目眩を覚えた。この尋常でない位心配症な男がこのままで済ませるとはおもっていなかったが、他の幹部も巻き込んでこんなことになるとは。

はぁ。

セイが変われないことを十分に知っている彼等の方が一枚も二枚も上手だということをしみじみとセイは思い知るのだった。

 

 

– 終わり –

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