花嵐 5

〜はじめの一言〜
がんばります。えぇ。
BGM:B’z イチブトゼンブ
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幾日かたった頃、巡察にでていた三番隊の隊士が襲われた。隊列の最後を歩いていた二人が、通りすがりの者に殺されたのである。一番隊に 負けずとも劣らぬ、斉藤の率いる精鋭部隊の殿を勤めるものとなれば、誰に引けをとることのない隊士のはずだ。それが、一瞬の隙を突くように、あっという間 の出来事だった。

二人の隊士の亡骸は屯所に運び込まれ、幹部達数人の検死を受けた。

「通りすがりに、ぶすりって具合だな」

永倉が傷口を検めている。二人とも、外側のわき腹から一息に突き刺されたようだ。

「この傷の具合じゃあ、短刀じゃねえ。脇差だろうな。一息に心の臓にまで届くぐらいまで突き刺してるぜ」

斉藤は渋面のまま二人の亡骸を見下ろしている。立ち会っている土方に斉藤は頭を下げた。

「副長、申し訳ありません。組下の者がこのような有様をお目にかけました」
「仕方ねえ。お前も辛い所だろうが。犯人を見たやつはいないのか」
「は。殿の二人は他より幾分遅れておりました故、余計に誰の目にも触れなかったようです」

すれ違った町の者達もあれが犯人だというものを見かけたものはいなかった。
土方は、その場にいた幹部達にぎらりと目を向けた。

「お前ら分かってるんだろうな。これは俺達への宣戦布告もいいところだ。すぐに巡察を強化しろ。空いてる者たちは犯人を捜せ!」

「「「承知!」」」

足早に散っていく彼らを見ながら、斉藤は苦渋の色を滲ませていた。

 

 

セイは、斎藤や誰かからはっきり聞いたわけではないが、斎藤のところの隊士がやられたことは耳にしていた。

土方は難しい顔をしたまま、文机に向かっているが、その目は文を見てはいない。セイにも、そろそろこの土方という男がだいぶ分かってきた。きっと、やられた隊士への思いと怒りがふつふつとこみあげているのだろう。

黙ってセイは副長室を後にすると、賄い所に向かって、とびきりの茶っ葉を使い、うまいお茶を入れた。

亡くなった二人は、セイが一時、三番隊にいたとき、セイのことをなにかと庇ってくれ、怪我をしないよう、一人で敵と組み合うことのないように、気を配ってくれていた。
三番隊から離れても、何かと声をかけてくれていたのは斎藤の組下の者たち同様である。

それを思うと、自分が泣くような立場ではないと思っても、目には涙が滲んでくる。

あれ以来、斎藤は休むことなく、市中を回り、目撃者がいないか、不審なものは見なかったかと足を棒にして歩きまわっている。それを思うと、悔しくて悔しくて仕方がなかった。

眼尻に浮かんだ涙を、ぐいっと拭うと、温くなり過ぎないように急いで副長室に戻る。相変わらず、何かを考え込んでいる土方に、そっと茶を差し出した。

「あ、ああ。すまん」

差し出された茶に、現実に戻ってきたのか、土方がようやく反応した。視界に入った湯のみを何も考えずに口にすると、ちょうど良い温度で口の中に広がる茶の味が正気に戻す。

「うまいな……。あいつらはもう、こんな茶も飲めねぇってのに」

ぼそりと呟いた声が、土方の苦渋を物語っていた。

「お前も一人で外出したりすんじゃねえぞ」
「わかってます」

遠くからどすどすと慌ただしい足音が聞こえた。ばしんと障子が開いて原田が飛び込んでくる。

「土方さん、今度はうちの小倉がやられた!」
「どういうことだ?!」

二人組での行動が言い渡されていたが、たまたま非番で出ていた小倉にはそれが伝わっていなかったらしい。
島原からの帰り道、もうすぐに屯所に辿り着く手前で殺されていた。

今度は、白木の柄の短刀で深々とその胸を刺されていたのだ。
運ばれてきた小倉の亡骸はその前の二人同様に傷を検められて、皆に囲まれながら送られた。

俄かに屯所は緊張に包まれた。なぜ、襲われたのか。目撃者もおらず、立て続けに三名の隊士が命を落としている。目の色が完全に変わっている、土方が怒鳴った。

「何をやってたんだ、手前らは!!明日から現場の聞き込みをやれ!知ってて黙ってるような奴がいたら、抜き身を拝ませてでも聞きだしてこい!!」

「「「承知!!」」」

あちこちから上がった声の後、険しい顔をした男たちが次々に出ていった。

 

 

どうしても確かめずにはいられなくなって、セイは翌日、啓養堂を訪ねた。

「あの時、私と同じく薬を求めにきていた方のことなんですが……」
「ああ、磯貝様の……」

あいにくと客の相手をしている店主にかわって、番頭がセイの問いに答えてくれた。確かに見知っていたらしく、すぐに分かってもらえた。

「そうです。そのお尚さんの住まいなどはご存じないですか?」
「そやなぁ。お西さんの近くゆうてましたけど。江戸から来られて間もないようで、旦那はんもお知り合いの方と、ようお茶屋にいらしてはるようですよ」

 

江戸から来て間もない。

 

確かに、お尚は京言葉ではなかった。武家の妻女にしては外出が多い。

彼女が何かを知っているかもしれない、というのはセイの勘でしかなかったが、お尚が普通ではないことだけは確かだった。

 

その頃、お尚は水奈木の離れにいた。
夫の同士である元薩摩藩士の男が散々にお尚を弄んだところだった。床の中で汗ばむ体を横たえているお尚を背に、磯貝に渡された文を男は広げていた。

「磯貝さんも、変わった人だな。自分の女房をこうして同士の玩具にさせておいて、連絡をとるとは」

磯貝は、芸州の浪人ではなかった。長州の出身で江戸では御使番を務めていたのである。あちこちに出向く立場上、国の訛りはなくしていた。

お尚は、江戸で芸州藩出身の医師杉田伯道の娘であった。一度、嫁いだものの夫を亡くし、二度めの夫が磯貝である。

「お尚殿。次はやはり誰か囮になるものを押さえねばならんようですな」

磯貝の同士達はすべて江戸表に長くいた者たちで、国の訛りがない。そのため、目立たなく潜伏することができたのだろう。まして、それぞれが集まることなく、こうしてお尚との逢い引きを装って連絡を取っていたのであれば、わかるはずもない。

 

 

– 続く –