ひとすじ 13
〜はじめのつぶやき〜
監察部隊の皆さまは超~優秀ですから!ちなみにBGMに他意はありまへん。たまたまテレビが・・・
BGM:郷ひろみ 2億4千万の瞳
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朝からいつもと変わらない時間が流れて、忙しく立ち働いた新之助にぴたりとセイがくっついている頃。
監察方の部屋には永倉をはじめ関わった幹部達が集まっていた。
「やはり、江戸詰だった者を中心に国元からも幾人か集まっているようですね」
監察隊士の報告に皆が永倉の顔を見ると、当の本人は苦笑いを浮かべて無精ひげを撫でた。
「俺は随分前に藩を抜けてるからなぁ。詳しいことはわかんねぇなぁ。不満を持つだけの事はあったんじゃねぇの?」
「永倉先生。そんな滅多なことを……!」
「しょうがねぇだろ。俺にはわかんねぇよ」
ひらりと手を上げると一人で永倉は部屋を出て行った。
それまで黙って聞いていた原田が寂しそうな顔で視線を落とす。藤堂は総司と視線を交わして、監察方の隊士に相手の連中がどこに集まっているのか、根城にしているのかを引き続き調べるてくれるように言った。
「集まってきてるのはわかってるんでしょ?」
「おそらく、そうだろうという者が数名上がってます。ですが、元々不逞浪士に関しては我々も常に調べをしてますし、その中でふるいにかけるとなると難しいんです」
珍しくちっ、と舌打ちをした藤堂は苛々と足を揺らした。斎藤は黙って部屋を出て行き、残った総司は原田の肩に手を置いた。
「大丈夫ですよ。原田さんを信じているからああして任せてるんです」
「俺に……、俺はぱっつぁんの力になれるかな」
普段の姿とは想像もつかないくらい弱々しい原田の声に総司と藤堂は両脇から原田の肩を掴んだ。
常に仲が良く、一緒にいることの多い二人だけに一人で事を進めようとした永倉のことが寂しかったのだろう。頼りにされていないわけではなことは重々承知していても、それでも何かできないかと思うのは誰であっても同じで。
心配そうに見上げる監察方の隊士達を前に総司と藤堂は原田を部屋から連れ出した。
市中を歩く永倉は、腕を組んで袖口に腕をいれたままぶらぶらと歩む。
にやりと緩んだ口元はこれと言って目的がある風でもなく、ただ楽しそうに市中を歩んでいる。通りすがりの小間物屋や他の店を冷やかしながらゆったりと歩いて行き、一軒の茶屋に入った。
「ようこそおこしやす」
「おう、すまねぇな。ちょっと一休みしたくてな」
馴染みの女将に刀を預けながらそういうと、永倉は女将の案内で二階の一間に通された。
すぐに女将自らが酒肴の支度を持って、もう一度現れた。盃を持った永倉にお銚子を差し出しす。
「塩梅はどないどす?」
「さて。巣穴に籠った鼠はなかなか表にはでてこねぇからな」
永倉が馴染みの茶屋、丸屋の女将は密かに永倉から頼みごとを受けていた。新撰組と言えば、京の町では鼻つまみも同然で、お金を落としていく花街や茶屋にも表向きは歓迎されたとしても、それは金を落としていく間の事である。
しかし、丸屋の女将は幼いころ京に上って来たもので、出身は北の地だという。その縁で、元松前藩という永倉とは昵懇の間柄だった。頼みごとがあれば聞くし、市中の噂を耳にすればそれを教えてくれる。
永倉も厄介な客がいた場合は、新撰組の贔屓の店だと思い知らせて追い払う手伝いをすることもある。
「そのねずみはんのお名はおわかりなんどすか?」
「伊庭兵衛という。大そうな名前だよな」
「伊庭兵衛はん。そのお姿はどないなんどす?」
伊庭兵衛。
かつて永倉と坪井数馬が通っていた道場で、同門だった男。彼らよりは二つほど歳は上だったが、驚くほど気が合って、よく二人を連れて飲み歩いたものだ。悪所を引きまわし、遊びの限りを尽くすような男だったが、驚くほど剣術に対してだけは真摯な態度だった。
