ひとすじ 7
〜はじめのつぶやき〜
本筋も真面目に書きませんと。
BGM:B’z Don’t wanna lie
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セイと総司の話し声に家の中からお里が表れて、家の中へと招き入れた。
「おセイちゃん、久しぶり」
「あ~、お里さーん」
玄関先に倒れこんだセイにお里が笑いかけた。
「なんやの。おセイちゃんてば、だらしない」
軽くセイの背を叩くと、奥から正坊が手習いの道具やら着替えを手にして表れた。毎度の事ながらセイには敵対心むき出しの正坊だったが、疲れた様子のセイにぐっと腹に力を入れた。
「兄ちゃん、疲れてるんか」
「あ、正坊。ごめんね、いつも。ちょっと新しい人が来たりして忙しかったんだ」
「しゃーないけど、あんまりお里ねーちゃんに我侭すんじゃねーぞ」
「正坊!何いうてん?もう、ごめんなぁ。清三郎はん。ほな少しだけ待っててね」
一言、セイに物申した正坊を連れて、お里が出て行くとセイは這うように部屋に上がってごろりと横になった。
このところ笠井の面倒を見てきたことや、徐々に訳在りらしいことがわかって、頭を使うことが多くなっていた気苦労が、そのまま腹の痛みになったようで容赦がなかった。
「大丈夫かなぁ。笠井さん……」
横向きに転がったセイは、今頃帰り道のはずの総司の姿を思い浮かべた。一人になれば大股で足の速い総司なら、すぐ屯所についてしまうだろう。
土方と飯が冷めたのなんのといい交わすに違いない。
「大丈夫かなぁ……」
もう一度繰り返すと、目を閉じて今頃やいのやいのと始まっているだろう副長室を思い浮かべた。
セイの居続けは公認の出来事で、一夜明けた初日は何事もなく過ぎた。夕餉の給仕も滞りなく済ませた新之助が土方に願い出た。
「副長、明日ですが稽古のお時間を頂いてもよろしいでしょうか」
「……稽古?」
「はい。先日の全体稽古の際に、永倉先生にご指南いただいたのですが、是非もう一度見ていただきたく思いまして」
夕餉の膳を片付ける新之助を前に、茶を飲んでいた土方はしばらく考え込んでいたが、特に変わった様子を見せることなく、頷いた。
「いいだろう」
「ありがとうございます」
嬉しそうな顔で、頭を下げた新之助は膳を下げるために副長室を出て行った。
新之助にあるはずの何かを土方は未だに確たるものとして見つけられずにいた。新之助の過去を監察方が調べても、どうにも母と共に、各地を短期間で転々としてきたらしく、その足取りは掴みづらい。
そして、あるところから京に隠居同然の暮らしをしていた元仙台藩士と結縁し、今に至っている。
土方はいくらなんでも、十二やそこいらで長州方として生き方を定めたとも思いにくいと思っていた。総司の報告によればどうやら仙台藩を始めとした奥州、蝦夷などの北の出身の者達を中心に親しくしているらしい。
―― となれば……、怨恨か実の父親探しといったところか
いずれにしても面倒なことだと、ため息をついた。土方から見ても、新之助の今が仮の姿だったとしてもよくやっていると思っている。これまでも惜しい と思う者達を何度も見送ってきただけに、私闘となれば再びそうなるかも知れないことも予想の一つである。それが密かに土方を憂鬱にさせていた。
これまでは何とも思わなかったというのは嘘になるが事が定まる前に憂鬱になることなどなかった。
それが素直に喜怒哀楽を見せるセイが傍にいると、その素直さが自分の代わりのような気がして、時折、そのセイが悲しむこと、嘆くことに憂鬱を覚えるようになってきているのは紛れもない事実である。
「ったく、俺も総司みたいに毒されたか」
くしゃりとすっかり癖になった、前髪に手をやると、一つ頭を振って長着だけになり、さっさと床にもぐりこんだ。
翌日、二番隊の稽古に参加させてもらった新之助は、永倉に指南してもらうことは叶わなかったが他の隊士達に打ち込まれ、可愛がられた。一心不乱に 突っ込んでくる姿も、邪気なく素直な剣さばきも全くひところのセイにそっくりで、またそれ以外にも皆が可愛がるには理由があった。
