衣通姫の涙 3<拍手文>

〜はじめの一言〜
近藤先生素敵!!。

BGM:
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「お気持ちはありがたいですけど!後程、あれはお返しに参上します!!」
「なんだよ。気に入らねぇのかよ。お前だってなぁ、いつまでも前髪のまんまでいられるわけねぇんだぞ。正月が来ればまた歳とるんだろうが!いくつで前髪だよ」

せっかく、良かれと思っておまさが心からありがたいと作った着物に文句を言われては原田も機嫌が悪くなる。
原田にとってはどちらにせよ、セイはセイなのだ。だから、男にもみえるなら、それが女物の仕立てであろうがなんだろうが、些細なことでしかなかい。
しかし、セイだとて、考えないようにしていても気にはしていたのだ。許されるなら、あと少し、もう少しと思っていたことをずばり、正月になればまた歳をとるのに、と言われては返す言葉もない。

善意は分かっていたが、どうしようもなくなって地団太を踏むように足を踏み鳴らした。

「そんなこと!私だって十分に分かってます!!」

今にも泣きそうになったセイに、むっと機嫌を悪くしていた原田も流石にまずいと思って、自分が引こうとした。だがそれは時すでに遅く。

「おぅ……。悪かったよ。言い過ぎた」
「もう、原田先生なんか嫌いです!」
「怒らなくってもいいじゃねぇかよ」
「怒るにきまってます!」

こうして、初めの怒鳴り込んだという話につながる。
セイは、悔しさのあまり涙を堪えるので精一杯で、原田にかみついた後、着物を返す機会も無くしてそれっきりになっていた。

歩き回るだけ歩きまわって、疲れたのと、夕暮れになったのでセイは屯所へと戻った。ちょうど門をくぐろうとしたところで、 妾宅へと帰るところの近藤と行き会った。

「お。神谷君じゃないか」
「局長。お疲れ様です。これからお帰りですか」
「うん。なんだ?元気がないじゃないか」

あっさりとセイの元気のなさを指摘した近藤はうん?と顔を向けた。俯きがちなセイの顔をみて、ぽんと頭に手を置く。

「そんな顔してたらいかんなぁ。どれ、夕飯でも食べに来ないか?」
「そんな!とんでもないです。せっかく局長が戻られるのをお考さん、待ってますよ」
「いや、いいんだよ。よし、神谷君。ちょっと付き合いなさい」

そういうと、見送りに出ていた門脇の隊士に、セイを連れていくと土方への伝言を頼んで、近藤はセイを連れて妾宅へ向かった。

久しぶりにセイを見たお考はひどくはしゃいで、嬉しそうに歓迎の支度を整え始めた。部屋に通されたセイは、以前の様におつきではないために、なんとなく所在無げに座っていたが、はしゃぐお考を嬉しそうに眺めていた近藤が照れくさそうに笑った。

「馬鹿な男だと笑ってくれ。お考はあの通り、こちらに知り人も少ないだろう?だから、君のように少しでも顔を知っている者が来てくれるとあれも喜ぶんだよ」
「そうでしたか」

思いがけない近藤の言葉に、セイはほっと息をついた。確かに、姉の深雪が去って、知るものの少ない京の町で、ただ近藤の帰りを待って暮らすということがどういうものか、セイにもわからないわけではない。
それを知っていたはずなのに、と己の気の利かなさを恥じる。

