種子のごとき 2

〜はじめの一言〜
なんだか雲行きが怪しいですが、本誌よりも少し前の時間軸です。

BGM:
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

「だからなんだ」
「んー、ですから、富山さんはとにかく神谷さんや浅羽さんと同列は嫌だということで、小荷駄や門脇の手伝いをしたいと言っていて、浅羽さんはどうしても一番隊がいいと言い張ってるみたいなんですよねぇ」
「なんですよねぇってなんだ!お前、呑気に言ってる場合か!」

話を終えて副長室に戻ってきた総司から話を聞いて、土方がこめかみをひくつかせた。監視のためもあるというのにそんな我儘をというところである。軽いため息をついた総司がさらりと受け流す。

「だって仕方ないじゃないですか。富山さんも、神谷さんより年も上で古参の隊士なのに神谷さんの下につくような真似はしたくないでしょう。特に非があるわけでもありませんしね」
「ちっ。だからって浅羽の一番隊ってのはなんだ」

一番隊は結束も堅く、初期からの面々で構成されている。そこにあえて補充がいるのかと言われれば全くないと言える。だが、総司にしても原田のもとに 複数の火種を抱えさせるのもどうかと言うところだ。総司もそうだが、複数の隊を見ているだけでも負荷は相当高い。通常より目が行き届かなくなることもあ る。それを考えれば自分の隊に引き取って面倒を見たほうがいいとは思う。

片手を差し出して、土方から各隊の割り振りを引き寄せるとざっと目を走らせた。

「原田さんに負担をこれ以上させるのも大変ですし、浅羽さんが一番隊を望んでいらっしゃるなら私はかまいませんよ」
「そういう問題かよ。お前だって三番隊と両方みてるじゃねぇか」
「そうですけど……・。望んでいるならやってみればいいんですよ。浅羽さんもいい方ですし」

それを聞いた土方は、どの口が、と内心では思う。いい方で済めば誰も困りはしない。それに浅羽は総司が言うような人柄とはとてもいいかねる。そんなやつを自分の目が届かないところでセイに任せるには気がかりなのだろう。

「お前、そういうがな。あいつはもともと一番隊に入りたいと騒いでいたくらいお前に心酔してるらしいし、厄介だぞ?」

それはそれで、違う厄介を背負い込むことになる。原田を気遣う総司とて、二つの組をみている上に他にも一番隊としての仕事もあるのだ。そこに、わざわざ火種を抱え込むのかと言われれば反論しがたいはずである。

だが総司は譲らなかった。

「よそで厄介ごとを起こされるよりはましでしょう。本当は土方さんもそう思ってますよね?」

いい加減かみ合わない会話でも腹の探り合いでも、互いの腹の底など透けている二人の話だ。何をどう思っての事なのか、わからないはずがない。
まして、土方のもとへは総司が知る以上の事が耳には入っているはずだ。数ある選択肢の中の可能性の一つでしかない道を選ぶというなら強く引き留めることもない。

とんとん、と文机を指先で叩いていた土方に向かって総司が確認を引き出した。

「土方副長?」
「ったく……、こういう時だけはそう呼びやがる。わかった。浅羽を一番隊へ移動とする。富山は永倉と藤堂に任せて、言う通り小荷駄や門脇へ回せ」
「承知」

手にしていた、隊の編成を土方の方へと押しやると、総司は立ち上がった。そこへどうしても気がかりだったのか、土方が呼び止めた。

「総司」
「はい?」
「あれは、本当に厄介かもしれんぞ?」

浅羽についてなのだろうが、意味深な問いかけはその先に何があるかを示していた。それは、先ほどまでとは違って、一番隊に浅羽が移ることでかなり高い確率で起こるであろうことを指していた。

ふっと口角をあげた総司が振り返った。

「大丈夫ですよ。神谷さんですから」

ただ一言、そう投げ返した総司が障子をあけて部屋を出ていく。障子に映った影が閉じた向こうで立ち止まってから歩き出すところまでを眺めると、ぽつりと土方は吐きだした。

「鬼め……」

 

 

障子を閉めた向こうからは総司の表情までは読み取れなかっただろうが、総司の顔には厳しいものが浮かんでいた。それもまたやむなしと思う反面、泣かせたくはないという想いが混ざり合っていく。それでも、結局自分は必ず同じ道を選ぶだろう。

―― 私も貴女も武士ですからね

すっと伸びた背筋はいつものごとくだが、羽織を正した総司は隊部屋へと向かった。

雑多な姿はいつものままだが、部屋の片隅に机を出して書き物をしていたセイが顔をあげた。

「沖田先生」
「皆さん、ちょっといいですか」

部屋の周囲にたむろしていた隊士達が総司のもとへと集まると、浅羽の一番隊への移動を告げた。

「今は神谷さんと小者の皆さんに雑務が集中しているので、それは今後を見据えるとあまりいいことじゃありませんし、この際ですからできる人を増やしておきたいと副長の考えです。それには一番隊だと神谷さんもいますし、何かと都合がいいですからね」
「まあ、浅羽なら……」
「そうだよな。アイツ面白いし」

あちこちから同意の声が上がる。一番隊の中でも浅羽と親しくしている者が多いのがそれだけでもよくわかった。その割に、普段からほかの隊の者とも交流が多いはずのセイは、ただきょろきょろと皆の顔を見ている。

「神谷さん?どうかしましたか?」
「あ。いえ……。私は入隊の頃少しお話させていただいたくらいでそんなに浅羽さんを知らないものですから」

少しばかり、己を恥じるようにセイが言うと、皆がそうかと顔を見合わせる。一番隊の中では誰より、顔が広いはずのセイが一番知らないとは珍しいのだ。

「そうなのか?」
「お前にしては珍しいな」

一番隊の中でもセイびいきな相田や山口さえ少し驚いているところからして、二人も浅羽とはそこそこでも親しくしているのだろう。
そこに軽く総司が手を叩いた。

「さ、それはいいとして、この後浅羽さんにも話をしてきますから皆さん、よろしくお願いしますね」

隊士達が頷くと、総司は隊部屋を出て原田のもとへと向かった。
隊部屋の中では、一人ふえるということで、互いの行李や布団の場所などを皆が話している。

「ねぇ、浅羽さんと皆はそんなに仲がいいの?」

ふと気になったのかセイが問いかけると、よく飲みに行くという者や、全体稽古で一緒になることがあるという者や、行きつけの着物屋が一緒だったり、それぞれにきっかけはあるものの、大半が浅羽と親しいことがわかる。

「なあ、お前のほうが浅羽と親しくてもおかしくないと思うんだけど、違うのか?」
「え?それってどういうこと?」
「そりゃ、お前。浅羽とくればなぁ?」

山口がおかしそうに口元を緩めて皆に話を振ると、親しいという者達はおかしそうに頷いた。きょとんとするセイを前に相田がにやにやと笑みを浮かべてその理由を口にした。

「お前と張るくらい沖田先生に心酔してるからさ」
「え?ええ?!」

初めは言われた意味が分からなくてぼけっとしていたセイが、はっと気づいて、赤くなりながら周りにいた隊士たちにあたふたと手を振り回した。

「そ、そんな心酔だなんて、そんなことはっ」
「わぁかってるって。月見の決闘からこっち、お前と先生が衆道の中だってのはうちじゃ、知らない者がいないけどな。気を付けないとお前、沖田先生とられちまうぜ」

あはは、と皆に冷やかされたセイは、なんだよもう!と言いながら、自分ならそんなことはなく、うまくできるものだとどこかで思い込んでいた。

 

– 続く –