見た目はセイのような美童というより、闊達な少年という姿だったが、顔立ちも男らしく整っており、将来が有望と思える姿は、実際に見たものは少なくとも若かりし頃の土方を思わせるような少年だったのだ。
本人が物怖じしないだけでなく、その容姿と振舞いによって、新之助は急速に隊内でも可愛がられ始めていた。
「お前なかなか見所あるぞ」
「お小姓から二番隊へ移してもらえよ」
あちこちから声をかけられながら新之助は、稽古の間だけは目の前の剣に没頭した。永倉が父の仇ではないかと思い定めてから、様子を伺い、その人柄を垣間見ているとわからなくなるのだ。
何が誠で、何が嘘なのか。
仇を討つためには一瞬の迷いさえ命取りだと十分に分かっている。相手はただの相手ではなく、新撰組でも指折りの剣の遣い手でもあるのだ。迷いを少しでも振り切るために新之助は永倉に次の稽古も願い出た。
「永倉先生、よろしければ明日も稽古に参加させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ。かまわねぇよ」
ぶっきらぼうに返された返事に頭を下げて礼を言うと、新之助は防具を片付けて戻って行った。その姿を永倉は何か言いたげに眺めていたが、そのうちに何も言わずに隊部屋へと戻って行った。
翌日も稽古に参加した新之助は、さらに翌日の稽古を願い出た。
「先生、明日は真剣にてご指南いただけないでしょうか」
こうしていくら続けていても疑いはもう消え去りはしない。であれば早くにけりをつけたほうがいい。
新之助の言葉に眉間に皺を寄せた永倉は、肩に担いだ竹刀をとん、と道場の床についた。その顔にはにやりと笑みが浮かんでいる。
「いいぜ?かまわねぇよ」
流石に真剣での指南というには、新之助の腕前はまだまだなのは誰の目にも明らかなのに無謀な申し出だといえる。
慌てた他の隊士達が口々に止めに入った。
「お、おい。笠井、お前にゃまだ無理だって」
「そうだ、普通に稽古でいいじゃねぇか」
流れる汗はそのままに、面を取って手をついていた新之助を次々と二番隊の隊士達が取り囲むと永倉が怒鳴った。
「うるせぇ!本人がやりてぇって言ってんだ。お前らは余計な口出すんじゃねぇ」
自分から言い出したものの、永倉のにやりとした顔にぞっとしたものを覚えた新之助は、自分が取り返しのつかないことをしたのではないかと思った。
もっと、確かめてからでもよかったとか、早くも後悔が頭に浮かんだところに永倉の怒声が響き、後戻りができないことを悟る。
まだ幼い新之助には、この三年の間、こらえて道場で腕を磨いていた時間さえ、耐え難いものだった。ようやく入隊できる年齢になって、居てもたってもいられなくなって入隊を願い出た。
今も市中で一人待つ母を思うと余計に気が焦っていたともいえる。どの道、母の言葉通りなら自分はここで真実を見つけるはずなのだ。問題ない、と思い直し頭を下げて道場から走り出たところで、三番隊組長である斎藤とぶつかった。
「あっ!!申し訳ございません!!」
がばっと手をついた新之助を斎藤が淡々と見下ろしている。何の反応も返ってこない上に目の前の足袋がピクリとも動かない。不安になった新之助が顔を上げると、斎藤と目があった。
「笠井さんとか言ったな」
「は、はいっ!!」
「永倉さんと立ち会うのか」
斎藤の言葉に、再び背筋を冷たい汗が流れるようだった。組長達幹部は日頃どんなにふざけていても、こんな風に一瞬に垣間見せる本当の姿で新之助を怯えさせた。
頭を下げたまま、新之助はこくこくと頷いた。
「そうか」
ぽつりと呟く声の後にまたしばらく沈黙が降って来たかと思うと、今度はようやく目の前の白い足袋が動いた。
「真実を見誤るなよ。そして悔いのないようにな」
「えっ?!」
まるで何もかも知っているかのような斎藤の言葉に慌てて頭をあげたときには、もう斎藤は廊下を曲がって行くところで、新之助はその姿を呆然と見送った。
– 続く –