阿修羅の手 4

〜はじめのつぶやき〜
兄上は本当に面倒見がいいというか。。。
BGM:嵐 Happiness
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「疲れはせぬか」
「え?あ、はいっ!」

何気ない斉藤の一言で我に返ったセイは、にこりと笑って頷いた。気を使って、表側の障子を半分だけ開け放っていて、そこから微かに花の香りが漂ってくる。

何の花だろうかと思いながら、セイはすっかり女らしくなった姿で膝の上に手を揃えた。

「疲れたりはしませんよ。難れない仕事でもありませんし、皆も気を使ってくれますから」
「ふむ……」

片手で茶碗を持つとぐいっと茶を飲み干す。特に屈託があるようにも見えなかったがそこは長い付き合いの斉藤である。共に、表を眺めている間に何かを思案していた。

残りの一口を飲み干すと、セイがもう一度茶を入れようとしている手を止めた。

「すまなかったな」
「もうよろしいのですか?」
「ああ。またよらせてもらう」
「はい。いつでも」

頷いた斉藤は、茶碗を置くと表に視線を向けたまま立ち上がる。斉藤の背には、鍛え上げられた生真面目さの中に柔らかな優しさが滲んでいた。

「ありがとうございます」

思わず口をついてそんな言葉が出たセイに、ふっと斉藤が笑った。斉藤も、セイも、総司とはまた違う気心が知れた仲である。その思いやりが伝わったのだろう。

「馬鹿者。今更だろう」

そう呟くと斉藤は小部屋から出て行った。部屋に残ったセイは茶の支度を片付けると、まだ開けたままの障子から表を眺める。

あっというまの日々で、考えぬようにしていたが、少しずつ小さな出来事が澱のようにたまっていたのかもしれない。時には流れに逆らわないことも大事だと忘れていた気がする。

「よし」

今日の分の報告書をまとめると、セイは立ち上がって幹部棟へ向かった。局長室の前を通りかかると、向かうはずの土方の声が聞こえる。

「いい陽気だからってやつらも気が抜けすぎだ」
「まあそういうな。皆もいつも緊張してばかりじゃ仕様がないだろう」
「甘いんだよ。近藤さんは」

毎度のやり取りを耳にしたセイはくすっと笑いながら、廊下に膝をついた。

「こちらに土方副長はおいででしょうか」

しゅる、と障子が開いて土方が顔を見せる。

「なんだ」
「報告書をお持ちいたしました」
「ああ。部屋に」

すぐにいくからと言いかけた土方の向こう側で近藤が笑いながら手を振った。

「構わんよ。入りなさい。寿樹くんがいなくなって急に寂しくなったと思っていたんだよ」
「ありがとうございます。失礼いたします」

だからあんたは甘ぇってんだ、とぶつぶつ言い続ける土方の傍をぬけて局長室へと足を踏み入れる。昔はほとんど素足でいることが多かったが、今は足袋を履いていない日の方が少ない。

その白いつま先に土方の視線が向いた。

「こちらに。新人が入ったため、このところ大小の傷をこしらえてくる方が多いですね」
「ああ。しばらくは仕方がないな。面倒をかける」

報告書から目も上げない土方が見ていないと思ったセイは、少しばかり肩をすくめて見せた。苦笑いを浮かべた近藤がそれを見て見ぬふりをする。

面倒をかける、と言いながらもそれが当然だと思っているのが近藤にもセイにもわかっているからだ。その間にと立ち上がった近藤は、飾り棚から金平糖の包みを取り出す。

「なかなか顔を見る機会も減ってしまったからなぁ。これを寿樹くんのおやつにでもしてくれるかい?」

一握りの金平糖の入った和紙の包みを手に乗せたセイは、嬉しそうに包みを押し頂いた。寿樹が屯所にいた時は、暇を見ては相手をしてくれていた近藤である。まるで孫のように、総司の子を跡取りのようにかわいがっていたのだ。

「ありがたく頂戴いたします。このところはなんでも口に入れてしまうので、目が離せないんです」
「そうかぁ。そりゃここにいては大変だからなぁ」

ぱたりと報告書を読み終えた土方がそれをセイに差し出すと、胡坐をかいた膝の上に肘をついた。難しい話はもともと終わっていたとみたからセイも声をかけたのだが、その物問げな顔が気になった。

「何か気にかかることでもございましたでしょうか?」
「俺じゃねえよ」
「は?」
「他に気にかかることがあるのはお前のほうだろう?」

おや、と近藤が二人の顔を見比べると、ふう、と息を吐いた土方が目の前に置いていた茶碗を手に取った。濃いめに入れた茶を口にすると、その茶碗をセイのほうへと差し向けた。

「お前がそういう顔をするときは何かあるんだろ?言ってみろ」

その察しの良さに毎度のことと思いながらセイは手をついた。

「少しは見て見ぬふりをするってことも覚えていただきたいものですが……。少しお願いがあるんです」

それで?と先を促した土方を前にセイは背筋を伸ばした。
総司に告げる前に土方や近藤のもとにくるのは、やはりセイも近藤や土方を父とも兄とも思っているからだろう。

「実は、このところ稽古をする時間がずっと取れなかったものですから、もしお時間があればこれから少しずつ稽古を見ていただけないかと思いまして」
「ほーお。その話は総司も知ってるのか?」

わかっていてそういう問いかけをしてくるのだから、相変わらず意地が悪い、と思うがここは堪えどころだ。以前に比べてセイもだいぶこの土方の扱いを心得て来たようである。

「さて、表だって稽古をするなら沖田先生にお願いすべきところでしょうが、私がお願いしたいのは密かにでございます。ほかの隊士達の手前、私が目立つ振る舞いをするべきではないかと思いますが、いかがでしょうか」
「まあ、待ちなさい。神谷君。君のことを総司には隠して、というわけにはいかないよ。そうだろう、歳」

様子を見ようと二人の話を聞いていた近藤が、座りなおすと、ぴしりと膝を打った。

 

– 続く –