種子のごとき 3

〜はじめの一言〜
信じているって難しいですね

BGM:
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

原田と話をつけた総司は浅羽を呼んだ。

「そういうわけで、やはり慣れていただくには一番隊へ移動していただいた方がいいということになりました」

総司と原田を前にして、黙って話を聞いているものの、目を輝かせている浅羽をみて原田が苦笑いを浮かべる。確かにもう隊士達を置いていった前の組長である三木や、代理の自分に義理立てをしろとまでは言わないが、その浮かれようはいくらなんでもと言いたいところだ。

「隊部屋の方には話しておきましたから、早速荷物を運んでいただいていいですか?」
「承知いたしました。沖田先生!」

興奮のあまり今にも男泣きしそうな有様で浅羽ががばっと手をついた。目を丸くした総司を前に、その想いの片鱗をぶつけてくる。

「不肖、浅羽矢太郎!入隊前に沖田先生のお姿を拝見してからずっと、尊敬しておりました!沖田先生の一番隊に加わることができて、光栄です。どうかよろしくお願いいたします!」

呆気にとられた周囲の隊士達をよそに、総司は一瞬、面食らったものの昼行燈の笑顔で答えた。

「まあまあ。そんな風に言っていただくのはありがたいですけどね。そんな大したものじゃありませんよ。私なんて。ですから、そんなに肩に力を入れずに気楽に着てくださいね」
「おい、総司。ここまで言わせといて気楽にはねぇだろ。いくらなんでもよぉ?」
「だって……。本当に三木先生や、原田さんと何も変わりませんけどねぇ?」

肩を竦めた総司に、原田がばしん、とその背を叩いた。たとえ、総司がどう思っていようと、傍から見ればその姿には後光が差す如く、尊敬の対象になる。

少しでも、近づいて、どんなことでも語らって、声をかけてほしい。

「さ。とにかく、荷物をまとめてください」
「承知!」

成り行きを見守っていた隊士達にとっては、呆れかえるばかりだが浅羽は全くそのようなことは気にも留めずにいそいそと部屋の隅に置かれた行李を引っ張り出して、自分の荷物をまとめている。

その様子を眺めていた原田は片膝をついて立ち上がりざまに総司にくいっと顎で廊下へと示した。揃って立ち上がった原田と総司は廊下の端から浅羽の様子を眺めながら声を落とした。

「すみません。原田さん」
「いや、俺は所詮代理だし、構わねぇけどよ。あれじゃ、扱いに苦労するぜ?」
「何とかなりますよ」

原田も土方と同じことをいう。浅羽は機転も聞くし、無骨なばかりの他の者達に比べて学もある。そんな浅羽が、憧れの総司の元へと行ったなら大人しくしているだろうか。

原田の心配も汲み取ったうえで、総司はにこっと微笑んだ。

「浅羽さんもいい人ですからね。同じ同士として頑張ってくれるはずです」
「そりゃそうだけどよ」

言うだけは言った、という原田に今度は総司が声を潜めた。

「それよりも、富山さんは神谷さんや浅羽さんと同じ立ち位置が嫌だと言って小荷駄や門脇、つまり表に関わるようなあたりを手伝うことになりましたから、永倉さんと一緒にお願いします」
「わかった」
「それから土方さんの様子も時々は気にかけてください」

最後の一言だけは、意味が分からずにあ?と顔をあげた原田はすぐにその顔に冷水でもかぶったような気分になった。

―― 土方さん、富山さんのことは、『永倉と藤堂に任せて』って言ったんですよ

低い声で囁いた総司の言葉を聞いて、浅く息を吐いた原田はちっと舌打ちをした。

「あの人らしくねぇ」
「そうですね」

斉藤に関して言えば、土方の方から送り込んだようなものだ。だから、その任を思えばすまないとは思うが、最悪の場合でも斉藤には会津藩がついている。しかし、藤堂については違う。

その胸の内のがどんなものだったのか、たとえ総司や原田だとしても推し量ることはできない。

「わかった。気を付けよう」
「お願いします」

すいっと視線を逸らした原田にとっても、いつも永倉とともにつるんでいた藤堂がいないことは堪えていたがだからこそ、今は仕事に集中していたかった。伊東の一派はさておき、それでも分離はまだ生々しい傷口をさらけ出しているように見えた。

 

 

廊下に立っていた総司のもとへ浅羽が行李を担いで近づいてくる。

「待っていてくださったんですか?!ありがとうございます。沖田先生!」
「いえいえ。原田さんとちょっと話していたものですから。じゃあ、原田さんにきちんとご挨拶、してください」

にこやかだが、ぴしゃりと浅羽をはねつけた総司に、一瞬、顔を曇らせた浅羽はすぐに原田の方へと向き直った。

「原田先生。代理で大してお世話になることもありませんでしたけど、ありがとうございました!」
「いや。代理で大して役にも立てなくて悪かったな」
「そういうお立場でしたから仕方ありませんね」

浅羽本人は真剣に嫌味でもなんでもなく口にしているのだろうが、傍で見ていた隊士達がさすがにその物言いに眉を顰める。こういうところが九番隊にいても、今一つ隊に馴染めなかった理由でもあった。

何かといえば一番隊といい、総司といい、本人は嫌味のつもりがなくても一言、癇に障るような物言いをする。

「いきましょうか」

やんわりと総司が割って入ると、急に空気が悪くなったことには全く気付いていない浅羽が頷いて行李を持ち上げた。総司が原田に目配せを送ると、二人は一番隊の隊部屋へと向かった。

 

すったもんだしたものの、何とか増える頭数の場所を取り決めたところへ、総司が浅羽を連れて戻ってきた。

「お。きたきた」

浅羽がその姿を見せると一番隊の隊士達が部屋の中から顔を向けた。

「じゃあ、みなさん。浅羽さんが今日から一番隊に入りますからよろしくお願いしますね」

それぞれがおお、とか、よく来たな、と声をかけている中でセイもうずうずと持ち前のおせっかいさで話しかけようと近づいた。

「浅羽さん!入隊の頃以来ですね」
「神谷さんはそうかもしれませんが、私はそうでもないですよ」

―― 何せ貴方は有名ですから

セイが差し伸べた手を一瞥しただけでするりとセイの脇を抜けて部屋の奥へと行李を運んでいく。あれ?とセイの笑顔が凍りついたが、ほかの誰もそれに気づくことなく、浅羽は皆に受け入れられた。

 

– 続く –