天にあらば 1

〜はじめのつぶやき〜
3本並行作業は無理なので、短そうな方を先に出すことにしましたー。某様のことは史実無視の虚構ですから。

BGM:GReeeeN 絆

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だいぶ髪が伸びてきたというのに、相変わらずセイは後ろに垂らした髪を縮緬で包むという髪型を通していた。あえて女髪を結わないのは、その姿が、似合わない場所に常に身をおいているからである。

「神谷っ!!痛い、痛いっっ」
「はいはい。痛いですねえ」

巡察で負った怪我に悲鳴を上げる隊士を、小者に押さえつけさせてセイは容赦なく縫い付けていく。仕上げに油紙で傷口を包み込むと包帯を巻き上げ た。口調こそ子供をあやすようだが、その治療は外科の松本法眼や南部医師の教えを受けただけはある手荒さと手際の良さで治療を終えた。
後の世話は小者に頼んで、手をきれいに洗うと血で汚れた着物を取り替えることにした。
小部屋に向かいかけたセイを診療所に現れた隊士が呼び止める。

「神谷さん、すみません」
「はい、なんでしょう?」

それなりに幹部として、古参だけではない余裕の身についたセイは、にっこりと振り返った。

「局長がお呼びになってます。すぐにおいでいただけますか?」

セイよりだいぶ後に入った隊士にそう言われて、セイは自分の着物を少しだけ指した。

「治療が終わったばかりのこんな格好なので、着替えてからすぐに伺います、と伝えていただけますか?」
「わかりました」

隊士が幹部棟へ渡り廊下を行く姿を見送ってから、セイは急いで着替え始めた。
着物を着替えて、乱れた髪も直すと小者達には局長室に行くと言い置いて、幹部等へ向かった。局長室の前で膝をつくと、静かに声をかける。

「局長、神谷です」
「入ってくれ」

中から諾の声がして、セイが障子を開けると珍しく近藤しかいない。隊務でセイを呼ぶのならほとんどの場合、土方が同席するし、私用であれば近藤のほうから診療所に出向いてくる。
中に入ったセイが近藤の目の前に座ると、どうも近藤の顔には困った、と書いてあった。

「局長?」
「いや、神谷君。わざわざすまないね、いや仕事の話なんだが……」
「はぁ…、何か面倒なお話みたいですね?」

なかなか言い難そうな様子の近藤に、セイが問いかけた。うーん、と頭をかいた近藤は、しばらくして仕方がないと思ったのか肘掛に手を置いて口を開いた。

「実は、君に出張してもらいたいんだよ。少し先の話なんだが……」

某宮様のごく、私的な外出への要人警護だという。要人警護なら、一番隊の時にも経験があるし、宮様が相手なら私的な外出に新撰組の警護をというのもおかしな話ではない。
しいて言えば、それをなぜセイに依頼がくるかというところだ。どうやらその辺りに曰くがありそうで、セイは突っ込んで問いかけてみた。

「何か深い経緯がありそうですね?」
「うー…、だから土方君や総司に言う前に神谷君に相談したいんだよ。なんというか、その、宮は非常にその…下々の言い方をすれば艶福家でね。御正室以外の側室の方々も多くいらっしゃるわけだが……」
「え、ええ……」

なにやら話がよくない類を向いていて、さすがに近藤が言い難そうにしているのもなんとなくわかり始めた。セイも近藤と目を合わせて話をするのは憚られて、視線をそらす。

「あー…その…懐妊されている方がおいでになってその方を伴っての外出なんだよ」
「つまり、側室のどなたかをこっそりつれてどこかにお出かけになるということですか?」
「いや、ご側室ではないんだよ。だからその…できるだけ密かにだね……」

そこまで聞いて、ようやくセイは納得した。
つまりこういうことらしい。正室や側室達とは別に手をつけてしまった方がいて、その者を宿下がりさせるのか、臣下の元へ預けるのかはさておき、移動させるために外出するということらしい。
それは確かに、妊婦を同行では何があるかわからない上にお忍びでは警護を厚くするわけにも行かない。内々の相談が来るのもなるほどということだ。

