天にあらば 2

〜はじめのつぶやき〜
夫婦ものの土方さん、総ちゃんは最近心配性のためか短気になってますねぇ。甘くなるか、キビシクなるかは
これから次第です。

BGM:GReeeeN 絆

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巡察から戻った一番隊は、戻ってすぐに小者が用意してくれていた風呂に駆け込んだ。
皆が次々と着物を脱いで飛び込むと、冷え切った体にビリビリと湯の温度が肌を刺す。

「「「くぅぅぅ~っ」」」

ほぼ同時に同じような声が上がり、すぐにだらりと湯につかる姿が見られるようになる。

「いや~、今日は冷えましたねぇ」
「本当にね…っうっくしゅっ!!」
「大丈夫ですか?沖田先生?」

盛大なくしゃみをした総司に皆が心配して声をかける。ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らした総司はんー、と顔をしかめた。

「風邪というよりは……」
「よりは……?」

渋い顔をした総司に、相田が不思議そうな顔を向けた。普段は昼行灯といわれる総司のそんな顔に回りもつられて何事かと思う。

「嫌~な予感がするんですよねぇ……」

経験上、こういう感じが外れたことはない総司は、何事もなければいいが、と思いながら風呂を終えると隊部屋に戻った。すぐに夕餉の時間だというので、診療所に顔を出すこともなく隊部屋で夕餉の時間を待っていた。報告すべき土方が他行中のため、帰るに帰れないのだ。

同じ隊内にいるため、セイにはあえて言わなくてもこの辺りのことは心得てくれている。夕餉を終える頃、土方が戻ったという声が聞こえて来た。ゆっくりと夕餉を食べ終えると、のんびり茶を飲んでいる総司に山口が膳を下げに来た。

「いいんですか?沖田先生。副長のところに行かなくても?」
「ええ。どうせ戻ってすぐに着替えているでしょうし、あの人はお酒が苦手ですからね。夕餉を取らずに帰ってきたでしょうから終わる頃を待ってるんです」

へぇ、と山口が感心していると、隊士が総司を呼びにきた。

「沖田先生、局長がお呼びです」
「近藤さんが?……って、まだいらっしゃるんですか?」

いつもならとっくに妾宅へ帰っている時間だ。何事かと、総司はすぐに立ち上がると、幹部棟へ向かった。

「局長、総司です。お呼びと伺いましたが……」

総司が声をかけると土方が中から答えた。障子を開けると近藤と土方が夕餉を終えたばかりのところらしく、茶を飲んで待っていた。

「珍しいですね。こんな時間まで。何かありましたか?」

土方の不機嫌そうな態度と近藤の態度に、この親達の様子を伺っていると、今度は背後からセイの声がした。

「局長、神谷です」

セイが開けるよりも先に、総司が障子を開いてセイを招きいれた。何があるのかと思っていると、近藤が引きつった笑顔でセイに向かって言った。

「あー…神谷君。その、土方君は出先で話を聞いてきたらしくてな……」

こめかみに青筋を立てて無言を通している土方のことを近藤が早々に説明すると、セイがうっ、と一瞬怯んだ。何があるのかわからない総司は、その場の様子を見ている。

「なあ。トシ……」
「ありえん」
「そういわずに……」

とりなし顔になった近藤にぶちっと堪忍袋の緒を引きちぎった土方が怒鳴った。

「なんで俺達がそんなことしなくちゃならねぇんだ!!アンタもほいほい引き受けてくんなよ!!」

険悪な混同と土方の姿に総司が待ちきれず、セイにそっと囁いた。

「どういうことです?」
「話を聞いたら沖田先生も同じ反応しそうですけど……」

前置きをしてからセイが膝を進めた。本題を話す前にまずは土方を宥めなければならない。

「土方副長?局長が引き受けていらっしゃった話を今更なかったことにするわけにも行きません。それに、このようなごく私的なものにも臨機応変に対応できてこそ、さすがは新撰組よ、と認めていただけるのではありませんか?」
「……神谷。お前近藤さんから何を頼まれたか知らねぇけどな……。本当にそんな風にご都合主義な受け取られ方すると思ってんのか」

