花嵐 2

〜はじめの一言〜
時代小説風~で、頑張ってます。
BGM:B’z イチブトゼンブ

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非番だった総司は、土方が終日外出のため、時間が空いていたセイを伴って、甘味所に出かけた。

このところ、何かと忙しく、こうした時間が取れなかったので、セイも久しぶりの外出にどこか浮かれていた。いつもより甘えたつもりはなかったが、つい総司の傍に戻れないことが口をついて出てしまう。

「沖田先生、私、このまま副長付きのままなんですかねぇ」
「う~ん、土方さんも神谷さんの有能ぶりに手放したくなさそうですからねぇ」

しみじみ、一番隊にいた頃が懐かしくてセイが切なそうにいうのを、総司は笑いながら聞いていた。セイが一番隊にいないということは、総司の中ではどこか安心するのだった。巡察や何かでセイが怪我をすることが格段に減るからである。
それに、隊士部屋にいるより、局長室でゆっくりと夜に休むことができるほうがセイのためにはいいと思っていた。

―― 本当は傍に置いておきたいんですけどね

それこそ土方が聞いたら、目をむきそうな事を考えながら、葛きりをすする。

ふと、視線を感じて振り返ると、どこぞの妻女らしき姿の女が二人の姿を見ている。自分には覚えが無いので、セイにそっと尋ねてみた。

「神谷さん、あの方、お知り合いですか?」
「え?」

さりげなく、セイが振り返ると先日の薬種問屋でであったお尚であった。セイと目があうとこの前のように人懐こい顔で会釈を送ってきた。

「ああ!先日啓養堂に行ったときに、店で挨拶させていただいたんです。確か、芸州藩浪人の妻女でお尚さんと……」
「……武家の妻女に薬種問屋であったんですか?」

総司の顔が少しばかり曇った。確かに、総司の疑問はセイも頷ける。
啓養堂は町医を相手にするような店ではないのだ。医者でもない者など尚更である。

「はあ、何やら、父君が医者だったそうで真似事をしているとか。私もさすがにそれ以上はお役目でもないので聞けませんでした」
「なるほど……」

さりげなく、女の様子を伺いながら、総司は考えを巡らせた。
どうみても、御家人というより、もっと上の立場の家格のような気がする。考え込む総司に、セイが心配そうな目を向けた。

「どうかされましたか?」
「いえ、なんでもないですよ。神谷さんは顔が広いですからね。色んなところに知り合いがいるので私などはいつも蚊帳の外ですよねー」
「なっ、何を言うんですか!もう!」

総司のからかいに乗ってしまい、セイは総司を睨みつけた。蚊帳の外どころか、どれだけ長く傍にいても、幹部と平隊士では見ている世界も違うというのに。

あはは、とその顔をみて笑いながら総司は軽く謝った。

「はいはい。ごめんなさいね。ここは私が奢りますから機嫌を直してください」

セイは、ぷいっと横を向いて、すぐに店主を呼ぶと追加を頼んだ。

「先生の奢りなら当然追加しますっ!」
「えぇ~、それはないじゃないですか~」
「先生のほうがたくさん召し上がってるじゃないですか!」

いつものようなやり取りの後ろからくすっと笑い声が聞こえた。お尚がまだ二人のやり取りを見ていたらしい。立ち上がって、お尚は二人の元へやってきた。女子が武士の姿をみて笑ったとしたら、不調法どころではない。

「すみません、つい……。仲がよろしいんですね」

そういって、お尚は頭を下げた。

「芸州藩浪人、磯貝甚之介が妻、お尚と申します。先日、神谷様とお近づきになりまして……」
「新撰組一番隊組長、沖田総司です」

セイは、お尚の目が一瞬、きらりと光った気がした。それがまるで総司を知っていたかのようで、お尚の顔を覗きこんでしまう。総司は気がつかなかったのか、さらりとお尚に話しかける。

「お一人なのですか?」
「ええ、主人は外出が多い人ですから、いつも私ひとりなのです。時折、甘味をいただきに出るくらいがささやかな楽しみで……」
「そうなんですね」

話が途切れると、お先に、と言って支払いを済ませ、お尚は店を出て行った。総司とセイは、残りの葛切りを食べながら、それぞれが何かを感じ取っていたようだ。

お尚は、感じのいい女子である。だが、何かが二人の勘に引っかかったのだった。

 

 

巡察にでていた総司がお尚を見かけたのは、それから何日もしないうちのことである。
水奈木という、通りからは少し外れた場所にある料亭に、人目を憚るように駕籠で乗り付けて周囲に目を配りながら中に入った姿を見かけた総司は、すぐにそれがお尚であることに気づいた。

料亭に人目を忍んだ女子が一人で入るということは、ほとんどが逢い引きである。
啓養堂に現れたという女と、甘味所に現れた姿と、たった今、人目を忍んで料亭に入った女の姿がどうにも重ならなくて、それが感じた違和感かと総司は思いあたった。

しかし、それほど親しいわけでもない女子の逢い引きを見張るのはいかがなものかと思い、総司は巡察に戻った。

 
「どうも、盆屋を拠点に動いてるようだな」

土方に呼ばれて、副長室に現れた総司は、この前山崎が言っていた江戸詰の薩摩や長州者の動きについて、その後の話を聞いていた。

「どこかに宿をとっているとかじゃないんですか?」
「それがよくわからん。かといって、どこかの町屋に匿われているわけでもなさそうなのが厄介だな」

ふむ、と腕を組んだまま、土方は山崎の報告書を眺める。それだけ男たちが動いていれば、どこかしらから匂いがするはずなのだ。
監察方は優秀であり、山崎の動きは信頼に値する。しかし、今度ばかりは相手の動きが読めないらしい。
報告の中で、なかなかはかどらない調べを詫びている。

「巡察をしばらく強化しますか?」
「そうだな。それで奴らが少しでも尻尾をみせてくれりゃあいいが……」

そういうと、土方は手にしていた報告書をたたんだ。総司は、すぐに他の幹部たちへそれを伝えるべく、副長室を出て行った。

– 続く –