青い雨 12

〜はじめのつぶやき〜
感じ悪いかもしれない。ゴメンナサイ。
でも、冷たいんじゃないんですよ~。。。いや、冷たいのかな。

BGM:青い雨
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家に帰りついて、まずは慌ただしく片付けや、総司の着替えの間も、セイはもやもやとしたものを抱えて、開きたい口を堪えるのが大変だった。

それに対して、総司は気にも留めない風で長着に着替えを済ませると、座敷の明かりの傍に腰を下ろす。今日は寿樹をお里の元に預けてあるから二人だけである。
たすき掛けで急ぎ、夕餉の支度を済ませて、膳を前にしてもこれといった話もない。

総司よりも先に口を開くのもできず、じりじりしながら片付けを済ませ、のんびりと茶を飲んでゆったりしている総司の目の前に、耐えかねたセイは腰を下ろした。

「どうしました?」
「……お忘れですか?先ほど帰りがけに話が途中だったじゃありませんか!」
「ああ。その話ですか」

肩を竦めた総司はどうぞ、とセイに話を促す。

「噂をご存じだったっておっしゃってらしたじゃありませんか」
「ええ、まあ……」
「どうして教えてくださらなかったんですか!」

噛みつく様な勢いのセイとは逆に、あまり興味のなさそうな総司はかりかりと頭をかいた。

「……そんなに気にするところですかねぇ?」
「気にしますよ!ちゃんと教えてくださいまし!総司様の耳に入ったのはどのようなお話だったんでしょう」

すっかり険しい顔のセイに、仕方がないと総司は口を開いた。

「大して変わりませんよ?先ほど話したようなことだけで他は別に……」
「それは誰が総司様のお耳にいれたのでしょう」
「誰ということも……。それが噂ってものでしょう。それに、どうせ人の噂も七十五日というじゃありませんか」
「そういうことではありません!」

ばしん、と膝を打ったセイは、眉間にしわを寄せた。

「だって、それは私だけではなく総司様まで貶められているようなものじゃありませんか。そんな噂放っておくわけには……」

自分が言われる分にはまだいいが、ありもしないことで総司まであれこれ言われるのは納得がいかない。いわれもない話の上にそんなおまけがついてきたら、セイが腹を立てるのも当然と言いたかった。
総司が少しも気にせず、飄々としているところがかえってセイの腹立ちに油を注いだような格好だ。

「どうして総司様は……」
「待って」

途中までそう言いかけたセイに、総司は軽く手を挙げた。

「あの、貴方の腹立ちに私を都合よく巻き込まないでください」
「……!?」

淡々と、というよりも、むしろ冷ややかなくらいの一言だ。

「つ、都合よくなんて……!」
「都合よく、でしょう?貴方が腹を立てたことを正当化したいために私のことを使うのはやめてください」
「私は!総司様にご迷惑をかけ、申し訳ないと思いこそすれ、そんなことは」
「じゃあ、なんでそんなに怒るんです?貴方が、どこでかは知りませんが、噂になるような何かをしたのか、又は何か恨みを買ったのか。それは貴方の話であって、私には関係ありませんよ」

膝の上に置いた手が、すっと冷えた。

冷えた気がしたのではなく、本当に血の気が音を立てるように引いた。

黙ったままのセイに総司は畳みかけるわけでもなく、ただ無言だ。

「そ……」

それは。
そうではなく。
そんなことは。

その先に続くはずの言葉が出てこなかった。

「なにか?」
「……いえ……」
「そうですか」

頭から冷水を浴びせかけられたような。
俯いたセイを置いて、総司は腰を上げて奥の寝間へさっさと入ってしまった。

残されたセイは、一人俯いたままじっと自分の手を見つめて動かない。

―― ……何も……

何も言えなかった。

どこかで、総司ならばかわいそうに、貴方はそんな人ではないのだからと言ってくれると思っていた。
そんなひどい噂を言う者がいれば自分が諫めて来よう、とでもいわれたら、そんなことはよいのだと言おうとさえ。

だが。

目の前で総司はセイの。

セイの中の、何かを斬り払った。

―― なにを……

はたり。

はたりと手の上に雫が落ちる。

情けなくて、恥ずかしくて。

総司がいう事はもっともだ。
セイの狡さを見透かされたようなものである。

総司が言う通り、噂が出るということは何かきっかけがあったわけで、そのきっかけが何であれセイのしたことや、何かが原因だったのだろう。
そのことに腹をたてるにせよ、総司を盾にしていいわけがない。

この時代、家の者の恥は一族の恥になることが当たり前ではある。それは武家だけでなく、商家でも農民でも同じだ。だが、総司たちは武士であり、そして新選組の隊士であり、総司もセイも。

―― たとえ、総司様と夫婦になったとしても、同じ人ではなくそれぞれ別の人間だ……

全く同じ考えなはずもない。
そんな当たり前が当たり前ではなくなっていたことに、セイは自分自身を恥じた。

恥じて、情けなくて。

泣いて、瞼が重くなった頃、セイは静かに着替えて総司の隣に横になった。
休むことも自分がすべきことの一つだからと、冷静に考えられるまでには少しばかりセイも大人になっていたのだろう。