誇りの色 16

〜はじめの一言〜
こういう人らもいたんだろうなってことで。

BGM:
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誰に恥じることなく。
邪魔する者は斬る。

彼らはそうして生きてきた。そしてこれからも、新しい国の未来を切り開くためにそうして刀を振るい、知恵を使い、戦ってきた。

「どこの者だろうなぁ」
「さてな」

ひどくのんびりとした口ぶりだが、仕事の後だけに神経は研ぎ澄まされている。近くにいるいくつかの不穏な気配も感じ取っていた。じり、と刀の柄に手がかかる。

この路地を出てきた瞬間には相手の首は胴体と離れ離れになっているはずだ。間の抜けた追跡者を狩るために又四郎と春蔵がすうっと息を吐いた。

 

 

―― やられる

気取られたとわかってすぐ、セイは自分の前後を顧みない行動を悔いた。せめて総司に一声かけていればと思う。
遠くの方で呼ばれたような気がしたが、灯りは総司が持っていたし、ふわりと路地に身を躍らせたセイは、セイなりに気配を押さえて路地に入っている。

細い路地の中ほどを過ぎてしまえば、総司からは暗闇にしか見えず、まさかそんな路地に入り込んでいるとは思わなかったために気づかなかったのだ。

後ろを振り返ることもできず、歩調を緩めたセイはゆっくりと路地を進んでいく。先程まで見えていた灯りが離れて行ったのは見えていた。そして人影が消えたのも見ていたが、それで黒い人影がいなくなったとは思っていない。

灯りが消えて薄暗く、ほのかな月明かりが照らしている大通りが見えているがそこに出れば斬りかかられることはセイにもわかる。

―― こうなったら、とにかく大通りに全力で走り出よう

飛び出した瞬間に斬りかかられることだけは避けられるかもしれない。助走の距離を考えて、セイは大通りに近づく前に、路地に置かれていた桶を手に取っていた。

あと数歩というところで走り出したセイは、路地を飛び出すほんの数瞬前に手にしていた桶を放り投げた。

「!」

何かが飛び出してきたことに反応して又四郎と春蔵は刀を抜いて、桶を切り飛ばした瞬間にぱっとその場から後ろに飛びのいていた。相手が人であれば反撃してくることもあり得る。経験がひとりでに体を動かすのだ。

すぐ目の前をきらりと刀が閃いた後を、セイは全力で走り抜けた後、通りの反対側に出てからくるりと向き直った。

―― 速い

二人の黒い人影がいるとセイが認めるのとほぼ同時にきらりと抜き払われた刀と、ぎらぎらとセイに向かってくる目だけがセイの視界に飛び込んでくる。

「……!!」

刀の柄に手をかけて抜き払ったセイがどちらかの一刀だけでも払いのけようと身構えたところに、セイが走り抜けてきた路地をもう一人、走り抜けてきた者がいた。

「馬鹿者!」

時間にして、ほんのわずかの間の出来事にセイは瞬きを繰り返した。

セイに向かって春蔵と又四郎が刀を構えて飛びかかろうとした瞬間、二人を離れてつけていた斉藤が、全力で路地を飛び出してきたのだ。又四郎の脇腹を切り払い、ざっとセイと春蔵達との間に割り込んだ斉藤は、セイの体を思い切り突き飛ばして、背後の店の壁まで押しやっていた。

「さ、斉藤先生!」
「何をしているんだ、お前は!」

目の前に現れた人影が斉藤だと分かったセイが、驚いて声を上げると、滅多にない斉藤の怒声が響いた。抜き払った刀を構えた斉藤は、目の前の二人から視線を離さないまま、じり、と下がってさらにセイを後ろに下がらせる。

走り抜けざまに切り払った又四郎の傷は、手ごたえからしても浅手のはずだ。黒い着物を押さえた又四郎は、確かに浅手らしく、まだ戦う気満々に刀を構えなおす。

「お前ら何者だ?町方か」
「……新撰組三番隊組長斉藤一」
「ほお……。それは光栄だな」

普段なら斉藤や総司達が名乗れば、腕のない者達には十分に威嚇になるが、斬り倒して名を上げようとする者達には逆効果になる。だが、この場で斉藤は自身の名を名乗った。

斉藤の名前を聞いた又四郎と春蔵は、ちらりと視線を交わすと互いに頬かむりを外す。顔を見せた二人が、刀の柄を握り直した。

「ならば、ぜひとも名を上げさせていただこうか」
「む……」

八双に構えた斉藤が、セイにより近い位置にあたる左手にいた春蔵に向かって、いきなり斬りかかった。かわすことなく、正面から刀で受けた春蔵はすぐに刀を払うと、振り抜いたところから斬り上げてくる。

右の膝を折って交わした斉藤の左頬を掠めたのか、ぴっと細い朱線が走った。

右手からは又四郎が隙をついて、斉藤に向かって刀を振り下ろしてくる。

「斉藤先生!」

とてもセイでは叶う腕ではないとはいえ、そのまま見ているわけにはいかず、斉藤の背後から走り出たセイが振り下ろされた刀を受けた。

「くぅっ」
「なんだ、小僧。お前ごときは相手にならん。除け」

ぐぐぐっと力任せに刀を押し込まれると、押し返せないセイは、じりじりと身をかがめていく。このままでは力負けして斬り倒されてしまう。

刃先を回したセイは何とか又四郎の刀から逃げ延びる。

「邪魔だ。小僧。どけ」
「どくわけにはいかない!私だって、新撰組隊士、神谷清三郎だ!」
「馬鹿な小僧だ。せっかく命だけは助けてやろうと思ったが」

セイと背中を合わせる様にして斉藤も春蔵とにらみ合いになっている。間合いを詰められたまま、背後にセイを抱えた斉藤は、ちっと舌打ちをしながら片腕でセイの襟首を掴んで再び、板塀側へと押しやった。

「その男の言うとおりだ。お前の出る幕ではない」

有無を言わさず押し付けられたセイは、片手で柄を握ったまま刀を下ろした。このまま構えていては斉藤に斬りつけてしまう。

「斉藤先生!」

背後で叫んだセイの声を聞きながら、斉藤は、分が悪いと思っていた。

 

 

– 続く –