独り草~中編~<拍手文 36-39>

〜はじめの一言〜
総ちゃんが過保護すぎるお話です。
BGM:
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –
無事に捕り物を終えた隊士達が屯所へと帰営すると、待機が解かれて無事な帰りを待っていた隊士達もほっと胸をなでおろした。

風呂を使い、夕餉をとった一番隊と三番隊は各々、寛いでおり、花街にくり出す者、飲みに行く者と一仕事終わった解放感にセイが姿を見せないことも気がつかなかった。

屯所に戻ってからセイの姿を見かけないことに早々に気づいていた総司は、またセイが拗ねているのだろうと思い、あえて探さずにいた。小者から夕刻は風呂の支度を手伝っていたというし、彼らが戻ってきてからすぐに夕餉がとれるように準備も手伝っていたらしい。

心配ないと思っていたものの、床を敷いてそれぞれが休む頃になっても戻らないセイが気になっていた。
ちらちらと隊士達がそれみたことかと、総司の方へと視線を投げるのがまたしゃくに障り、知らぬふりでさっさと床を敷くと横になった。
見かねた隊士がセイの分も床を用意して、自分の寝床へと戻って行く。

屯所からは出ていないことが分かっているだけに、皆、総司に任せることにして、休んでしまった。

夜半、隊部屋の中に皆のいびきや歯ぎしりが聞こえる頃、総司はそっと起き出して廊下へ出る。道場にでもいるのかと探しに行こうとした総司に柱の陰からぼそりと声がかかった。

「神谷なら道場にはいないぞ」
「……っ、斎藤さん!」

濡れ縁の端の、大きな柱に寄り掛かった斎藤はそのわきに羽織と刀を置いて月夜を見上げていた。

「どうだ。思い通りになった感想は」
「思い通り……、ですか」
「そうだ。こうなることはわかっていて、毎回神谷を騙して置き去りにするんだろう?」

ぐっと言葉に詰まった総司は斎藤の隣へと腰を下ろした。総司に向かって斉藤は邪魔だと手を振った。

「傍に来るな。鬱陶しい。アンタみたいな男に傍にいられても俺は嬉しくない」
「だって、斎藤さんくらいしか話をきいてくれないんですもん」
「俺はアンタの悩み相談に付き合ってる暇はない」

腕を組んで、投げ出した体を半ば、横にして斎藤が言った。

―― なぜ恋敵の相手などしてやらねばらん

冗談じゃないのはこっちのほうだ、と思う。

「そう言わないでください。私だって、毎度……、楽しくて置き去りにしていってるわけじゃありませんよ」

斎藤とは逆に、膝を抱えて蹲った総司は達磨のごとく、一人でころりころりと前後左右に揺れながら情けない声を出した。
隊士達に言ったのとは違う、苦渋に満ちた声音は総司の本音である。

「だって、あの人、どんどん腕をあげて行くんですよ」
「それの何が悪い。あれはあれなりに、隊士として努力してるんだろう?」

確かに、このところのセイは充実して、剣の腕もどんどん上がるとともに、皆の面倒もよく見ていて一番隊どころか新撰組には無くてはならない存在になりつつある。

それはよいことのはずなのだが、総司にとってはどんどん心配の種も大きくなっているように感じられてならないのだ。

「本当に、私ってばどうしたんでしょうね。なんというか、父の心境というんでしょうか。子供がでていくのが心配で仕方がないのと同じように心配で仕方がないんですよ」

―― 馬鹿が

未だに自覚のない総司に呆れている斎藤は無言で通している。大事だからこそ異常なくらい過保護になっているのだろうに、それを父の心境とは。

「私だって色々考えるんですよ。そりゃあね、神谷さんだって十分に働いてくれてるのはわかってますよ。出動したってきっと大丈夫だって思うんですけど、あの人、いくら言っても突っ込んでいくじゃないですか。もしって……、心配なんですよねぇ」
「それを面倒みるのも組長の仕事だと思うが?」

あえて正論で攻めてみるが、その“違い”にはまったく気がつかない。

「だから、面倒を見て、危ないと思ったらそのときだけは出動から外れるようにしてるんじゃないですか。なのに隊の皆さんも神谷さんがかわいそうだとか、色々言ってくるし」
「面倒をみると言うのは、組下の者を外すことではなく、ちゃんと付いてこれるように鍛えることじゃないのか?」
「鍛えてますよ!そこらの相手には引けを取らない腕をしてますよ、神谷さんも!」

まるで、セイがあまりに未熟すぎて付いてくることもままならないような言い方に総司が噛みついた。
ならば出動にも以前のように同行させればいい。以前までは、出動に一緒に出ていても、怪我人や女子がいればその面倒を見させるなど、うまくやっていたはずなのだ。

総司にとってはそこが認めたくないところなのか、急に捻じ曲げて自分を無理矢理納得させているように思えた。

腕はたつ。ちゃんと鍛えている。
なのに、怪我をさせたくない、守りたい。

―― 野暮天もここまで来ると極まれり、ということか

「そうか。なら、腕は立つのに見ているのが心配ならばうちの隊に貰いうけよう」
「斎藤さん?!」
「異存はないだろう?アンタは神谷を鍛えてはいるが、出動などは心配で出したくないのだろう?本人はそうは思ってないぞ。間違いなくな。自分が未熟で置いて行かれたと思っているだろう。ならば俺の隊にこそ貰いうけて何が悪い?」

斎藤の突然の申し出に総司は慌てた。あたふたと身を起して、床の上に座りなおした。

「悪いなんてありませんけど、あの、あの人、ほらすぐどこにでも首を突っ込みますし、それに剣術もまだまだですし、それに……っ」

まじまじと斎藤が総司の顔を見ているのに気づいて、かぁっと赤くなった。そんなにむきになった自分に恥ずかしくなったのか、総司は立ち上がった。
当初の目的、セイを探す事を思い出して、ふと先程斎藤が道場にはセイがいないと言ったのを思い出した。

「そういえば、斎藤さん、神谷さんがどこにいるか知ってるんですか?」
「さて」
「さて……って、さっき道場にはいないっていってましたよね?」
「そうだったかな」

セイが道場にいないのはわかっているが、斎藤はしれっと空とぼけた。ここで総司のためにわざわざ教えてやる義理はない。

「斎藤さ~ん」

一度立ち上がったくせに、再び斎藤の前に膝をついた総司をおいて、今度は斎藤が立ち上がった。

「自分の目で確かめてきたらどうだ」

そういうと、斎藤は羽織と刀を手にして隊部屋へと戻って行った。困った顔で斎藤の後ろ姿を見送った総司は、ため息をついて立ち上がる。
道場にはいないと言った斎藤の言葉を信じないわけではなかったが、念のためと道場を覗きに行った。案の定、真っ暗になっている道場の中を覗いて、人影がないことを確認した総司は、腕を組んで考えながら、静かになった屯所の中を歩いていく。

– 続く –