鬼の日 1

〜はじめの一言〜
歳の暮れの慌ただしさも鬼の日ならいいのかもしれませんね

BGM:
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「もう!今年は煤払いこそちゃんと済ませたと思ったのに、なんで終わった後もこんなことやんなくちゃいけないんですか?!」

畳の下や行李の奥底から出てきた瓦版や春画を片手に屯所のあちこちで大掃除をさぼっていた隊士達にたすき掛けのセイが怒鳴り飛ばしていた。
一度は煤払いの時にざっと、普段しないところは掃除したはずだった。特に幹部棟は、局長室や副長室をはじめ、幹部や客間があるため念入りに掃除をしたのだが、隊士棟の方はセイの目が若干行き届かなかったらしい。

鬼の目を盗んで見た目だけ整えたものは、すぐにぼろが出てくる。それで、こうして暮れが差し迫ってから隊士棟のあちこちにセイが出没して、隊士達の尻を叩いているのだった。

「そうはいってもさ、皆、巡察の合間とか色々あるわけじゃん?」

片手に春画本を持って藤堂がセイの肩をたたいた。ぎろん、と振り返ったセイが藤堂先生!と声を上げた。

「組長の先生方からそんなじゃ困ります!もう!早くそれを片付けてください!」
「え~、だって、これさぁ。皆のお気に入りの一冊なんだよ?」
「捨てろ、とか燃やしてしまえとかそんな私の心の声が届きましたか?!」
「……は、はい」

セイにしてみれば、そんなもの、と思うが男ならば見ても当たり前ではある。変に思われないように、あくまで片付けを前面に押し出して藤堂を自分の隊部屋に走らせた。
今この屯所で平然としているのは土方と賄の小者くらいで、ほかの者たちは遣り手婆と化したセイに恐れをなしていた。

「沖田先生~!!」

隊部屋の前でほけっとお茶を飲んでいた総司は、ただならぬ気配に振り返った。

「はい。どうしました?」
「声が大きい!!」

一番隊の部屋の前で一番隊だけでなく、各部屋の平隊士や原田、藤堂達に首根っこを掴まれて強引に部屋の隅に連れて行かれる。

「ぐぇっ。な、なんですよぅ。原田さんや藤堂さんまで」
「総司!!お前を見込んで頼みがある!」
「沖田先生!先生じゃないと駄目なんです!」

必死の形相で詰め寄られた総司はたじたじと部屋の隅の柱まで下がった。

「だから、どうしたっていうんですか?」

のほほんとした口調の総司に全員の声がそろった。

「「「神谷を何とかして連れ出してくれ(ください)!!」」」
「……はい?」

意味の分からない総司に、皆が焦りを滲ませて次々に口を開く。

「このままじゃ、俺の行李の中まで確認しにくるぜ。何とかしてくれ!」
「うっかり出てきた春画をしまってたら大目玉ですよ!ちゃんと今日中には終わらせますから監視の目をなんとかしてください!!」
「私の愛用の着物なんか、ぼろとして提供させられましたよ!ちゃんと洗濯も終わらせますから!」

「「「「頼むから何とかしてください!!!」」」」

ひきつった笑いを浮かべながら胸のあたりでもろ手を挙げた総司は、ははあとようやく事態を理解した。
総司に関して言えば、刀道具は常にきちんとしてあるし、それ以外のものといえばほとんどがセイの管理によるものだけに、なんの影響もない。

「いくら私達には正月も盆もないとはいえ、きれいになっていいと思いますけどねぇ?」
「てめぇ……。お前にこの前貸した春画本、神谷に見つからないように俺んとこに置いてやってるの忘れたのか!」
「い、いやっ、それはまた話が違うじゃないですか!!」

原田にダメ押しとばかりに詰め寄られた総司は、仕方なく、うーんと唸った。確かに今日の一番隊は巡察もなく、明日も午後から隊務としての稽古はあるが、外出ではない。

「いつまでです?」
「できるなら明日まで!!」
「明日?!」

それはつまりセイを連れ出して外泊してきてくれということに他ならない。声が裏返った総司に向かって、その場にいた全員が手を合わせた。

「頼む!!軍資金なら俺達が出す!!花街で太夫をあげてでもいい!!なんとかしてくれ!!」

全員の必死の頼みに、ぽり、と総司は頬を掻いた。

「……仕方ないですねぇ。あとは土方さん次第だと思いますけど」
「いいっ!!頼む!なんなら俺達が神谷の尽力に感謝して労ってくれってことにしてもいい!!」

そこまでするか、という気持ちもあったが、これだけ皆に頼み込まれれば仕方がない。両手を袖口に入れて、総司は頷いた。

「わかりました。とにかく土方さんのところに行ってきます。やるだけはやってみましょう」

ほっと胸をなでおろした皆から次々と差し出された寸志を受け取って、総司は副長室へと向かった。

 

「というわけでですね」
「ふん。普段からやってりゃ、あいつにうるさく言われなくても済むってのにな」
「まあ、それはそう思いますけど、何分、男所帯ですからねぇ」

文机に肘をついて、総司から話を聞いていた土方は半分面白がって笑っていた。

「馬鹿野郎、仮にも新撰組の隊士たるもの、皆の手本となるべき姿を見せなくて」
「どうするんだってんでしょ?わかってますよ。皆さんだって、そうですよ。だからこそ、神谷さんを労ってくれって言ってきたんでしょ?」
「ふーむ」

彼らの言うように、一応、そのあたりをうまく説明して、皆がセイの尽力に感謝しているという流れに持って行っていた。目の前には皆から渡された寸志も置いてあって、より真実味が出ている。

「まあ、そうまで言うなら。お前が接待役なのか?」
「ええ、まあ。皆さんのご指名をいただきましたので」
「ふむ」

じろりと疑惑の目をむけたものの、依頼したのは隊士達で、総司に衆道を疑うのもおかしな話だ。
考え込んだ土方は結局、懐から紙入れを取り出した。懐紙に二分を包むとぬっと総司に差し出す。

「それなら、これは俺からだ」
「土方さん」
「俺が怒鳴らなくてもいいのはあいつのおかげだからな。だが、俺がこんなことを言ってたなんてあいつには言うなよ。図に乗らせることはない」

照れ屋の土方らしい言い方に総司はくすっと笑うと目の前に置いていた寸志と共に懐にしまった。

「わかりました。じゃあ、神谷さんを誘って外出してきます」
「わかった。羽目を外しすぎるんじゃねぇぞ」

ひらひらと手を振った総司は副長室を後にした。

 

 

– 続く –