誇りの色 17

〜はじめの一言〜
追いかける方は嫌だと思いますよ。心臓わしづかみ!って感じで冷や汗ものだと思います。

BGM:
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「はぁ、はぁ」

汗だくで夜の町を走り回った総司は、流れてくる汗を顎のあたりで拭った。
じりじりと胸のどこかが急げと命じてくる。今、この立ち止まった一瞬にも何かが起きているのではないか、という焦りが足を動かそうとする。

―― 一度、屯所に戻るべきか……

戻って、隊を引き連れて捜索するべきか。だが、それでは土方に黙っているわけにはいかなくなる。
迷いと、焦りが判断を遅らせる。

心を落ち着けようと自然に刀の柄に手がかかった。その時、総司の耳にどこかで刀と刀が弾き合った音が届いて、再び走り出しかけた足を止めた。

「!」

はっと振り返ったが、その音が背後から聞こえた訳ではない。ただ、反射的に体が動いただけで、その音と起こっているはずの騒ぎを聞きつけようと、総司は目を閉じて耳を澄ませた。
怒声が聞こえるわけでもなく、今の一瞬が空耳だったのかと不安になりかけたが、耳に届いた金属の甲高い音を頭の中で繰り返す。

ぱちっと目を見開いた総司はすぐに引いた左足をもとに戻すと、走り出しかけた方向へと躊躇なく走り出した。

一町ほど右の先の方向のはずだ。
一度だけ、と思っていた金属音が今度はくぐもって響く。

―― 誰かが刀を合わせた!

互いに打ち合って離れていれば、甲高い音が響くが、そのまま競り合っていれば金属音はそのまま低く、こもった音になる。曲がり角まで向かうよりも手前の細い路地に入り込んだ総司は先に見える通りを目指して、力いっぱい走り出した。

草履のひたひたという音で、戦いの場を乱しはしないかと思いながら、手前で通りに出た総司の目に振りかぶった春蔵の姿と、頬に一筋、朱を走らせた斉藤の姿が目に入る。

「斉藤さん!」

逸る勢いのまま、刀を抜いた総司は春蔵の背後から斬りかかった。

「!」

すぐに身を翻し、総司の方へと刀を構えた春蔵が斬りかかった総司の一刀を払って、すぐ後ろへと下がる。又四郎と共に自分たちが抜けてきた路地へと少しずつ後ずさり始めた。

「またとない機会ではあるが、闇はどちらの味方もする。惜しいがここは痛み分けとしておこう」

脇腹を押さえた又四郎が先に路地へと踊りこむと、刀を構えたまま春蔵が後ずさり、斉藤と総司が追いかけてこないのを見越してくらい路地へと走り去った。

ここは追いかけるのは得策ではないと判断した総司は、周囲へ気を配りながら刀を収めた。肩で息をしながら、斉藤へと歩み寄った総司は、探していたセイの姿も認めていた。

「……すまんな。助かった。礼を言う」

こちらも周囲へ気を配りながら刀を収めた斉藤は、一歩前へと歩み出ると、軒先から出たために頬を流れる血がよりはっきりと見える。眉を顰めた総司が懐から手拭いを差し出すと、斉藤は片手をあげてやんわりと断った。

自ら懐に手を入れると、手拭いを取り出して頬に当てる。

「斉藤さんらしくないですね」
「まったくだ。返す言葉もない」
「何があったんです?」

最後の鋭い問いかけには、斉藤にだけでなくセイにも向けられたものだった。
遅れて刀を収めたセイは、困惑した顔で総司と斉藤の二人を見比べていた。

「俺は、そぞろ歩きの最中に気になる二人連れを見かけて後をつけていた。俺と先程の二人連れとの間に、神谷が現れた」
「あの、すみません!斉藤先生。その」

斉藤の傍へようやく駆け寄ったセイが、二人から守ってもらったこと、巻き込んでしまったことを詫びようとしたところに大股で近づいた総司が思い切り頬を殴り飛ばした。

「何をしているんですか!あなたは!斉藤さんまで危険にさらして、勝手な真似を!!」

まぎれもなく、怒りにまかせた総司の一発がセイを地面へと叩きつけた。ざっ、と倒れ込んだセイは、殴られた頬よりも血の気が引く思いで、その場に手をついた。

「申し訳ありません!」

地面に額をこすり付けんばかりに手をついたセイをさすがの斉藤も庇うことはなかった。総司に遅れてセイを見下ろした斉藤が、淡々と口を開く。

「神谷、あの二人の事は監察に任せる様に言ったはずだ。何にでも飛び出して行って首を突っ込むな、ともな」

斉藤にしても、いきなりセイが目の前に現れたので、その前の経緯は知らない。総司を振り返り、目線で説明を求めると、総司が大きく息を吐いた。

「局長に今夜、届ける文があると、土方さんから預かったんです。それを届ける途中でいきなりいなくなったものですから探していたところでした」

改めて斉藤に向かって申し訳ない、と頭を下げた総司は、セイの肩を掴んで無理矢理引き起こした。

又四郎と春蔵の後を今更つけても仕方がない。隠れ家も知れていることだし、隠れ家から後をつけてきたとはいくらなんでも思わないだろう。

「とにかく、局長のところへ予定通り文を届けに行きます。斉藤さんはどうしますか?」
「無様な真似をしたと副長に報告に戻るのもな」

一人先に戻るには、どうにも頬の切り傷といい、セイの登場といい、説明しきれるわけではない。肩を竦めると、頬から手拭いを離した。

「局長の家もそう遠くない。気は進まないが同行しよう」
「わかりました。とりあえず、今夜のところはたまたま一緒になったということにしておきましょう」

余計な心配を近藤にさせることはない、という総司に頷いた斉藤は、食い込むほど強く肩を掴まれて、青ざめたままのセイへと向き直った。

「ここから屯所に帰るまでの間、あんたは俺と沖田さんの間を歩け」

有無を言わさない口調に黙って頷いたセイに向かって、今度は総司が手を差し出した。

「文を寄越しなさい。もうあなたに預けておくわけにはいきません」
「……申し訳ありません」

懐に挟んでいた文に手をやると、のろのろと差し出した文を総司が自分の懐に収めた。それぞれの手には灯りがなく、薄暗い夜道に立っているのもおかしなものである。

血の気の引いた顔で目を思い切り見開いたセイは、何の前触れもなく歩き出した総司の後に続いて歩き出した。
殴られた頬が痛むはずなのに、それも寒さのせいなのか全く感じなかった。

こんなつもりではなかった。
こんなはずじゃなかった。

後悔よりも胸が締め付けられるように苦しい。セイにとって、まだまだ長い夜は続いていた。

 

– 続く –