不器用な蜜柑 2

〜はじめの一言〜
先生はいじめっ子気質ですよねぇ

BGM:
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夕餉の前に隊部屋に戻ってきた総司はセイがいない事には触れずに、そ知らぬ顔をして自分の行李をかき回したり、のんびりと過ごしていた。その姿をちらちらと窺っている者たちは多かったが、誰も総司には話しかけない。

その後、一人、外出したセイは、夕餉の時間を過ぎ、門限ぎりぎりになってから戻ってきた。
すっかり冷え切った姿で、うなだれていたセイは、誰とも口を利かず、戻りましたとだけ言うと、夜着を手にしてすぐに隊部屋を出て行ってしまう。
セイのほうは全く見もせずに、総司は手拭いを手にすると立ち上がった。

「そういえば、私、今日はお風呂がまだなんですよね」

ちょっと行ってきます、と言って隊部屋を出て行った総司をみて、皆が一斉に動き出した。

先に総司が、そして、遅れてセイが隊部屋に戻ってくると、隊部屋の中は異様な状態になっていた。

「……」

隊部屋の障子を開けたすぐのところに立ち止まっていた総司の後ろからセイがもどってきて、はて、と首を傾げた。本当は声をかけることは躊躇われたが、そのまま立っていられたら部屋に入ることはできない。

「どうかなさったんですか?」

声をかけたセイに、総司がくるりと振り返った。覗き込んだセイは呆気にとられてしまう。

隊部屋の総司とセイの分の布団はもう敷かれていたのはまあいい。気を利かせた誰かが、セイの布団に冷えているだろうと、湯たんぽを用意をしていた。
別の者は、山のような蜜柑を買い込んできて、総司の枕元には一個、残りがすべてセイの枕元にあった。
その横には、セイの傷だらけの手をゆすいで包帯を取り換えるための、薬草を浸したぬるい湯の入った桶。
きれいな包帯と、総司の用意した軟膏は責任をとれとばかりに総司の枕元に置いてある。

「皆さん……」

思わず隊部屋を見回した総司は、全員が寝たふりをしていることはわかっていたが、腹を決めて部屋へを足を踏み入れた。

「神谷さん。おいでなさい」

セイが総司の後について部屋に入ると、総司は手招きしてセイの床の傍に座らせた。手を引いてセイの手から包帯をそっと外すと、手を入れて暖かさを確かめた桶にセイの手を浸ける。

「っ……」
「少し染みるくらいは我慢しなさい」
「……はい」

懐から手拭いを取り出すと丁寧にセイの手を包み込むように拭った。温い湯と薬草のために手の傷と皮が軟らかくなったところをよく確かめる。そこに丁寧に軟膏を塗って、柔らかで真っ白な包帯を巻いた。

外した包帯と、桶を手にすると総司は隊部屋から黙って出ていく。そしてすぐに戻ってきた総司は、小さな盆の上に、茶と一つずつ包んだ握り飯を持ってきた。

「何か、食べましたか?」

セイが首を横に振るとそうですか、と言って盆を差し出した。

「お食べなさい」

静かにそういうと、セイの枕元に山積みになっていた蜜柑に手を伸ばすと、へそのほうからくるりと蜜柑の皮だけを剥くと、盆の上に載せた。
セイが握り飯に手を伸ばして、包帯を巻いた手でも食べられるように竹の皮に包まれていた握り飯を食べ始めると、総司はもう一つの蜜柑を同じように剥く。お盆の上には丸いままの蜜柑が二つになる。
そしてもう一つを剥いた総司が盆の上に蜜柑を置いた。

「ごめんなさい。神谷さん」

もくもくと食べ続けるセイは何も答えずに二つ目の飯に手を伸ばす。総司もそれ以上は何も言わずに黙ってセイの目の前に座っていた。

握り飯を食べ終えたセイが茶を飲むと、皮を剥いた蜜柑に手を伸ばした。それをそっと半分に割ると、総司に向かって差し出した。苦笑いを浮かべた総司がそれをただ眺める。

「貴女の分ですよ」

ふるふると首を振ったセイは、半分の蜜柑を総司の手に押し付けた。

「ありがとう。神谷さん」

ふわっと笑ったセイが、半分の蜜柑を口にした。最後の一房を口に入れると、セイはそこに置いてあった蜜柑をたくさん手に抱えて立ち上がった。

ごくりと、隊士たちが息をのんだその枕元に、ぽん、ぽん、と置いて歩いた。

最後に一つを手にして自分の床の傍に戻ってきたセイは、ぽんと総司の頭の上に載せた。

「次は、ちゃんと声をかけてくださいね」
「だって……」

声を落とした総司が身をかがめたセイの耳元に囁いた。

―― 話しかけたら、心配が口からでそうだったんです

それを聞いたセイは、困った人だと思いながらも、それには逆らえなかった。いつもいつも、こうして大人なのに、ひどく子供な総司の姿に振り回されるのだ。

「おやすみなさい。沖田先生」
「おやすみなさい、神谷さん」

最後の灯りを落としたセイは、床に横になってから、そうっと総司に近づいた。

―― 次は、ちゃんと心配してるって言ってくださいね

ばちっと暗い中で総司が目をあけると、あっという間に自分の布団に戻っていったセイは、何事もなかったように目を閉じていた。
そして、ふっと笑った総司は誰に向かってなのか、ひっそりとつぶやいた。

―― いつもいつもすいません

– 終わり –