花嵐 6

〜はじめの一言〜
風味だけは時代小説っぽく!!
BGM:B’z イチブトゼンブ
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「もう、十分でございましょう?」
「お尚殿?」

「いくら新撰組の方々を殺めても、皆様の志には変わりございませんでしょうに」

もうその身に起こることを諦めたお尚は、着物を身につけ始めた。その姿に、男は再び圧し掛かった。

「そのような言い草ではまた磯貝殿に殴られますぞ」
「どのように言われようとも、変わりませぬ」
「仇を野放しにされるか」

お尚の初めての夫、酒井兵衛は長州藩士であった。志士とは名ばかりで、碌でもない男なのは磯貝も知っている。お尚の苦労はずっと続いていた。

あの夜、兵衛が斬り殺されるまで。

 

 

 

屯所に戻ったセイは、すぐに総司に捕まった。

「神谷さん!貴女と来たら!単独行動は禁じられたばかりじゃないですか!」

よほど心配したのだろう。厳しい声で叱られて、セイは首を竦めた。

「申し訳ありません、沖田先生」

しょんぼりと頭を下げたセイが何をしにいったのか、総司には分かっていた。コツと痛くないように拳を頭に当てると、困った人ですねぇ、と呟いた。

「え?」
「お尚さんのことを聞きに啓養堂にいったんでしょう?」
「先生、どうしてそれを!」

ぴたりと当てられてセイは、驚いた。がり、と頭をかきながら総司は、お尚については何も言うまい、と心に決めていた。先日のことをセイに言えば、お尚を探して飛び出して行きかねない。

「確かに、私もお尚さんがただの武家の妻女だとは思えません。けれど今はそれを確かめている場合ではないこともわかりますね?」

自重しろと、言われていることはすぐに分かった。確かに、何かあった時に自分だけの問題では済まされない。
気持ちを押えて、セイは渋々頷いた。あの人懐こいお尚がこんなことに関わりを持っているはずがない、と思いながらも、あまりに符号が合いすぎるようで、セイの心の中に抜けない刺のように刺さった。

それからしばらくは、嘘のように静かな日々が続いた。誰もがもう大丈夫なのかと思いたくなるくらい、平穏だった。巡察でも不逞浪士も見つからず、このまま犯人が見つからないまま終わるのかと思われた。

幹部会が開かれているが、まったく犯人の目途も立たず、幹部達には苛立ちが募っていた。幹部会の後、近藤に呼ばれたセイは外出することになった。

「神谷君、申し訳ないが黒谷への使いを頼めるかな?」

土方もその場に同席していることで、すでに話がついているらしい。一人での外出が禁じられているために、一番隊の相田が同行することになった。

「相田さん、すみません。よろしくお願いします」
「おお、いいってことよ。沖田先生じゃなくて悪いな」
「何言ってるんですか」

確かに、セイの外出であれば、日頃の溺愛ぶりからして、総司がついていってもおかしくはない。
しかし、今は組長格以上は屯所詰めになっている。巡察以外での外出に、いくら近藤の使いといえどそうそう簡単に出歩けるものではない。

二人は支度ができると連れ立って、屯所を後にした。
黒谷への使いは、今起こっている事態への報告も兼ねていたようで、いつものように文を渡してすぐに帰るわけには行かなかった。
わざわざ、目付役がでてきて、状況についての下問があったのは、事態を会津藩でも重く受け止めているからだろう。

思った以上に引き止められて、二人が黒谷を後にしたのは随分遅くなってからだった。

「まずいな。神谷、早く戻ろうぜ」
「そうですね」

二人は足早に屯所への道を大回りになる大路を避けて急いだ。
まもなく、屯所に近づくというあたり、セイは水奈木の前で、人待ち顔で佇んでいたお尚を見かけた。

「お尚さん!」

すでに薄暗くなってきていて、灯りを持たずに出ていたセイは、暗がりのお尚を呼んだ。会って、確かめたいと思っていたのだ。

「神谷様?!」

お尚はこんなところでセイに合うと思っていなかったのか、驚きの声を上げた。

「どうしてこんなところに?」
「私より、神谷様こそ、どうして?ああ!いえ、駄目です!早くお行きになって!!」
「え?」

急に切羽詰ったような声を上げて、お尚はセイたちを水奈木から遠ざけようとした。しかし、ほんの僅か、それは遅かったらしい。
ちょうど店から出てきた、浪人風の男がセイたち二人をみて、にやりと笑った。
その日、二人は黒谷への使いということで、隊服を着ていたのだ。一目で新撰組隊士であることは知れた。

「ほぉ。お尚殿も肝心なことは協力的でござるな」
「違います!この方達は、関わりありません。さあ、早くお行きになって!!」

必死で二人をそこから離れさせようとしたが、男はお尚に向って拳を振り下ろした。

「お尚さん!!」

殴り飛ばされて、地面に倒れかかったお尚に、セイが手を伸ばした。相田は、刀に手をかけながら男を睨んでいる。
お尚は、唇の端から血を流しながらも、気丈に声を絞り出した。

「私などにかまわず……に、早くここから、離れて……」

しかし、この状況でお尚を置いて去るわけには行かなかった。セイは、お尚を庇うように刀に手をかける。

「何をする!この人をどうするつもりだ?!」
「馬鹿な奴らだ。女の言うとおりさっさと立ち去っていれば無事に済んだものを」

男がそういうと、周囲から滲み出るように取り囲んでいる人影が浮かび上がってきた。斬り合うには相当、分が悪い。そう思っていると、男がお尚の腕を引いて、再び地面に倒し脇差を向けた。

「新撰組だな。この女が死んでもいいなら去れ」
「何を!卑怯な!!」

相田が叫ぶも、どうみても不利だ。膝を付いて、投げ出されるように刀を向けられたお尚に、小声でセイが囁いた。

「お尚さん。私達が残りますから、貴女は逃げて隊に知らせてもらえませんか」

この情況で初めのうち、セイもお尚を一味の者かと疑っていた。
しかし、この土壇場でお尚はセイと相田を逃がそうとしている。
それに賭けてみよう、と思ったのだ。

 

 

– 続く –