阿修羅の手 5

〜はじめのつぶやき〜
どちらも大事だから譲れないんですよねぇ。

BGM:嵐 Happiness
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「神谷君。もう君もいい加減わかってもいい頃だと思うがね。君の立場は君自身もわかっているように複雑なものだ。それをきちんと理解した上で動かないと毎度同じように揉めることになる」

いつになく、まじめな顔の近藤に諫められたセイは、まっすぐにその目を見返して話を聞いていた。少しの曇りもないその眼は近藤の言うような向う見ずな考えだと恥じるようすもなく、ただ素直にその話を聞いているように見える。

「はい。お心遣い感謝いたします。ですが、局長。これは、沖田先生にもご迷惑をかけずに事を進めたいからにございます」

この手の、隊の中における采配はすべて土方の手にある。やり取りも当然土方とセイのものになって、近藤ははらはらとしながらもその様子を隣で見ていることが多いのだが、今回は土方が黙っていて、近藤の方が話を聞いていた。

「総司に迷惑をかけないというが、通すべき筋を通さなければ結果は同じじゃないかい?」
「まあ、待とうや。近藤さん。こいつが何かを言ってくるときは決まって何かがあるもんさ」
「それは……、いや。俺達はそうやってこれまでも神谷君の話を聞いてきたが、沖田家の主は総司だ。家長に筋を通してない話はだな」
「確かに、沖田家の話ならそうだろう。だが、今のこいつは総司の嫁か?それとも新選組の隊士で医師なのか?」

総司が知らない話を聞くわけにはいかないと言い出した近藤を珍しく土方の方が止めに入った。
膝の上に乗せていた腕から頭を起こした土方は、腹の前で両手を組むと、ちょうど近藤と土方の両方を向くように座っていたセイに頷いて見せた。

「今の私は、新撰組の隊士でこの屯所にある診療所を預かる医師です」
「だ、そうだ」

にやりと笑った土方に言ってみろと促されたセイは、膝の上に置いた手をもう片方の手でぎゅっと握りしめた。

「初めに……。お詫びしなければならないと思っています」
「詫び?」
「ええ。寿樹が産まれて、それからこうして仕事に戻らせていただいた時、初めに診療所でお里さんと正坊まで居場所を作っていただいて寿樹を傍で見られるようにしていただいた事です」

意味が分からないという風で、近藤と顔を見合わせた土方は、とにかくセイが最後まで話終わるのを待つことにした。軽く目を伏せた土方を見て、セイはもう一度大きく息を吸い込んで続ける。

「とても、助かりましたし、ありがたいことでしたが、やはりここに子供たちをいさせるべきではありませんでした。ここは新撰組の屯所ですから」
「なるほどな。それで?」
「正坊がおたふくになったのをきっかけに、今はお里さんの家にいる様になりましたが、これからはずっと、お里さんのところに寿樹を預けてこようと思います。そして、鈍ってしまった腕を鍛え直すためにお力を貸していただければと」

ふうん、と話を聞き終えたところでしばらく考え込んでいた土方は、顔を上げるとわかったと告げた。

「この話はしばらく預かる。それでいいな?」

てっきり、その場でいい悪いを言われると思っていたセイは、一瞬戸惑った後に、頷いた。

「はい。あの……。結果を伺ってから沖田先生にはお話しようと思っていたんですが」

土方は、苦笑いを浮かべるとうっかりそれをやってから来い、と言いそうになったが、今更それを言っても仕方がない。セイが何を考えているのかも理解した土方は、ひらひらと手を振った。

「話すならさっさと話しといてもいいぞ。いずれにせよ変わらんだろ」
「はぁ……」

わけがわからなかったが、話は終わりだと言われているのを察したセイは、失礼します、と近藤と土方にそれぞれ頭を下げて局長室を出て行った。

「どうするつもりだ?」

初めは話しを聞くことも駄目だと言っていた近藤だったが、いざ聞いてしまうとさて、となる。そこには近藤も二つの答えを持っているからだ。
肩を竦めた土方はどうということもない、とへの字に口を歪ませて見せた。

「別に神谷が言ってることは間違っちゃいねぇだろ?」

元々、ここは鬼の住処であって、女子供が出入りする場所ではないのだから、セイが子供たちは今後ここには近づけない、ということももっともである。だが、総司の子供でもあり、その成長を見守ることを楽しみにしていた近藤にとっては、落胆も大きい。
自身の子供は女の子でもあり、寿樹には特に男子である。目の中に入れてもというところであった。

「問題はそりゃあ、ないが……」
「なんだ。歯切れ悪りぃな」

にやりと笑って土方は立ち上がった。面目ない、と頭を掻いた近藤はぽつりと呟く。

「神谷君の稽古ぐらい、いくらでもするんだがなぁ」

自分でも言ったように、問題は総司に言わずに勝手にやるわけにはいかないということだ。ふん、と鼻で笑った土方は、うーんと大きく伸びをすると、隣の副長室への襖を開いた。

「いい加減、あんたも腹をくくるといいぜ。どうであれ、俺達の弟夫婦の面倒はみるつもりだろ?」

本当は近藤と同じくらい、寿樹の事も可愛いがっている土方は、腹の中で算段を付けながら自室へ引き上げて行った。

 

診療所に戻ったセイは、さて、これをいつ総司に言うべきかと、考え始めた。許可が出なければ言う必要はないし、許可が出ればそれを盾に総司にも話しやすいと思っていたのだが、その予定が狂ってしまったのだ。

「やっぱりどういってもなぁ……」

今日の分の報告書をまとめたということは、もうすぐ帰る時間でもある。診療所の中は落ち着いていることもあって、セイは小部屋に引き移ると帰り支度を始めた。

「神谷。いいか?」

表からあがる階段のほうから声が聞こえて、障子の前に影が見えた。セイが着替えでもしていたらと気を遣った斉藤に応えると、セイの方から障子を開いた。

「はい。もちろん、どうぞ。どうかなさいましたか?」
「ああ。今日は手が空いているのでな。少し早めだが、沖田さんはもう少しかかりそうだから帰るなら俺が送って行こう」
「そうなんですか?」

くいっと、隊士棟の方へと顎を引いて見せた斉藤につられてそちらに顔を向けそうになる。何か、そんなにかかるような仕事でもあったのかと考えを巡らせたセイに、斉藤がさらりと言った。

「新人が入ってきた隊はどこも決まり通りにというわけにはいかんからな」
「そうですね。兄上のところもでは?」

確かにそうだった。一番隊には補充もかねて五人ほど入っているのだから、組長がさっさと上がるわけにはいかないのだろう。納得はするものの、この面倒見のいい兄がわりの男にもやんわりと遠慮を口にする。

「俺のところは、夜番まで待機だ。屯所の中にいるように言ってあるし、伍長にあとを任せてある」

なんと言われようと、セイを送り届けるの斉藤に、セイは素直に頷いた。

「わかりました。お手数おかけします。すぐに支度を済ませますので、少しだけお待ちいただけますか」
「ああ。構わん。ゆっくりやってくれ」

今でも、セイを一人で家に帰すことがないのは変わりなく続いている。斉藤が邪魔にならないようにと部屋の端の方に腰を下ろすと、セイが慌ただしく風呂敷を広げて支度を始めた。

 

– 続く –