道場でも一、二を争うような腕の持ち主だったが、どこか人を心底から信用しないところがあって、永倉は折りに触れて神経を逆撫でするようなところが喉に刺さった小骨のように感じたために、いつしか疎遠になった。
しかし、永倉が脱藩した後も、数馬は兵衛と通じていたらしい。
兵衛は何処かの藩士ではなかったが、勤皇派としてあちこちに顔が利く男で江戸にいた頃もあちらこちらの一派を唆しては、事を引き起こしていた。それが、数馬が勤皇派に接触を始めたきっかけでもあった。兵衛は兵衛で数馬を足がかりに勤皇派の一団を集めて京へと上って来た。
京に辿りついてからは、より一層過激に、時には町人を切り捨てて金を奪うなど、不逞の限りを尽くしていく兵衛に数馬は危険なものを感じて、藩の方へ兵衛の行動を逐一報告するようになった。
かつて、同門の剣士として、共に剣を交え、親しみ、この京の都までやって来た友を疑い、怖れ、それでもどこかで切り捨てることができなかった数馬の心が永倉には手に取るようにわかった。
数馬は、幼いころから繊細で優しく、だからこそ、任務には向いていたともいえるし、向いていなかったともいえる。
向いていたからこそ、これだけ長い間の潜入が可能だったわけだし、向いていなかったからこそ数馬は今鬼籍の人となっているのだから。
「あんな男、いくら役に立つからと言ってもっと早くに斬り捨てりゃよかったんだ」
「永倉せんせ?」
盃を口元に引き寄せてからじっと動かなかった永倉が口の中で呟いた言葉に女将が問い返した。答えずに盃を干した永倉は伊庭の容姿を思いだしていた。
「もう何年も前の話だが、今も似たようなもんだろ。俺よりも体格はがっしりしてる。しいて言えばうちの近藤さんみたいにごつい体格だとでもいうかな。顔形も無骨だが、その目には抜け目のない感じが現れてるからすぐにわかるさ」
それを聞いていた女将が、ふと口元に片手を寄せた。記憶の欠片を探すように視線を彷徨わせた女将は、ちょとすんまへん、といって不意に部屋を出て行った。そしてすぐに懐紙に矢立をもって戻ってくると、永倉の隣に膝をついた。
「もしかしてこないなお人とちがいますやろか」
そういうと、驚いたことに女将は巧みな筆遣いで何やら人相書き風に顔を描いて行く。無骨な四角い顔に総髪だが鬢のあたりのほつれが一層、らしさ、を浮き彫りにする。
優しげな目元の割に、眼光は鋭く、隙を見せればたちまち食いつかれてしまいそうな目をしている。
「あまりうまく描けへんのやけど……。確かこの左のえらのあたりから頬にかけて、刀傷がついてはるんどす」
描かれた顔をじっと見入っていた永倉は、自分と同じく重ねた年数のままに老けた男の顔を、十何年振りかで見た気がした。
そこには、かつての友であり、大事な友を斬り捨てた男の顔があった。
「女将、礼を言うぜ。この男どこで見た?この店に来たのか?」
「いいえ、うちとちゃいます。こないな目のお人がいらっしゃったら、お断りしますわ。見かけたんは、馴染みの芸妓を送って行く途中で見かけたんどす」
あれは……、と記憶をたどって思いだそうとする女将に、永倉は焦れた顔で待った。はっと手を打った女将が目を輝かせた。商売柄一度見かけた者の顔は忘れはしない。
「三本木の置屋の傍のお茶屋さんどす。確か二度ほど見かけてるはずや」
確かに記憶に残る顔とはいえ、たった一度すれ違った程度の男の顔まで明確に覚えてはいない。それが覚えているのなら、複数回会っているのだろう。ならば近くに馴染みがいるか、贔屓の店があって通っているのかもしれない。
「女将、助かった!今回ばかりは恩に着るぜ」
急いで立ち上がった永倉は、店を飛び出すと屯所に戻るよりも近い床伝を目指した。山崎がいれば監察を動かしてくれるに違いない。
馴染みと縁が切れる前に手配りをしなければならない。気が焦るが、こればかりは昼日中の市中で目立つわけにもいかず、できる限りの早足で進む。
永倉と新之助を、運命はまだ見捨てていなかった。
– 続く –