誇りの色 13

〜はじめの一言〜
そろそろですよう!

BGM:
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

夕餉近くまで一番隊の隊部屋にできた将棋の輪はにぎやかにしていたが、各部屋に灯が入り、夕餉の支度にかかる隊士達がざわつき始めると、残念そうに腰を上げた。

「いいところなのによう」
「いいじゃないですか。これで原田さんの勝ち越しですよ」
「よく言うぜ」

永倉と藤堂は二敗、総司が引き分けて最後の一戦の途中ではあったが、時間切れと立ち上がっていく。行燈を運んでいたセイが総司の傍に近づいてくる。

「お疲れ様でした。最後の勝敗はどうなったんですか?」
「原田さんの勝ち越しですよ。もちろん」

―― 本当ですか?

ちらりと総司を見上げたセイの目が面白そうに笑っていたが、こほん、と咳払いをした総司は自ら将棋盤を片付けてしまった。ちぇっ、と思ったセイは、 すぐに大きな急須を運んでくる。部屋の隅には火鉢が置いてあり、大きな鉄瓶がかかっていた。持ち上げて中の湯を確かめると、一番手の隊士達が膳を運んで 戻ってくる。

「今日も美味そうだなぁ」
「寒いと余計に飯が上手く感じるなぁ」
「そりゃ、お前だけだろ」

どっと賑やかな笑い声と共に隊部屋が食事の匂いに包まれる。膳を運ぶ流れに逆らってセイは賄に向かうと自分の膳と共にお櫃を運んで戻る。

一番端に自分の膳を置くと、次々と皆の飯をよそっていく。その按配も慣れたもので、人によって盛りの加減をしながら具合よくよそっていく。

皆に配り終わると、自分の茶碗にも白飯を盛った。

「じゃあ、いただきましょうか」

総司がそう声をかけると、皆が嬉しそうに箸を手にする。セイも茶碗を手に取った。
その時、隊部屋の障子がしゅるっと開いた。

「飯時にすまん」
「副長!どうされました?」

唐突な土方の登場に、さあ食べよう、と口を開いていた者や、飯を持ち上げた者がそのまま動きを止めた。顔を上げた総司は、構わず味噌汁をすすりこみながら目線で問いかけている。
その反応に土方も片手をあげて大した話ではないと、言った。

「すまんが、神谷。飯が終わってからでいい。これを近藤さんのところに届けてくれるか?」
「はい。お急ぎなのでは?」
「いや、今夜中に目を通してくれていればいいから、飯がおわってからでいい。そういうことで総司、神谷を後で使いに出してくれ」
「承知しました」

表書きには何も書かれていないが、きちんと封をされた文を受け取ったセイは懐にそれを収めた。
すまんな、と言い置いて土方が戻っていくと、ぱくぱくと夕餉を口に運びながら総司が事もなげに言った。

「神谷さん。私も一緒に行きますよ」
「そんな、局長のところへのお使いくらい一人でも行けます」
「いいからいいから。夜になると増々、一人歩きは物騒ですよ」

私は新撰組の隊士ですから、と言い返すためにセイが口を開いたところに、ぽいっと生姜で炊いた煮魚のかけらが放り込まれた。

「?!」
「ほら。この煮魚、おいしいですよ。神谷さんもさっさと食べちゃいましょう」

言い返す機会をなくしたセイが、渋々、夕餉に向かうと、隊士達の口元に笑みが広がって行った。

 

 

監察方の部屋に腕組みをした斉藤の姿がある。

「最後に大物を残したな」
「最後ではありませんが、他の者達はまだそこまで調べが進んでいなかったり、どうにても無頼の小物だったりするだけで……」
「だから大物を残したというのだ」

他の者達は次々と調べがついた順に、隠れ家を急襲して捕縛してきた。残っている者達は、疑いだけで問題のなかった者、そして又四郎と春蔵の二人組である。
この場合、二人組で回っている最中にみかけたため、セイの嗅覚がというわけではないだろうが、現時点で監察が調べた限り、厄介な相手ではあった。

「金が無くなれば、辻斬りも押し込み強盗も平気でやりますし、薩長の息のかかった連中にも顔が広いようです」

尊王攘夷のため、という大義名分があるため、又四郎らは少しの躊躇もなく、金が無くなれば町人を襲う。国のために働いている自分達には金が必要だ、という事なのだろう。
回数は少ないが、藩邸の下屋敷に顔を出している姿も目撃されている。

「賭場に立ち寄ったという言い訳をされてはどうにもなりません。あそこは我々でもなかなか入り込めないですから」

武家の藩邸、しかも下屋敷となれば、日頃は人も少なで下々の者しかいなことが多い。それだけに、目の行き届かないところを幸いに賭場が開かれることが多い。
中でも、誰もが立ち寄れる賭場もあれば、紹介なしでは立ち入ることができない場所もある。

当然のように、薩長に関わるお家の下屋敷は、その手の話には事欠かない上に、血気盛んな浪士の出入りが噂されるだけに、紹介なしで立ち入ることができるような場所ではないのだ。
まして浪人姿ならまだしも、町人に化ける事の多い、監察方では、手が出しにくい。

「どうも、大事な話の時には顔をだして、単なる顔合わせには出て行かない。そこは徹底してうまくやってるようです」
「話だけは押さえて、うまい話にはのり、うまくない話は傍観するというところか」
「はい。それだけに、顔は広く皆も一目も二目も置いてるような奴等だそうです」

腕が立つ上に頭もよいらしいが、していることを聞いていると尊王攘夷を語るだけで無頼の浪士でしかない。
難しい顔をしている斉藤に監察方の者達も黙り込んでしまった。

「とにかく、それほど腕が立つ相手であれば、身の回りを調べる際も特に気をつけろ。危ないと思ったら身を引くことも肝心だ」
「承知しました。副長にも同様のご指示をいただいております」

皆が皆ではないにしても、不逞浪士の中にもさまざまな者達がいるということだ。
その中でも彼らは獰猛な野良犬ということになる。

「とにかく、機会を作るんだな。捕り物は沖田さんの一番隊とうちでやる。もう沖田さんには話してある」
「承知」

隊士達が頷くと、斉藤は立ち上がって監察の部屋を出た。
致し方ないとはいえ、又四郎たちを見つけた時に傍にいたのがセイということが気がかりだった。どんなに叱って関わらせない様にしていても、災厄の最中にまっすぐに突っ込んでいくのがセイなのだ。

「まったく、あいつは周りを心配させないと言う術を身につけるべきだな」

ふう、とため息をつくと隊部屋の方へ向かう。とうに夕餉は始まっているだろうが斉藤が屯所にいることはわかっている。隊士達が斉藤の分も用意してくれているはずだ。

まずは腹ごしらえとばかりに足早に隊部屋へと歩いて行った。

 

– 続く –