夕焼けの色~「喜」怒哀楽 5

〜はじめのつぶやき〜
斉藤先生ってば・・・以下略

BGM:Superfly 輝く月のように
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

 

「久、帰りに団子でも買うて帰ろう。そして、セイ殿のいわれるように、庭先で共に茶を飲みながら味わうとするか」

見た目通りに人柄のよい男らしく、持田がそういうと、久も花が綻ぶように笑った。
無理にねじ込んだ見合いの相手である自分に、こんなことをいうセイが可愛らしくて、嬉しかったのだ。

「ありがとうございます。おセイさん」

その笑顔と、手をついた仕草に見惚れたセイは、へどもどとしながらもへへ、と斉藤を見上げた。視線を交わし、頷いた斉藤の姿をみて、本当に気が済んだらしい。

今度こそ、持田親子は二人に挨拶をすると、にこやかに帰っていった。

「す、すみません!斉藤先生!なんか、つい……出過ぎたことを」
「いや。あれでいい」

持田は本当に、正確にセイのことを見ていたと思う。

元気を分けてもらえる、といったことは本当で、きっとあの親子にはそう遠くないうちに、よい縁談があるだろう。
足を崩した斉藤をみて、セイもほうっと力が抜けた気がして、少しだけ足を崩した。

「はぁ~。これで本当によかったんですか?斉藤先生」
「当たり前だ。話を聞いて、同情で一緒になったとしてそのあとの何十年も同情されたと思って生きていくのも辛いものだ」
「それはそうなんですけど……」

本当に、久によい縁があればいい、と呟くセイが、妙に胸に迫った。
今日のことを考えた初めは、総司の手からセイを借り受けて、うまくすれば自分のものにとさえ、思っていたというのに、結局その本人であるセイを前にするとこの始末だ。

お久のことも、何もかも、つまるところ斉藤にとってはセイという存在に戻ってしまう。

仮の役どころだというのに、お久に入れ込んで余計なことを口にしたり、こうして帰った後にもよい縁談があればいいと心配をする。

―― まったく、お前というやつは……

茶碗を手にした斉藤は、セイの分も手に持つと、ふらりと立ち上がった。

「斉藤先生?」
「あんたの言うとおりだ。こんなにいい天気だからな」

表でも眺めながら茶を飲んだ方がいいという斉藤に、照れくさそうに笑ったセイは、斉藤が腰を下ろした縁側近くに並んで腰を下ろした。

なんだかんだと昼時に屯所を出てきたのに、着替えを済ませたり、昼餉を取った後に持田親子と面会しているうちに、気づけばもう申の刻である。いい天気だと思っていたが、からりと元気よく空にあったお日様もそろそろやんわりと退場の支度をはじめていた。

「もうすぐ、夕暮れ時ですねぇ」

そんなに変わったようには思えないのに、そよそよと吹く風が少しずつ温かさを忘れていくようだ。

「天気の良い日は、晴れてよかったと思う」

ん?と斉藤の顔を見上げたセイを見ようともせずに、斉藤は庭先に目を向けて揺れる木の葉をじっと見ていた。

「雨が降れば、濡れて風邪でも引かぬかと案じ、曇りなら過ごしやすかろうと思う。そして……」
「斉藤先生?」

こうして、縁側に並んで座り、移りゆく空の色を見ながらそれを語らう時間のどれほど幸福なことか。

「兄上にもそんな風に思う方がいらっしゃるのですね」

途中から、斉藤と同じようにセイは庭の木の葉に目を向けていた。

「すごく、きれいな夕焼けとか。雨が降った後の空とか」
「……共に、見られたら幸せだろうな」
「……はい」

―― 神谷。その眼には、きっと今も沖田さんが映っているのだろうな……

斉藤は、自分が着ていた羽織を脱ぐと、隣にいるセイの背後に回って羽織ごとセイをくるみこんだ。

「斉藤先生っ」
「冷えてきたからな。風邪をひかれてはかなわん。……それに、今少しだけこうさせてはくれぬか」

じかには触れぬからと言わんばかりに、自分の大きな羽織にくるみこんだセイの襟元に顔を寄せる。日頃は、襟で隠れる場所。

驚いて身を固くしたセイは、両腕でセイを抱えた斉藤がすがりつく様に首筋に顔を埋めているのが、ひどく頼りない感じがして、そおまま動くに動けなく なる。そのまま不埒な真似でもしようものなら全力で抵抗したのだが、ただ抱きしめるだけの腕が、余計に切ない想いを抱えているのだと伝えてきた。

まさか、それが自分のことだとは思いもよらず、同じ切なさを抱えているのだということでいっぱいになる。

「……少しだけ。兄上の、想う方の身代わりになど光栄です」

斉藤の腕にそっと触れた手がそういうと、強張っていた体から力が抜ける。
思いがけないセイの返事に、目を見開いた斉藤は、そうか、と呟いて目を閉じた。

―― 俺の本当の想いを知れば、光栄などというまいな。それでも今はこうして女子のお前を腕に抱いていられる……

「あ……」

セイの小さな呟きで顔を上げた斉藤は、生涯で忘れることはないと思った。

まつ毛の一本まで数えられそうなほど間近なセイの顔越しに鮮やかな朱色の光が伸びて濃さを増した紺色の空を染め上げていた。

「きれいですねぇ。兄上」
「……そろそろ、着替えた方がいいな」

腕を振りほどかれてから初めて、痛むほど強く抱きしめられていたのだとわかる。女子姿だから余計にそれを感じたセイは、自分の腕を抱えて俯くと、隣の部屋へ着替えるために姿を消した。

その場に残された羽織を手にした斉藤は、微かに残る温かさを名残惜しそうに袖を通した。

「……愚かだな。俺は……」

こんな儚さなど、夕日の色よりも儚く消えるものだというのに、こんなにも胸の中が温かい。

立ち上がった斉藤は、縁側に一歩踏み出すと、一層濃くなる空を見上げた。

―― 百年先に、またお前とこんな夕日を見られたらいいな……

「お待たせしました!」

女姿になるよりも、武士姿に戻る方がはるかに楽なのか、先ほどよりも随分早く着替えを終えたセイが、襖をあけて姿を見せた。自分で結い上げたのか、髪も元通りだが少しだけ結い上げた髪の名残のくせが残っている。

「さ、斉藤先生。帰りましょうか」
「うむ」
「あの着物はそのままでよろしいのですか?」
「ああ。始末も含めて頼んである。それよりも早く戻らないと、雨が降るかもしれんぞ」

ぎょっとして表をみたセイには、到底雨が降りそうには見えなかった。

「全然、雨なんか降りそうに見えませんけど……」
「俺が言ったわけじゃない。早く帰らないと雨が降るという奴がいたのだ。行くぞ」

ふいっと、いつもの斉藤らしく素っ気ない態度に戻ったそのあとを、セイが急いで追いかける。通りに出た斉藤の長い影と並んで、セイの影はいつになく揺らいで見えた。

 

– 終わり –