寒月 38

〜はじめの一言〜
男たちは優しくて格好いい人たちがおおいですね。やんちゃがおおいのも事実ですが。
BGM:安全地帯 あの頃へ
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泣いて、目が溶けるんじゃないかと思うほど泣いて、座り込んだセイはそのまま眠ってしまった。

「よっと」

セイを抱えあげてなんとか引き戸をあけると、総司は蔵から出た。
戸の脇に腕を組んだままの斎藤が寄りかかっていた。斎藤を見た総司は苦笑いして腕の中に抱えた人を示した。

「……眠っちゃいました」
「ああ……」

頷いた斎藤は先に立ってあるいて、隊部屋ではなく、幹部棟の小部屋へ向かった。そこに入るとすでに床がひいてあって、総司はそこにセイを寝かせた。

セイを置いて、二人は小部屋を後にした。

「……すまなかった」
「なんのことです?」

にっこりと笑った総司に、心底嫌そうな顔をした斎藤がじろりと睨みつけた。

「アンタは……」
「なんです?」

その先を言いかけて斎藤は黙った。どうせ何を言ってもこの男には無駄だろう。諦めて隊部屋に向かう斎藤の後を追って総司が歩く。

「……神谷さんもきっと同じことを言いますって」
「なんのことだかわからんな」
「斎藤さんたら。体の具合はどうなんですか?」
「もう問題ない」

斎藤はそういうものの、暗示は解けているが再び吸い込んでしまったために、南部から再び薬を出されている。体が薬を忘れきる前に再び吸い込んでしまったためにまたしばらくは薬湯と、細切れな禁断症状に襲われそうだ。

「アンタも久しぶりにゆっくりしたらどうだ」
「いやあ。もう少ししたら、神谷さんの代わりに、蔵から荷物を運んでおかないと」

そう言う二人に、隊士達が駆け寄ってくる。散々心配をかけたために、いつも以上に組下の隊士達が気を使ってくる。

「先生方!」

二人は苦笑いを浮かべて隊士達の元へ向かった。

 

 

酒を飲んでいた横山は、隣にいる男にまるで自慢するように言った。

「いや、本当に強い。強いぞ、奴等は」
「だが、結局、闘っていないんだろう?」

お互いに手酌で飲みながら酌み交わす相手は、仕事の仲間でもあり、剣術で同じ道場に通ったことがある金山正太郎という。普段は江戸にお り、今回、万右衛門の呼び出しにより京に来ている。先日は周囲に駆け付けた隊士達の気配に、それぞれ浪士達と潜んでいたところから抜け出して、この店に 移った。

万右衛門の新しい店、千舟屋には先に移っていた店の者達と、万右衛門がいた。

「まだ、だ。これからってことだよ。どうだ。仕事にかかわらずやらないか」
「ふむ。もう貰うものは貰ったしな」
「きっと面白いぞ」

二人にとっては、金も生きていくための最低限さえあればよかった。

二人はその後、たっぷりと飲み明かし、早めに床を取った。
翌朝、店の者に、具のない味噌汁と、白粥、それに梅干しだけの食事を頼んだ。

「どうだ?」
「うむ。いいぞ」

短い会話だけでお互いの調子を確かめ合う。手早く朝餉を済ませると、店の者に頼み、新しい下着を用意してもらった。その間に、二人は水を浴びて身を清める。

その行いだけでも二人は剣術に関してだけは、真剣に向き合っていた事がわかる。

二人は支度を終えると、千舟屋を出た。新撰組の巡察路のあたりを歩きながら西本願寺へ向かう。どこかで出会うはずだ。

「なあ、横山」
「なんだ?」
「道が違えば、俺達はあっちにいた方がよかったのかもしれんな」

どこかで道を違えたのか、信念というものを持ってさえいれば横山も金山も、彼等にとても近しいものだったかもしれない。

歩みを進めていくと、そのうちに西本願寺の近くまで来てしまった。午前の巡察で出てきたのは、奇しくも藤堂の組だった。

「やあ。アンタは、藤堂さんといったかな」
「……朝からわざわざここに来たのには理由があるんだよね?」

屯所を出てすぐに二人の男を前にした藤堂は、かなり距離を置いて足を止めた。先日の捕り物で捕まった中には横山がいなかったので、いずれ再び出てくるのでは、と思ってはいた。
藤堂の警戒をよそに、横山はにこにこと嬉しそうな顔で話しかけた。

「ちょうどよかったなぁ。この前の一件でどうかなってたら墓の下まで追いかけていったところだ」

あまりといえばあまりな言い草に、藤堂も呆れてしまう。
横山は警戒する組下の隊士達には構わずに片手で刀の柄を軽く叩いた。

「藤堂さん。俺達はもう仕事は終わったんだ。だが、是非ともあんた達新撰組の幹部と立ち会いたい。強い奴と立ち合いたいんだがどうだろう?俺はあんたともう一度やるんでも構わんし、一人なんてけちなことを言わず、何人とでもいいぞ」
「俺達は、それじゃ済まないけど?」
「ああ、どうせ真剣だ。勝てば生き残れるし、負ければ死ぬだけだ。構うものではない」

藤堂をかばうように左右から今にも刀を抜かんと構えていた伍長が振りかえらないまま藤堂に言う。

「藤堂先生、こんな馬鹿な話絶対に出まかせですよ!」
「いや、あんたが藤堂さんを庇っているのはわかるが、俺達は嘘なんか言ってない。どうだろう?藤堂さん」

横山の隣で黙っている金山も、あえて口にすることがないから黙っているだけで、横山の考えに異を唱えるわけでもないらしい。目の前に立ちはだかっていた池田の肩に手を置いた藤堂は、池田の体を横に押しやって一歩前に出た。

「アンタ達が仕事は終わりだというのは勝手だけどさ?俺達はそうじゃないのはわかるよね?立ち会うのも、俺ももう一度やりたいのは山々だけど、それよりもどうしても立ち会わないと気が済まないのがうちにもいるんだよね」
「ほお?そいつは強いのか?」
「……強いよ。今なら、きっと誰よりも」

藤堂の言葉に横山は目を輝かせた。

武士として、矜持を踏みにじられていても守りたい相手のために正気を取り戻した男と、守りたいもののために最も手元に置きたかった心の拠り所を自ら斬り捨てた男と。

剣を使う者として、藤堂も横山ともう一度やりたいと思う気持ちはある。
だが、今は。
これからも彼等が戦い続けていくために。

「それじゃあ、朱雀村のはずれに権現堂があるだろう。そこに九つ半ではどうだ」
「駄目だよ。午後の巡察が終わった七つ半ではどう?」
「承知した。それでは権現堂に七つ半。何人でも構わん。楽しみに待っているぞ」
「分かった」

藤堂が話を決めると横山達は再び来た道を引き返して歩いて行く。池田が藤堂の方を向いた。

「藤堂先生!いいんですか?!あのまま行かせてしまって」
「いいさ。聞いていただろ?彼等は必ず来る」

藤堂の普段とは違う顔に鋭いものが走る。池田だけでなく組下の者たちが困惑顔で藤堂を見ると目の鋭さはそのままに、口角だけがくくっとあがった。

「さ、巡察に回ろう。戻ってから話しても充分間に合うしさ」

ざっと隊列を整えさせると、藤堂達は歩きだした。

 

– 続く –