ひとすじ 12

〜はじめのつぶやき〜
みんな一生懸命な子には力をかしてあげるんですよ~。

BGM:B’z    Don’t wanna lie
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寝苦しさと口の中の乾きに目を覚ました新之助は、まだ朝も明けきらないうちなのだと目をこすって気がついた。

「目が覚めましたか」

いつもはない衝立が視界に入り、その向こうから声がした。
声の主がふわぁ、と欠伸をしたらしい。ごそごそと動く気配がする。

「枕元にお水を用意しておきましたよ」
「神谷さん?!」

ようやくその声が誰なのか気づいた新之助は、床の上を這って衝立の向こうを覗き込んだ。

「わっ、いきなりなんですか!」

急に顔を出した新之助に、床から起き上がって夜着を整えていたセイが慌てた。二日酔いと半分寝ぼけている新之助が神谷さんだ、と呟いている。

苦笑いを浮かべたセイは、身を起こして呆然と座り込んでいる新之助に枕もとの鉄瓶から湯飲みへと水を注いで、その手に持たせた。

「喉が渇いたんでしょう?」

自分の手に湯飲みを握らされると、一息に飲み干してしまい、それでも足りなくて自分で湯飲みに水を注いだ。ごくごくと喉を鳴らして、渇きを癒すとはっきりと目が覚めた。

「あれっ?おはようございます!」
「おはようございます。昨夜は斉藤先生が運んでくださったんですよ。ものすごく酔っていらっしゃったので、私もここで休ませてもらいました」

縄暖簾で飲んでいるところから記憶が途切れており、なんで小部屋に戻っているのか、なんでセイが隣で休んでいるのかと疑問が沸いた所に的確な答えが聞こえた。
それから昨日何があったのか、全部が頭の中に戻ってきて目の前が真っ白になる。

「まずはまだ起床の太鼓の前ですし、井戸端に行って頭から水を浴びてさっぱりしてから着替えましょう。今日もやることはたくさんありますよ」
「神谷さん?!でも……」
「話は着替えた後にしましょう。ものすごくお酒臭いのでさっさと水を浴びてきてください」

セイに追い立てられるようにして手拭を渡されて部屋から追い出される。呆然としたまま、新之助は井戸端に向かうと、着物を脱いで頭から何度も水をかぶった。

―― そうだ。昨日、私は失敗したのだ

失敗し、醜態をさらし、それでも許されて斉藤に飲みに連れ出された。
そこで洗いざらいを話しながら、ひたすらに謝っていた。

『すみません。ご迷惑をおかけして……。すみません、永倉先生ぇ』

冷たい水が頭を冷静にしてくれる。
ざぶざぶと顔を洗うついでにうがいをして、口の中に残る酒気を吐き出した。

ざざっと体を拭いてから小部屋に戻ると、セイが二人分の床を片付けて着替えも済ませていた。

「はい。そのままここに座って」

言われるままに、小部屋の前の廊下に座ると、ちょうどよくまだ濡れた髪から元結をほどいて、セイが手早く結い上げた。いつもよりきつめに引っ張られたが、そのせいで気合が入る気がした。

「ありがとうございます。神谷さん」
「慣れてますから大丈夫ですよ。じゃあ、さっさと着替えてください」

からりと障子を開け放った小部屋をセイが軽く掃き清めている間に、新之助は着替えを済ませてきちんと袴まで身に着けた。小部屋は幹部棟の端にあって、向かい側は隊士棟の壁に向いているために気を遣うこともない。

「じゃあ、こちらへ」

セイに言われてちょん、と部屋の中央に座った新之助は目の前に座ったセイと向かい合った。

「昨日のことは、特に処罰があるとは聞いていません。私は今日もいつものように笠井さんに働いてもらうようにといわれています。ですから、いつもどおり隊務をこなしていただきます」
「神谷さん……」
「私の仕事は、小姓の仕事と、笠井さんに小姓の仕事を教えていつもどおりに働いてもらうことです。今日から私もこの小部屋で休みますから宜しくお願いします」

この時代、罪を犯した者がいた場合、その処罰が個であることはない。町人であれば、一家、一族、長屋の住民や町役まで捕えられる事もある。隊の場合は、笠井はセイについているため、セイとて処罰されてもおかしくないのだ。

だのに、何事もなかったように指示を伝えるセイに、新之助は再び涙が沸いて来た。

「申し訳ありません!神谷さん」
「笠井さん」
「ともすれば神谷さんだって処断されていたかもしれないのに……。私は、自分のことしか見えていなかったんです」

涙を拭う新之助に、セイは首を振った。

「もういいんですよ。さ、そろそろ起床の太鼓です。副長のお部屋へ行きましょう」

セイにそういわれて、袖口で涙を拭いた新之助は、はい!と返事をしてセイと共に土方の部屋へと向かった。

いつものように。

先に局長室を開け放って空気を入れ替えると、ちょうど太鼓の音が響き始めた。廊下から副長室へと声をかけた新之助は、副長室の障子を開けた。

「おはようございます。土方副長」

ごそりと床の中で腕をあげた土方がぐっと両手を握り締めると、むくりと起き上がった。寝起きの仏頂面で立ち上がった土方に向かって新之助は頭を下げた。

「昨日は大変申し訳ありませんでした!本日も務めさせていただきます!」

顔を洗うべく、手拭を手にした土方は、廊下から井戸へと前庭におりざまに、新之助の頭に拳を落とした。

「っ!!!」

傍に居たセイにも、がつん!!という痛い音がしたくらいの勢いに、新之助が頭を抱えた。さすがに、痛い!とは言わなかったがあまりの痛さに頭を抱えて、蹲ってしまった。

「神谷!」
「はい!おはようございます」
「笠井の面倒はお前に任せたはずだな?」

つかつかとセイのところに向かうと、今度はセイの頭に拳が二つ落ちてきた。
目の前に星が見えそうなくらいの痛さだったが、こちらは意地もあり、頭を押さえることなく手をついた。

「申し訳ありません」
「以後、同じことを繰り返したらどうなるかわかってるんだろうな」

じろりとセイを見下ろした土方に頭を押さえた新之助が、かろうじて顔を上げた。

「副長!すべては私の責任です。どうか神谷さんを責めないでください」
「笠井さん!いいから黙って。これは私が副長からお受けした仕事についてのことで貴方には関わりありません」

新之助の言葉を遮ったセイは、申し訳ありません、と頭を下げた。土方は、そのやり取りに既視感を覚えると、ふいっと庭下駄を履いて、井戸へと向かった。部屋から十分に離れたことを確認し、井戸から水をくみ上げると、器用にも笑いながら顔を洗った。

新之助の姿はかつてのセイであり、セイの姿はかつての総司に重なり。

―― 童も大人になるか。俺も年を食うはずだよな

もし誰かが見ていたら鬼の副長の奇行に驚くところだが、幸いなことにそれをみていたのは朝日だけだった。

 

– 続く –

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