衣通姫の涙 4<拍手文>

〜はじめの一言〜
さて。まあ円満解決?

BGM:
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ちょうど風呂に向かったりする慌ただしい時間だっただけに、誰かに見咎められることなく行って帰ってくることが出来た。

ばさりと広げた着物をお考があちこち、手にしては裏を返して、しげしげと眺めている。どうなのだろうと困惑した顔のセイに頷いたお考はすぐに針と糸を取ってきた。

「あのう……」

隣の部屋で腕を組んでいた近藤は、セイが屯所に向かっている間に、短い文を書くと、近所で下働きをする者に頼んで屯所へと届けさせていた。

「よし。じゃあ済まないがお考、なるべく早くやってくれるかい?」
「お任せください。旦那様、神谷様。お考がお二人に恥をかかせるような真似はいたしません」

胸を叩いて引き受けたお考に任せて、セイは近藤の妾宅に泊まることになった。

翌朝、近藤の供をしたという形でセイは屯所へと戻った。昨夜のうちに近藤が届けさせた文で、土方も総司もセイが近藤に呼ばれたことは知っている。
セイの様子が様子だっただけに、総司は気を揉みながら大階段のあたりを稽古着でうろついていた。そこに二人の姿が門を入ってくると、大股で歩み寄った。

「おはようございます。局長、神谷さんも」
「おはよう。昨日はすまなかったなぁ。総司。神谷君を借りてしまって」
「いえ、それは構わないんですが、何か……?」
「いやいや。お考がこのところ淋しがっているものだから神谷君に少し話相手を頼んだんだよ。ほかの者じゃなかなかそうもいかないが、神谷君ならお考も気心が知れているからな」

近藤の元に世話になった理由をどうするのかと思っていたら、近藤はあっさりとそんな話を口にした。
てっきりセイが何かしたのかと思っていた総司はほっと表情が緩む。

「なんだ。そうだったんですかぁ。お役にたててよかったですね。神谷さん」
「あっ、はいっ!すみません。局長のお帰りのところでご一緒してしまったので、勝手に……」

慌てて、セイは話を合わせるが、近藤のことに関して総司が何か疑いを持つということはありえない。にこにこと頷いて、総司は幾分顔色のよくなったセイを見た。

「神谷さん。その着物、よく似合ってますね」

昨日着ていた着物は風呂敷に包んでj抱えており、お考が直してくれた着物を着ていたセイはびくっと飛び上がるほど驚いた。
確かに、昨日とは違うとはいえ、総司が着ているものに気が付くとは思わなかったのだ。

セイの隣で、にこにこと笑った近藤が言った通りだろう?と目くばせを送ってくる。

「ほ、本当ですか?」
「ええ。なんだか神谷さんらしいなぁって思ったので。あれ?どうしてそう思ったんでしょうね、私」

総司の言葉をきいて、セイがようやくほわぁっと嬉しそうな笑みを浮かべた。
その肩をポン、と近藤が叩いて先に幹部棟へと歩いていく。近藤とセイの二人を見比べた総司がきょとんとして、セイに問いかけた。

「??どうかしましたか?私何か変なこといいました?」
「いいえ!ありがとうございます!沖田先生」

ぺこりと頭を下げたセイは、稽古着に着替えてきますね、といって隊士棟へ足早に向かっていった。その背を見ながらひっそりと総司は微笑んだ。

「あれ、だったんですね」

昨夜セイが近藤のところに泊るとなって、総司は原田のところに向かった。事の次第を上司である自分には聞かせてほしいと説得すると、渋々原田が口を割ったのだ。

「俺もうっかり余計なことしたのは悪かったが、神谷もあの通り意固地になっちまったからな」
「そうだったんですか」

話を聞いた総司は苦笑いを浮かべて納得した。
原田に気にしないようにと伝えると、隊部屋に戻ってから、セイにどうやって話を聞き出すか考え込んでいた。
あのセイが、たかがそんなことで気に病むとは思っていなかったから、ほかに何かあることはすぐに想像できる。何かが不安で、おそらくそのせいで原田にも噛みついたのだろう。

とにかく、戻ってきたらもう一度話を聞いてみようと思っていた矢先だったが、どうやらその必要はないらしい。
総司にとっても、何を着ていてもセイはセイだったのだ。セイは、総司が気づかないと思っていたが、お考が同じ色のものをと元結の色も揃えていて、色白なセイの顔だちを引き立てていることにもちゃんと気づいていた。

