秋空に紅葉 4

〜はじめの一言〜
紅葉狩りに行けない方も、これでご一緒しましたね

BGM:
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稽古も巡察もない時間は、それなりに平隊士にはある。だが、組長の総司には激務しかない。

いつの間にか羽織を手にした総司は、隊士達が気づかない間にするりと姿を消すことがある。密かな仕事はたくさんあって、時には監察の手伝いや市井に耳を傾けることもある。

そしていつの間にか屯所に戻ってきて、幹部棟からひょっこりと姿を現す。

「あ。神谷さん」

にこにことなぜか幹部棟から現れた総司に呼ばれて、セイが振り返る。平隊士の中では、忙しい方のセイだが、それでも総司忙しさにはかなわない。

「どうして幹部棟からいらっしゃるんですか」
「へ?」
「さっきまで屯所にはいらっしゃらなかったはずなのに……」

総司の行動を把握することはさすがのセイでもできはしない。いつも傍にいられるようにと後ろをついて歩いていたこともあるが、最近ではそれもかなり減った。巡察や出動の場合には必ず一緒についていく。だからこそ、ほかの時間は詮索しても仕方がないと思い始めた。

まして、監察の手伝いや、土方の特命を引き受けた総司の行く先を追うことなどセイには到底できないからだ。

「さっきまでってちゃんと屯所のなかにいましたよう。土方さんのところにいただけですってば」
「はいはい。副長のところなら先ほどお茶をお持ちしましたけど、お一人でしたけどね。不思議ですね」
「あ、その後ですよ。その後。土方さんのお茶頂いちゃいましたもん」

ほんのついさっきだと言うのに、そんなことを言う総司を軽くいなしてセイは再び歩き出した。夏使いの器を片付けていたのだ。茶器の入った木箱を蔵へと運ぶと、ひと段落する。

後ろをついてきた総司に向かって、腰に手を当てたセイはふん、と肩を上下させた。

「せっかくお戻りになったのに、私の後なんて着いて歩かれても面白くないでしょうに」
「そんなことありませんよ。この後は?」
「これで終わりです。もう片付けにそんなに時間をとったりなどいたしません」

どこか自慢げに頷いたセイは、にこっと笑った。ここまでついてくるということは総司もこの後の仕事が落ち着いたということだ。

「さて。先生。お茶でもお入れしましょうか?」

共に一休みをと思ったセイに総司が手を差し出した。

「貴女の入れてくれるお茶も嬉しいですけど、一緒にどこかで甘味でも頂きに行きましょうか」
「はい!」

嬉しそうに頷いたセイは、総司の手に手を重ねそうになってあっと手を引いた。先程まで片づけをしていたために、かけていた襷を急いで外す。

「すぐに!すぐに支度をして参ります。ですから少しだけ、少しだけ待っていてくださいね」
「大丈夫ですよ。逃げも隠れもしませんから」
「でもっ、すぐに!」

そういうと、セイは小走りに隊部屋へと駆け戻った。埃にまみれた着物を替えると、井戸端で顔と手を洗う。刀と羽織を手にすると、急いで門のところまで走っていく。

大階段を転がる様に駆け降りたセイを、門わきの隊士と談笑していた総司が呆れたように目を向けた。

「神谷さんたら!転びますよ!そんなに走ると!」
「沖田先生?!私は五つや六つの子供じゃありません!」
「子供ですよ、全く。そんな真似をして足でも痛めたらどうするんです」

小言を言いながらセイが片袖だけ通していた羽織を着せ掛けると、セイが腰に刀を差すのを待って歩き出した。

「どこに行きましょうかね」
「先生は何がいいですか?」

楽しげに歩き出した二人を見送って門脇の隊士達が笑い出す。これだけよく見かける二人がどうやってこれだけの時間をやりくりして出歩いているのか首を傾げることもある。

「全く、よく時間があるよなぁ」
「それだけ仲がいいと言うことだろ」

いつものことだと、頷き合った隊士達を背にした二人は、肩を並べて歩いていく。

「少し寒くなってきましたから、おぜんざいなんてどうですか?」
「それもいいですねぇ」

あれこれと並べ立てるセイに向かって頷きながらも総司の足取りはどこかへと目的を持って向かっていた。それに気づいたセイは、斜めに総司を見上げた。

「沖田先生?」
「なんです?」
「本当はどこにいくか決めていらっしゃいますよね?」
「さあて」

ちらりとセイを見た総司はすっとセイの手を掴むと足早に歩き始めた。出がけに手を洗ったばかりだった手は冷え切っていて、その手を包み込むように自身の袖口に引き込むとすたすた歩いていく総司は、酒饅頭の美味い店に入った。

「酒饅頭ですか」

確かにうまいのだが、出来立ての饅頭ではその酒気にほのかに酔うこともあるセイである。ほんの少しためらいながらも総司が食べたければ何でもよいのだと思ったセイは、黙って店の中を見ていた。
てっきり店で食べるのだと思っていたセイは、蒸かしたての酒饅頭を包んでもらった総司を見て、不思議そうな顔でみる。

何か企みごとがあるのか、総司は口の端に笑みを浮かべたまま、饅頭を手にするとセイと共に店を出た。

「じゃあ、行きましょう」
「?はい」

素直に頷いたセイを連れて、総司は久しぶりに朱鹿野の森へと足を向けた。

「稽古をつけてくださるんですか?」

目的の場所が朱鹿野だと途中で気付いたセイは嬉しい様な、複雑な顔を向ける。
ゆったりと過ごしたかっただけなのだが、久しぶりに神谷流の稽古をつけてもらうということも捨てがたい思いはあった。

「神谷さんがそうしたいなら構いませんけど?」

苦笑いを浮かべた総司は、野暮天娘に何とも言えない顔になる。ゆったりと過ごしたかったのは総司も同じである。セイに向かって、何も与えられない、何も約束はできないと言いながらも、想いを口にした後、不器用で野暮な二人に何かなど到底、考えられない。

男としては思うところはなくはないが、それよりも今は心が寄り添っていると思うだけで幸せだった。

いつも稽古をしている場所から少し先まで行くと、木立の間に少し開けている場所がある。そこにセイを連れていくと、日差しで温まった岩の上にセイを座らせた。

「いい天気ですねぇ。稽古をするにしても、一休みしてからにしませんか?」

セイを座らせた岩の傍に腰を下ろすと、総司は酒饅頭の包みを持ち上げた。
セイの膝の上に包みを置くと、膝の上に饅頭の暖かさが伝わる。

日差しは温かく、ほかに人もいないその場所でさわさわと流れる風と小鳥のさえずりが聞こえていた。

 

– 続く –