「すみません。私は事情を存じていましたのに」
「いやいや、全然かまわんよ。こうしてたまに顔を見せてくれるだけでいいんだよ」

話をしている間に、お考が近藤とセイの分の膳を用意して現れた。酒と、まずは簡単な酒肴がのせられていて、セイは恐縮しながら近藤の向かいで膳についた。

「さあ、それはさておき、どうしてそんなに暗い顔をしてるんだい?」

お銚子を取り上げた近藤が酒を差し出すと、セイが慌てて杯で受けた。そして、今度はセイがお銚子を手にして近藤に酒を注ぐと、しょんぼりと口を開いた。

「実は……」

なぜか父のような近藤の穏やかさにつられて、セイはぽつりぽつりと話し始めた。

「原田先生もおまささんも悪気がないのはわかってるんです。それよりも良かれと心配してくださった。それも十分わかってるんです。でも……」
「そうか。そうだなぁ……」

次々と小鉢や何やらを運んでくるお考に、話をしたいからと言ってしばらくの間、下がらせた近藤は差し向かいでセイと語り合っていた。
酒を口に運びながら、穏やかな口元には笑みが漂っている。

「神谷君は、その、おまささんが作ってくれた着物は気に入らなかったのかい?」

ふるふるとセイは首を振る。
おまさが実家の品から選んだものは、肌触りも良く、とても良い品を選んでくれたことがそれだけでもよくわかった。

色も柄も。

もしかしたらわざわざ注文して作らせたのかもしれないくらい、セイにはよく似合った。

「すごく……いいもので、おまささんが心を籠めて作ってくださったこともよくわかるもので……」
「そうかぁ。俺もそれをみてみたいなぁ」
「……!」

近藤までもと、顔を上げたセイはにっこりと笑う近藤の顔を目にする。

「なあ、神谷君。そんな風にあれもこれも受け止めていたらがんじがらめで身動きが取れなくなってしまうだろう?それより、大事なものだけちゃんとここにあればいいんじゃないか?」

とん、と近藤は自分の胸のあたりに拳をあてた。

「大事なもの……」
「ああ。誰が何と言っても君は武士だ。それは俺達が一番よくわかってる。どんな姿でもどんなものを着ていても、君の魂は武士なんだ。それじゃ駄目かい?」

誰が何と言っても。
お前はお前だと。

近藤の言葉がセイの中の不安を落ち着かせた。ずっと、どんな時でも不安で、いつかついてこられないのだと言われる日を恐れていたセイの不安に原田とおまさの心遣いが火をつけた。だから原田に噛みつき、それでも大きくなった不安に襲われていた。

いいんですか。
私は武士ですと言ってくださるんですか。

「う……。えぇぇん」

それを口に出すことができなくて、代わりに盛大に泣きだしたセイに近藤が苦笑いを浮かべて手拭を差し出した。

あまりに大きな泣き声に驚いたお考がちらりと障子を開けて中を覗き込んでくる。

「はっはっは。そんなに泣いたら武士とは言えないだろう。さあさあ、もう泣きやむんだ」

本来なら、部屋を覗くということをしたお考の事を咎めるべきところだが、近藤は笑いながら頷く。下がっているとはいえ、部屋はそんなに多くない。その話を聞いていたらしいお考が手拭を手に障子を開けた。

「あの、神谷様」

セイに手拭を差し出したお考が、おずおずと口を開いた。

「お話中に申し訳ありません。よろしかったら私にその着物、見せていただくことはできませんか?」
「……はい?」

急なお考の申し出に涙を拭いながらセイが顔を上げた。お考の人好きのする笑顔は初めてあった頃の幼い印象のままだったが、今は近藤のような穏やかさが加わった顔をしている。

「あの、女子物とおっしゃってましたけど、もしかしたら私でも直せるかもしれませんよ?」
「えっ?!」

にこっと頷いたお考に、近藤も頷いた。セイは驚いた顔で二人の顔を見比べる。
近藤はいい案だと杯を置いて膝の上に手を置いた。

「うん、それはいい考えだな。お考、できるかい?」
「見てみないと何とも言えませんけど、おそらくできるかと」
「よし!じゃあ、神谷君、すぐに屯所に行ってそれを取ってきなさい。善は急げというだろう?」
「え?え?」

急な展開についていけないセイを急きたてて、近藤はセイに屯所から問題の着物を取ってこさせた。

– 続く –