「やっぱり神谷さんは神谷さんなのにねぇ」

小さく笑うと一足先に道場へと向かうために下駄を草履に履き替えた。

 

稽古着に着替えるために隊部屋に向かう途中で、セイは原田の元へと顔を見せた。

「原田先生!」
「ん?お?」

どうです?と着物を見せたセイがぺこりと頭を下げた。目を丸くしている原田に向かって、満面の笑みがこぼれる。

「おはようございます。この前はすみませんでした!」
「なんだ。似合ってるじゃねぇか」
「はい!あのままではやはりちょっとまずいところもあるので、少し手直しさせていただきましたが、気に入ってます。ありがとうございました」

それを見た方も照れくさそうににやりと笑って、セイの背中をバシンと叩いた。

「さすがはおまさだぜ。俺の嫁の見立てはばっちりだろう!」
「はい!おまささんにもよろしくお伝えください」

もう一度頭を下げたセイは、今度こそ一番隊の隊部屋へと足早に向かった。履物を取り換えた後、十番隊の隊部屋に向かうセイがしたから見えたので、廊下の下でその様子を見ていたのだ。安心した総司は、くすっと笑って腰に手を当てる。

―― 本当はどんな姿でも笑っていてくれれば一番なんですけどね

「笑っていればかわいいとか思ってないだろうな」

頭の中で呟いた言葉が、そのまま足元の縁の下から聞こえて、どきーっ!と総司の心臓が跳ね上がる。縁の下から現れた斉藤に、総司が叫んだ。

「さ、斉藤さん!もうっ、驚かさないでくださいよ!」
「気にするな。勝手に驚いていても俺は気にしない」
「さ、斉藤さんのイケズっ!!もう、なんで縁の下なんて……って、もう一つのお仕事じゃあるまいし!」

先程からずっと見ていたらしい斉藤に飛び上がった総司だったが、負けず嫌いが顔をだしてさらりと言い返す。

「あ、違いますよね。もう一つのお仕事よりも神谷さんの方が大事なのは斉藤さんですもんね」

かちん。

「貴様~!!!」
「きゃーーー!!」

ぎらりと目が座り、顔を真っ赤にして、刀を抜いた斉藤が総司の総髪に向けて一振りを繰り出した。げらげらと笑いながら逃げまわえる総司の元結を巧みに斉藤が切り落とす。急にばらけた髪に、総司があっと、手を伸ばして叫ぶ。

「ひどーい!斉藤さん」
「お前の方がよっぽどだ!!」

―― この腹黒ヒラメめ!!

一矢報いた後、最後までは口に出さずに斉藤が刀を納めると、すすっと傍にざんばら髪の総司が近付いてきた。そして、にやにやとした顔を斉藤に見せると、小声で斉藤にだけ聞こえるように囁いた。

「斉藤さんたら、正直者っ」

ちゃき。

今度は脇差ではなく大刀の方を抜いた斉藤がむきになって振りかぶった。

「命が惜しくないようだな!!」
「きゃーーー!」

再び逃げ回っている総司とそれを追いかける斉藤の姿に隊士達がげらげらとあちこちで笑い始めた。稽古着に着替えたセイが何の騒ぎかと隊部屋を出ると廊下から二人の駆け回る見つけた。

「おっ、沖田先生も斉藤先生も何なさってるんですか!!」
「あ、神谷さん。あのですねぇ、斉藤さんが……」
「だぁぁぁぁ」

きょとん、とした顔でセイが斉藤の真っ赤になった顔を眺める。

「兄上がどうかされたんですか?」
「ええ、斉藤さんてば……」

にやにやと笑いながら逃げていく総司と目を三角にして総司を追いかけていく斉藤の姿になんだなんだと、顔を出してきた永倉と藤堂も顔を見合わせた。

「なんだ?」
「なんだろうねぇ。……でも、とにかく神谷が笑ってるから解決したんじゃない?」
「人騒がせな奴らだなぁ」

腕を組んで頷きあった二人も、所詮、興味本位でしかないのだが、今日も屯所は騒々しくいつもの姿を見せていた。

– 終わり –