独り草~前編~<拍手文 36-39>

〜はじめの一言〜
総ちゃんが過保護すぎるお話です。
BGM:
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「かーみーやーさん」
「なんですか、沖田先生」
「ちょっとお願いがあるんですけど、いいですか?」

にこにこと機嫌良く話かける総司にセイが頷く。その姿を見ていた一番隊の隊士達がため息をついた。

「この前は誤魔化しきったけど、今回はばれるだろうなぁ」
「間違いないな。相手も相当腕の立つ大物らしいし」

彼らの視線の先では、総司があれこれと手のかかるそして他の者ではできないようなやっかいな事を、面倒な雑務で申し訳ないと、セイへ頼んでいる。

「ということで、神谷さんじゃないとお願いできないんですよ。申し訳ないんですが、頼まれてくれますか?」
「仕方ないですねぇ。それ、いつまでにやればいいんですか?」
「なるべく早い方がいいので、今日明日くらいで始めてもらえると助かります」

困った顔を見せることで、より真実味を出してセイをやらざるを得ない方向へと導く。その顔を見て、セイはじゃあ、早めに取り掛かりますね、と頷いていた。

その姿を見ていた隊士達は一様に複雑な顔になる。

「俺さぁ。なんか最近、神谷が可哀想になるときがあるわ」
「あー。わかる。俺も、俺も」

刀の手入れをしていたり、小手を手入れしたり、半数が各々の武具の手入れをしながら頷いている。

「なんだかなぁ。沖田先生の心配もわかるんだけど、毎回騙される神谷をみてると何とも言えなくなるんだよなぁ」

このところ、大きな捕り物や厄介そうな相手だとわかると、事前に遠出の用事を手配したり、面倒な屯所での作業を割り当てて、セイが出張らないように仕組んでいるのだ。
時によっては、後になってセイがその事実を知り、しばらく総司と喧嘩になったりしたこともある。
しかし、基本的に元来素直で人の良いセイの事だから、困っていて……という風に持っていくと、ころりと騙されて仕事を引き受けてしまう。
一旦、引き受けてしまえば、途中で出動を知っても、セイには与えられた仕事があるだろう、と総司は突っぱねられる。

「まあ、沖田先生の神谷への過保護は今に始まったことじゃないしなぁ」

そこは衆道カップルとして認知度が高いだけに、セイを庇いたがる総司の姿に少しの嫉妬と呆れと、納得を持って迎えられてはいる。
今回も、少人数ながら腕の立つ浪士と、名の知れた剣客を用心棒に雇っているらしいということで、一番隊への出動が今日明日にも下りそうだとわかった総司が、すばやく面倒な仕事を見つけてきてセイに振っているわけだ。

「確かに、今回の相手は相当腕が立つらしいけど、神谷だってなかなか腕が立つ方だと思うけどなぁ」
「それでも、神谷には怪我させたくないし、危ない目に会わせたくないんだろ」

はぁ~と一斉にため息が上がった。総司の気持ちは分からなくもないが、今回はどう頑張っても仕事が終わればセイにもわかってしまう。その時を考えると皆、憂鬱になるらしい。

「仕方ないよな。沖田先生が決めたことだし。俺達はせいぜい、さっさと終わらせようぜ」

山口の声に、頷きの波が広がって行った。

セイが蔵に籠っている間に、三々五々と別れて一番隊、三番隊の隊士達は捕り物に備えて屯所を出て行った。各々装備は別に分けて運び出している。
相手方へ警戒を抱かせないように、新撰組が出動をしようとしていることが気取られないようにしているためだ。

予定の時刻が近づいた夕刻、セイは独り蔵の中でため息をついた。

初めの頃の数回こそ、他愛なく騙された。
だが、敏いセイの事である。数回目には総司がわざわざ屯所から離れられないような仕事を振る時、帰営が遅くなりそうな仕事をわざわざ振る時があることに気づかないわけにはいかなかった。