「女房方のどなたかなんですか?」

つい興味をそそられたセイが尋ねると、近藤がさらに言い難そうにぼそぼそと言った。

「う、うん。まあ、その女房といえばそうなんだが…、先ごろまでは巫女をされていた方なんだよ……」
「えぇっ?!じゃあ、そのっ……」
「う、その、……そういうことなんだよ。それだけに、ご正室やご側室方もお怒りになってだな。そのまま女房から側室にされようとしたんだが、難しくなったらしいんだ」
「まあ、そうでしょうねぇ……」

よくあることとはいえ、呆れ気味にセイが答える。
手を出したのは宮様とはいえ、懐妊してしまったとなると、正室や側室達が黙っていないためにお忍びの外出になったのだろう。確かにこういう話であれば、医者でもあり、女子のセイに声がかかるのもわからないではない。
そして、土方や総司に話をする前に、相談という形でセイに話をしたのも、わからないでもない。

土方ならば、そんな私用に俺達を使う気か!と怒鳴りだしそうだし、総司はセイをそんな出張に出すにはいい顔をするはずがない。

「そういうことで、あの二人を納得させて出張に出て欲しいんだが、どうだろうか……」

すでに引き受けざるを得ないところまできているだろうに、こうして近藤がセイに問いかけるところが近藤らしいといえばらしい。

「確認ですが、局長?もう、そのお話、引き受けていらっしゃったんですよね?」
「うっ……いや、まあ……しかし…」
「護衛ということは、お忍びでごく少数のお身の回り方々と供の方々では心もとないことがあるんですか?」
「うむ。それは確かにある。やはり宮のお立場からしても、いつ狙われてもおかしくはないのだ。その相手の方も、神社に滞在された際に、曲者に狙われて仕方なく巫女殿の部屋に移られた際のことだというし・・・あっいや、スマンっ」

思わずナマナマしい話までぽろりと口を滑らせてしまい、慌てて近藤は手を上げてセイに詫びた。薄っすらと頬を赤らめたセイはいいえ、と首を振った。
しかし、そのような話では、セイのほかにも一隊までは行かなくとも警護に数人は向わなければ体面が保てないだろう。

「私はいいとして、他にどなたが同行されるんですか?」
「それがまたなぁ。いくら仕事とはいえ、神谷君と他の隊士をぞろぞろと出張に出すわけにもいかんし、かといって、何かあったときに手が足りないのでは困るし……」

うーん、と近藤と共にセイも唸ってしまった。しかし、誰を、何人、という話は土方や総司が納得しなければ、どうにもならない。

しばらく、困り果てていた近藤を前に、軽くため息をついたセイが言った。

「とりあえず、副長と沖田先生にお話してみませんか?意外とすんなりいくかもしれませんし」
「そうだなぁ。やはり、仕方ないか」
「ええ。きっと想像通りの反応になるかもしれないとも思いますが……半月後ということならば、私も少しでも鈍った体を動かしておかないといけませんし、それには早めにお話されるのがいいかと……」

そう言ったセイの顔を、近藤が縋るような眼でじっと見た。よほどにあの二人への説明が嫌らしい。

「……わかりました。私からお話しますけど、同席してくださいね!私だって、副長に怒鳴られるのはどんなに慣れていても嫌なものは嫌ですから!」
「わかってる!!スマン!俺が一緒に行ってもいいくらいなんだけどなぁ」
「局長?!そんなこと言ったら副長はてこでも動かなくなっちゃいますからやめてくださいね!!」

どうにもよほど悩んでいたのか、今日の近藤は失言が多い。ぽろりとこぼした一言に、セイが反応した。仕事に否やはないにしても、土方と総司という巨大な壁に立ち向かえといわれると、さすがのセイも自分から手を上げたくはない。

他行中の土方と、巡察に出ている総司が戻った夜にでも話をしようということにした。

 

– 続く –