じろりと睨みつけられて、セイはうっと口ごもった。セイもそんな風に受け取られるとは微塵も思っていない。ただ、引き受けてしまった近藤の手前何とか土方が頷きそうな言い方を考えてきたまでだ。
どうにも状況がわからない総司が口を挟んだ。

「ちょっと待ってください。本当に話が見えないんですが、一体何の話なんですか?」

はーっと息を吐いた土方は一切の説明を拒否する構えで、仕方なくセイが説明を始めた。
某宮様のお手つきになった女房を連れての私的な外出に対して、正室方の手前、表立つような供ぞろえでは出られないため、小数精鋭を掲げた新撰組に依頼が来たのだと告げた。

「はあ。なんで正室方の手前通常の護衛ではダメなんです?」
「その、お連れになっている女房の方が皆様のお気に召さないからではないでしょうか。すでにあまたのお子にも恵まれていらっしゃいますし」

さすがにその辺りは男だからか、この時代だからか、精力的だという部分には特に引っかかることなく、総司は要領を得ない顔をしている。

「なんにしろ、通常の護衛が難しいために、同行警護の依頼が来たそうです」
「はあ。いいじゃありませんか。警護してあげたら。一番隊で出ましょうか?」
「いえ、その一隊を連れて歩くことは目立ってしまうために難しいのと、御懐妊されているため、医師の同行を求められていて……」

セイがそこまで言うと、ようやく総司は脳内ですべてが繋がったらしい。みるみる顔が強張っていく。

「護衛もできる医師と数名の隊士を選んで出張に出なくてはいけないということで……お、沖田先生?」
「続きを言ってあげましょうか?つまり、神谷さんと何人かの隊士を出張に出せとそういうことですか?しかも、お手の早いという方の護衛に?」
「しかも、警護の責任は俺達が全部を負うんだそうだ。懐妊した身で街道を抜けて奈良までとは随分無謀が過ぎるってもんじゃねぇか?」
「奈良?!大和までですか?」

土方と総司に詰め寄られた近藤は情けない顔でスマン、と頭をかいた。
総司は先ほどのくしゃみの悪い予感が的中した、と思った。船で伏見まで出てから街道をいくのか、道はそれぞれあるわけだが、辿る街道によっても、それぞれ 違う。しかも、下手をすれば懐妊した女房連れの行きと、帰りでも辿る街道が変わるだろう。どう考えても数日の出張ではすまない。

そんな中に、セイと腕の立つもの数名となれば人選も限られてくる。総司の顔が強張るのは当然と言える。

「一応聞くけどな。あんたは誰を考えてるんだ?近藤さん」
「……怒らないか?」
「いいから言ってみろ」

しぶしぶ数えだした近藤が上げたのは、セイのほかに、総司、斉藤、山崎、そして土方だった。こめかみをぴくぴくさせながら、土方が畳み掛ける。

「聞くだけ聞くと、なんでだ?なんでその面子なんだよ?」
「そりゃあ、神谷君が出張なら総司は絶対だろうし、この二人と一緒に同行できて腕が立つ中でも冷静な斉藤君と情報集めのために山崎君。後はまとめ役だが、俺が行くわけにも行かないだろう?」
「お前はどう思う?」

近藤の選択に土方は総司をじろりと見た。確かに、体面的にも近藤を出すわけには行かないまでも、少人数だとして副長を初め組長二人と監察方の要ともいえる山崎が同行ならぎりぎり格好はつく。すでに承諾してしまった依頼を受けるには最善の顔ぶれともいえる。
土方にしてみれば、近藤が出張に出るよりはよほど心配が要らないといえばいらないが、副長の自分と一番隊組長の総司、そして三番隊組長の斉藤が欠けるということが素直に頷けないところだった。

断ることなどできない状況になっているにもかかわらず、それでも素直に頷けないのはこうした依頼が人のよい近藤だけに最近、とみに増えてきているせいでもある。

 

– 続く –

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