阿修羅の手 14

〜はじめのつぶやき〜
こうでなくっちゃねぇ。

BGM:嵐 Happiness
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捕り物にも間合いや、呼吸がある。
互いの役割も自然と決まってきて、いつの間にか定位置に収まるが、場合によっては臨機応変さが求められる。

今回は、不逞浪士として目をつけていた男達が居続けをしているというところを捕縛に向かった。特にこういう店は妓が多く、男達も身分を隠した者達や様々な者達が集まるために、ひどく気を遣うものだ。

斉藤達の三番隊は、乗り込んだ一番隊の脇を固めることが多い。もちろん単独でなら乗り込み役に回ることもある。

「斉藤先生!二階はほぼ!」
「よし、捕えた者達は店の邪魔になる。表に引き出せ」
「承知!」

こうした二階、三階のあるような建物の場合、一階を押さえておいて上階を押さえにいく。特に、こういう店の場合は、表からは一見、二階建てに見えるが内部は三階建になっていることも少なくないし、迷路のように互いに顔を会せずに済むような入り組んだ作りがある。

「……上はまだか」

二階、と隊士が声をかけたのは実際には中二階にあたり、三階部分に相当する場所ではまだ一番隊が動き回っている気配がする。残りは少ないはずだが、手練れ相手だと人数だけでは単純にはゆかない。

縄をかけた者達は隊士達が表に引き出していき、もう一度一階から見落としがないか、しらみ潰しに回り始める。

「斉藤先生」

するすると斉藤の背後についたのは、いつの間にか現れたセイで、一階の混乱した状態を手際よく収めて行っていく。店の女将と男衆を使い、妓達を店の奥の一か所に集め、怪我をした者には簡単な手当てを施す。
いずれも、逃げる際に転んだり、打ち身くらいなので膏薬を張り付けるのがせいぜいである。

「一階は終わったようなので、入らせていただきました。店の方たちは奥の方へ集まっていただいてます。上はまだ?」
「すまん。助かる。上は……あの通りだ」

まるで計ったように、上階からの怒声とどこかを斬られたのか大きな叫び声が上がる。それでも、だいぶ収まって来たものと見えて、上から降りてくる隊士達も多い。

「様子を見に行くか」
「お供します」

いくら大きな店とはいえ、これだけの人数が暴れまわっていては中の温度も上がる。
額に滲んだ汗を拭って、斉藤は先に立って階段を上がり始めた。セイは、背中に荷物を背負ったまま、斉藤に続く。

二階では捕縛された浪士と、腰を抜かしている妓が出迎えて、すぐにセイは妓に手を貸して引き起こした。
二階を回っていた隊士に声をかけて、縄をかけた者を表に出すように言うと、もう一度斉藤自身が二階の様子を確認していく。

「怪我はないですね?じゃあ、下に降りて奥の部屋へ行きなさい。女将やほかの皆がいますから」

がたがたと震えている妓の手を引いて、階下に降りると、奥の部屋を指差す。セイの言葉に安心したのか、よろめきながらも緋色の襦袢が奥の方へと向かっていく。
その姿を見送ってから、セイはもう一度二階へ上がった。
通りに面した部屋で斉藤が一番隊の隊士と話をしている。

「神谷」
「はいっ」
「足を少し斬られている」

部屋の中に散らばっている座布団や膳やお銚子を一息にざーっと押しのけると、すぐ座る様に指示をする。

「すまん。神谷。大したことはないんだ」
「大したことかどうかは私が判断します。袴をたくし上げるか、ここから切るか」

袴が邪魔だと言ったセイに慌てて、隊士が袴をたくし上げる。膝より少し上を横に斬られたらしく、膝の曲げ伸ばしができないようだった。
場所をあけたところに、背負っていたものを下ろすと、自分に向けて次々と口を開けた。

「縫うほどではありません。少し浸みますよ」
「おう!……うぐぁぁぁっ!」

醤油差し程の小さな入れ物に入った、消毒用の酒を傷口に振りかけると、予告してあったにも関わらず、痛みに悲鳴が上がる。
丁寧に、傷の深さを確かめたセイは、荒っぽい新選組にしては本当に皮一枚というところの隊士に膏薬をぬった布を押し当てて、油紙で押さえた。さらに、幅広 の包帯を取り出すと、少しきつめに傷口に巻いて行く。場所が場所なので、きつめにしておかないとうっかり膝を曲げ伸ばししてしまい、傷が塞がりにくいの だ。

きっちりと巻き終えると、斬られて膝頭が覗く袴を取り出した針と糸でざっくりと縫い合わせた。

「戻ったらちゃんとかけはぎに出してくださいね」
「すまねぇ」

こうしておけば帰営するまでの間、みっともない姿は誤魔化せる。
手早く道具をまとめると、すぐに背中に背負い直した。下から上がってきた隊士に後を任せると、斉藤と共にさらに上の階に上がる。ちょうど、懐紙で拭いをかけた刀を収めようとしていた総司の元に斉藤とセイが歩み寄った。

「斉藤さん、神谷さん!すみません。ようやく終わりましたよ」
「うむ。下はもうあらかた片付けた」

セイは小さく頭を下げると、すぐに怪我人の有無を確かめに回る。さすがにこの階はかすり傷でも隊士達の怪我も多い。
まだ残っている妓達は隊士達が一階へと連れて行き、セイは怪我人の手当てを始めた。よく通る声を張り上げる。

「場所を開けてください。大きな怪我の方は先に申し出てください。それ以外は順に診ますから」

撤収に時間をかけてはいられない。総司と斉藤が三階を見て回っている間に、つぎつぎと切り傷には膏薬を塗って処置を済ませ、多少大きいと言っても打ち身の者達は、屯所に戻ってからとさばいていく。

「すごいですねぇ。神谷さん」

セイの働きを見ながら見落としがないか、歩き回っていた総司は戻ってきてセイに声をかける。

「その薬籠、すごく理にかなってるんですね」

使う順、物の大きさによっておさめられている場所も違う。包帯などは細いものは丸めてあるが、先ほど使ったような幅広の物は、背中全体に薄く広げて入れる様になっている。
斉藤も一緒になってついつい、セイの働きに見入ってしまう。

「ありがとうございます。これならいちいち時間をかけずに、手早く行えますから。……はい。これで終わりです」

あらかたの隊士を見終わると、今度もまたぱっと仕舞い込んで背負ったセイと共に、隊士達を促して階下へ降りていく。

「そういえば、待機組の方はどうしました?」
「小川さんが面倒見てくださってます」
「ははぁ。腰でも抜かしてましたか?」

草履のままで駆けまわっていたので、滑らないように気を配りながら階段を下りていく。立石の様子を含めて問いかけたことにセイがあえて口にしなかったためにかえって、想像がついてしまう。
やれやれ、と総司が呟いた。

一階まで下りると、奥の部屋から女将を呼んだ斉藤と総司が話をしている間に、セイは表に出る。次々と隊士だけではなく、浪士たちも含めて怪我人達の様子を見ながら撤収の隊列の間を歩き回った。

– 続く –