「あーあ。やっぱり、またなのかぁ」

調べ物の書付を抱えたまま、セイは薄暗い蔵の天井を眺めた。じわっと浮かんできた涙を堪えるために。
役に立たないと、無言の内に言われているようで、なるべく気付かないふりをしてきた。
そうでないと、くじけてしまいそうだったから。

総司に、もうセイなどいらないのだと、お情けで置いてもらっているのだと身を持って知らされるようで、心が痛くて。

今回も、わざわざそんな期限を切られれば、急ぐはずのない仕事を与えられたセイにはすぐに分かった。それを気付かないように、気付いたことを気づかれないようにするだけで精一杯で、セイはすぐに与えられた仕事に取り掛かると総司には言った。

蔵に籠っていれば、誰も来ないし、もとより面倒な調べ物だけに多少時間がかかっても文句は言われないだろう。

なんとか、浮かんでくる涙を堪えて、そろそろ書付も読みづらくなってきたために、セイは一旦、調べ物の手を止めて、書付を棚の上にまとめておいた。
後で続きができるようにして、蔵から出る。

当然の事ながら、出動態勢に入っている屯所内は、セイが蔵に籠っている間にぴりぴりした空気に変わっていて、屯所に残った隊士達は、出動組が戻ってくるのを今かと待っていた。

とぼとぼと重い足取りで隊士棟へと戻ったセイは、出動組が戻ってからすぐに風呂に入れるように小者達を手伝って、湯を沸かし始めた。

―― 怪我がないように、無事に戻りますように。

セイがはずされるということは、相手が多いのか、腕が立つのか、その辺りのはずだ。精鋭中の精鋭の一番隊と三番隊なら大丈夫だと思っていても、いつ何があるか分からない。
風呂の支度を終えて隊士部屋の前の廊下でぼーっと座っていたセイに、原田と藤堂が通りかかった。

「おっ!なんだ、神谷。置いてけぼりか」
「ばっ、原田さん!!」

うっかりセイをからかった原田の袖を藤堂が引っ張った。ひそっと藤堂が原田に囁くと、慌てて原田が頭を掻いた。

「いや、あれだよな。やっぱ、お前じゃなくちゃできない仕事もあるもんな!」
「原田さん~!!」

無意味な言い訳に藤堂がこめかみに手を当てると、原田を引きずって自分達の隊部屋の方へと引きずって行く。セイは曖昧な微笑を浮かべて二人の姿を見送った。

原田や藤堂までセイが置いて行かれたことを知っていることが、余計に痛かった。

「私、そんなにだめなのかなぁ……」

ぽつり、と呟いたセイの顔からは徐々に笑顔が消えて行った。

 

「沖田先生」
「なんでしょう?」

相手方を捕えるために、離れのある茶屋を借り切って支度を済ませた一番隊と三番隊の面々はそれぞれに浪士達のいるはずの町屋を取り囲んで、様子を見ている。
待機の間に総司の近くにいた山口がぼそぼそと総司に話しかけた。

「あのぅ。神谷のことなんですけど、毎度騙してまで置いてくるのはなんだか……」

途中まで言いかけてじろりと総司に睨まれた山口は渋い顔のまま言い淀んだ。しかし、それに続いて相田も他の隊士達もぼそぼそと声を潜めてはいるものの次々と非難の声が上がる。

「あいつも腕上げましたよね。伊達に一番隊にいるわけじゃないし」
「小柄で、体が軽いことも自覚していい動きしますよ」
「そうそう。敵の動きを読むのも早くなったしなぁ」
「もったいないなぁ」

だが、それらの声を聞いた総司の顔はいつも以上に厳しい顔をしている。刀を抱えて、物陰に潜んでいる彼らに向かって冷たい声が響いた。

「皆さんにそう言われるからこそ、未熟なのでしょう。これが他の方だったら皆さんもそうは言わないはずです。その時点で足手まといと一緒です。私はたった一人に同情して全員を危険にさらすわけにはいきませんから」

どこまでも厳しい総司の一言に皆が黙り込んだ。そして、捕り物が始まってしまえばそんなことを言っている暇も、考える暇もなくなる。

合図とともに皆が一斉に立ち上がった。

– 続く –