誇りの色 14

〜はじめの一言〜
セイちゃんって反射で行動できる時があると思うんですよ。

BGM:
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「本当に、私一人でも十分ですよ」
「いいからいいから」

一人でも構わないと行ったのだが、どうしてもついていくと言ってきかない総司と共に、提灯を下げたセイは屯所から歩き出した。
申し訳ないと言いながらも嬉しいのは確かだ。

「いやぁ、寒くなりましたね」
「そうですねぇ。夜になるとぐっと冷えて……。ふぇっくしゅ!」

行ったそばから盛大なくしゃみをしたセイに、白々とした目を向けた総司が軽くため息をついて立ち止まる。総司が立ち止まるより先に、鼻水を押さえるために立ち止まっていたセイはあれ?と顔を上げた。

ずるっと鼻をすすって、懐紙で顔を押さえたセイの目の前に立つと、総司は、セイが首元に巻いていた襟巻を直してやった。

「あ、すびばせん」
「寒いってわかってるんですからちゃんとしなさい」
「……はい」

赤くなった鼻の頭を手の甲で擦ったセイは、えへへ、と笑った。まったく、と呟かれても気にかけてもらったことが嬉しい。セイが持っていた灯りを総司が受け持つと、再び歩きはじめる。

「それにしても珍しいですね。副長がこんな時間に局長へお使いなんて」
「そうですねぇ。あの人、局長が家にいるときには仕事を持ち込まない様にしてますしね」
「そんなにお急ぎなんでしょうか」

のんびりしているつもりはないが、夕餉が終わってから屯所を出たのでなかなかいい時間になっている。それが気になっていたセイに、総司は少し考えてから頷いた。

「本当に急ぎならそう言われてますよ。たいしたことじゃないんじゃないですか?」
「だといいんですけど……」

総司は薄々、文の中身を知ってはいた。先日から調べに当たって又四郎達についてわかってきたことも含め、斉藤と打ち合わせをして、いつ機会を作るか という話あたりだろう。昼間では周囲の人々へ迷惑がかかる。夜を狙うこともあって、一言知らせておこう、という程度だが、いざ何かあって局長の近藤が何も 知らぬでは済まないからだ。

「局長は、明日黒谷へ向かわれてそのまま滞在されるのもあるんでしょう」

それを聞いて、ようやく納得したセイが、大きくうなずくと総司の隣をわずかに遅れながら歩いていく。しん、と冷え切った冬空に小さな月がひどく遠くに見える。二人が吐く息が薄らと白かった。

「夜空がきれいですねぇ」
「本当ですねぇ」

見上げた夜空が遠くて、きらめいていて、ほかに誰もいないかのような錯覚をしそうになる。女々しいことを考えた、と大きく息を吸い込んだセイは、総司とは反対側の耳で何かを捕らえた。

「……?」

誘われるようにそちらの方向へ顔を向けたセイは薄暗い横道の向こう側に見える灯りを見た。
そして、その灯りの方へ向かっていく人影を視界に入れた。何か大きな荷物を担いでいるように見えるその黒い影を見たセイは、何かを考えるよりも先に導かれるように横道へと足を踏み出していた。

セイは叱られて、当然のように自分を諌めたが、本当は心の奥底にしまい込んだだけで、又四郎達の事が気にかかっていた。それがあったからなのか、いつもセイだったら必ず総司に声をかけていただろう。
何も言わずにそばを離れることはしなかっただろう。

夜の間だけに、足音を押さえて歩きだしたセイは少しずつ早足になっていく。黒い人影に少しずつ近づき始めた頃になってようやく人影は二人だったことに気付いた。

―― こんな夜に、大きな荷物を抱えてる……?

ひた、ひた、と近づいていくといくらうす暗がりとはいえ、人影がよく見えなかったのはその人影が黒い着物を着ているからだということがわかる。歩きながらセイは自分の姿を見下ろすと、暗がりの中でも明るい着物の柄が見えている。

頭の奥で危険だと知らせる警鐘が鳴っている気がした。

―― そう言えば沖田先生に声もかけずにきちゃった

振り返ろうか、と思った瞬間、目の前からぞくっとするような気配が向いてきた。はっと目を細めると、目の前の人影が振り返っているわけでもないのに、まるで背中に目が点いているような気がする。

―― 気付かれた

セイにもそれはわかった。
遅かったと思ったが、もう遅い。今、振り返って総司の元へ戻ろうとすれば、背を向けた瞬間に人影が走り寄ってくる。

「……っ」

引き返すには遅いと思ったセイは、歩調を緩めてはじめ遠くに見えていた灯りの方へむかって歩いていく。

 

 

 

 

すぐそばを歩いていたはずだった。寒いなかで、隣を歩いていた暖かな気配がふらりと消えた気がして、総司が振り返ると、すでにそこにはセイの姿がなかった。振り返った先にもセイの姿がない。

「神谷さん?」

驚きと、ほんのわずかの間に揺らめく様に隣から消えたセイに焦りを感じた総司はざっと、草履の音をさせてあたりを見渡した。

―― いない?たった今までここに……

セイが向かった細い路地の向こうにみえていた灯りは弱くなっていて、路地に入り込んだはずのセイの姿も見えない。

「神谷さん!!」

指示された仕事を抱えてセイがいきなりいなくなるはずがない。暗い道を灯りを手に総司はそう遠くないあたりを次々と走っては戻り、物陰に目を走らせた。
もしかしたら急に用を足したくなって、物陰にいるのかもしれない。そんな、あり得なさそうなことを考えて、セイがいなくなった場所から、多くは離れがたかった。

「……落ち着け。たった今だ。たった今まで隣を歩いていたはずだ」

自分がすぐ隣を歩いていたセイが消えたことに気づかないはずはない。総司は先ほどの場所まで駆け戻ると、あたりを見回して、すぐ近くの細い路地へ灯りをかざした。

周りには誰の気配はない。

総司は提灯の灯りを吹き消すと、近藤の妾宅へむかってとりあえず走り出した。

 

– 続く –