花嵐 4

〜はじめの一言〜
ボチボチなお話なんです。ごめんなさい
BGM:B’z イチブトゼンブ
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「申し訳ありません、失礼なことを」
「いいえ、かまいませんが……。どうやら貴女は今夜はここに泊まった方がいい。夜が明けたら私が送っていきますから少しでもそちらで横になられた方がいいですよ」

屯所には、先ほど店の者に薬を頼んだ時に、使いを出している。二間ある続き部屋へお尚を押しやり、総司は襖を少しだけ隙間を残して閉めた。

「私はこちらにおりますから安心してお休みなさい」

さすがに体が痛むのか、お尚は奥の床に体を横たえた。横になりながらその胸に刺している懐剣に触れた。隣の部屋からは、壁に寄りかかるようにして目を閉じている総司がいる。

しばらく、その気配に意識をむけていたお尚はいつの間にか眠りに落ちていた。
ふと眼を覚ますと、まだあたりは暗いものの、いつの間にか上から布団がかけられている。様子を見た総司が上からかけたのだろう。

お尚はそっと身を起こすと、隣の部屋への襖を音もなく開いた。窓際に腕を組んで寄りかかっている総司が目を閉じている。そっとその傍によって、お尚はその肩に手を乗せた。

総司の隣に寄り添うように座る。

「……おやめなさい」

すっかり眠っていると思っていた総司が目を閉じたまま、口を開いた。お尚はそれでも肩に置いた手に、己の頬をよせた。甘い匂い袋の香りが漂って、お尚の体が総司に寄りかかる。

「向こうへ行ってお休みなさい」
「……沖田様は情けをご存じないのですか」

お尚の声が艶を孕んで、総司の肩に置いた手が震えた。ふう、と溜息をついた総司が目を開いて、肩からその手をはずした。

「情けを知る、知らないじゃないですよ。不義密通は法度に触れますしね。私はこんな怪我をしている人妻に手を出したりしません」

声音は柔らかいものの、ぴしゃりと拒絶する言葉に、お尚は悲しそうに眼を伏せた。

「いいから、もうしばらくお休みなさい」

そういうと、総司は再びお尚を隣室に戻した。

お尚を隣室に戻して、総司は再び腕を組んで目を閉じた。総司にはお尚がこんなところで、よく知りもしない男に情けを求めるような女には見えなかった。それに、何があったのかは知らないが、夜半に男に殴られているというのもただ事ではない。

―― 送り届けながら、少し聞いてみましょうか

そんなことを考えながら、夜明けまでの時間を過ごした。夜が明けると、総司は店の者に駕籠を頼んで呼んでもらった。

お尚は送るという総司の言葉を丁寧に断って、茶屋の支払も自らで済ませた。これほどはっきりと断られてしまえば付き添って問いただすこともしにくくなる。

「このお礼は必ず」
「そんなことは構いませんから、自分を大事にして下さい。気をつけて」

顔を伏せて駕籠に入った、お尚を見送ると、総司は屯所に戻った。

 

戻った総司は、土方の元へ報告に向かった。

「土方さん、総司です」
「おう、戻ったか」

文机から顔を上げた土方が、総司の方へ向き直った。

「申し訳ありません。帰り道で怪我をした方についていたものですから」
「うむ。破落戸者か?浪人じゃねえだろうな」

そういえば、と昨夜の様子を思い出す。確かに二本差しであったことは確かだが、それほど身なりは悪くなかったように思えた。

「浪人にしては身なりが良かったような……」
「ふん。逃がしたのか?」

「だって、目の前に殴られて怪我をしている女子がいるんですよ?そのままにしておけるような時間じゃありませんでしたよ」

しかし、そこまで報告したものの、部屋の隅にセイが控えていることを考えて、襲われた女が顔見知りの者であることは差し控えた。それを土方に報告しても今の時点では特に何がということは無いと判断したのだ。

そこまで聞いた土方は何かを考えていたようだったが、総司には下がっていいと告げた。
総司はセイに笑いかけると、そのまま隊部屋に下がっていく。

 

 

お尚は、屯所からもそう遠くない場所にある町屋の一軒の中にいた。

殴られた頬は冷やしたせいか、そんなに腫れずにすんだようだ。汚れた着物を取り替えて、一人きりの部屋の中でぺたりと座り込んだ。

奥からお尚を殴った件の男が現れた。

「どうであった?」
「法度に触れるような愚かしい方ではありませんよ。そんなに上手くいくはずがありません」

嘲るような物言いに男は、お尚の肩を掴むと再びその顔を平手で張り付けた。ぱあん、と乾いた音が響く。

「お尚。そなたがあの小僧を餌にするのは嫌だといったのだぞ?あの小僧であれば、新撰組の幹部連中を引き出すのに苦もないものを!」
「神谷様はまだ若く気性も素直な子供です。そんな子供を手にかけてなんとなさいます!」
「あの幕府の犬どもに思い知らせることになんの異存がある!それが前髪の童であとうとも奴は阿修羅と呼ばれた者だぞ!」

不満げな男はお尚の体を後ろから抱き寄せると、八つ口から手を差し入れた。たっぷりとした量感をたたえる胸をまさぐりながら、男は耳元に囁く。

「愚かな女子だな。いくら夫の敵とはいえ、ろくでなしの御家人崩れなど、そなたとてどれほどの苦渋を舐めたか分からぬというのに。死んでせいせいするだけではないか」
「武家の女子の矜持でございます」
「矜持ゆえに、遊女まがいに我ら同士に身を任せるか」

男は、お尚の顔を仰向かせると噛み付くように口付けをして、そのままお尚を押し倒した。

お尚は、体の上を動き回る男を感じながら、暗い闇の底を見ていた。そこには何の救いもなく、ただ、願いを叶えるためだけに。

 

– 続く –