寒月 11

〜はじめの一言〜
斎藤先生がかわいそうですが~、ほんとに長いぞ、これ(汗

BGM:T.M.Revolution  Imaginary Ark
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「神谷さん、斎藤さんのことはしばらく兄上と呼んだ方がいい。どうやら貴女が斎藤先生と呼びかけると何かのきっかけになるらしいですから」
「そんな、なぜ私が」
「いいから」

斎藤が自分を押さえ込むまで、少しだけ離れて様子をみていた総司とセイは、斎藤が苦しげに息を吐きながらもようやく自分の中で暴れるものを押さえ込んだのがわかると再び斎藤の傍に寄った。

「斎藤さん。薬が抜けるまで一人で過ごしたいというお気持ちはわかりますが、まだそんな状態にありません。もうしばらく堪えてください」
「俺に……それまで無様な様をさらせというのか」

憎々しげに総司を睨みつけた斎藤に、けろりと総司は頷いた。

「ええ。しばらくは仕方ないですよ。大丈夫、私も神谷さんも忘れっぽいですからすぐに忘れちゃいますよ」
「なら……せめて神谷を外に出せ」
「それもできませんね。私には医学の心得はありませんから」

総司に制されて、二人の会話を傍で聞いているセイは、困惑した顔で見ている。

「今の俺は何をするかわからんぞ」
「それは神谷さんに、ということですよね?」
「!!」

ぎり、と斎藤が総司を睨みつけた。

―― 今の俺の何がわかる

睨みつけられても総司は平静にその視線を受け止めた。
訳が分からないまでも、斎藤がセイ自身と、セイが呼びかける言葉をきっかけにしているということだけは、おぼろげながらわかる。
斎藤がセイを大事に想っていることを知っているだけに、今、斎藤にとってはただ薬を抜くということ以上に辛い時間だろう。それを分かっていても、総司にはそれを止めるわけにはいかなかった。

「変な意味ではないですよ。斎藤さんにとって、神谷さんは弟分としてそれだけ大事だということです。今は、面目に拘っている場合ではありません。神谷さんを大事だと思うなら、斎藤さん自身で薬と暴れる自分を押さえ込んでください。そのためには神谷さんの力も借りましょう」

武士の面目にかまっている場合ではないことは明らかだ。斎藤ほどの男が狙われたとなれば、次に誰が狙われてもおかしくはないし、幹部を 狙ってきて薬漬けにしたとはいえ、目に見える怪我を負わせずに返してよこしている。他の平隊士ではないところが、相手がそれだけの腕と用意周到さを持って いるといえるだろう。

額に浮きあがった脂汗を手で拭った斎藤は、再びじわりと体の奥底からこみあげてくるものを感じながら、総司を見た時には、その目は嫌悪と不愉快さが混ざっていた。
「……アンタ……存外ひどい男だな」
「やだなぁ。斎藤さんのためですよ。どうやらまた辛いようですね。足はこのまま縛っておきますね」

総司は手で下がるようにセイに指示して、自分は斎藤の傍に座っている。
朝からほとんど禁断症状には間隔がない。眠っているか、僅かな合間に会話ができるくらいでしかないが、これが徐々に間隔があき、会話もしっかりできるようになる分、禁断症状が出た時の苦痛はもっとひどくなっていくのだろう。
セイは胸の内で斎藤が目覚めている感覚と会話ができる時間を推し量っていた。

まだ始まったばかりで、初めの山を越えるには三日はかかるだろう。解毒作用のある薬湯がどのくらい効くかによっては、もう少し早いかもしれないが、どうにも強い影響が量の多さを物語っている。

「ぐぅぅぅっ」

くぐもったうめき声を上げた後、斎藤はぐったりとなった。

「斎藤さん?!」

急に静かになった斎藤に驚いた総司が斎藤の顔を覗き込んでいると、セイが口を開いた。

「先ほど足した薬に少しだけ眠り薬を混ぜました。どのみち苦しんでいない間は薬のせいで眠いと思うんですけど、それにしても禁断症状がでても眠りが深ければ少しでも楽かと思って……」
「そういうことですか。それでいいんですか?阿片が抜けることには変わりないんですか?」
「わかりません。でも、今はそれで少しでも苦しみが和らぐ方がいいと思います。後になればなるほど、もっと辛くなりますから」

涙目で斎藤を見ているセイに、総司は上に上がるように言った。

「貴女は今のうちに少しでも眠ってください。斎藤さんがいなくなってからほとんど眠っていなかったでしょう?貴女がしっかり見てくれないと、これからの方が大変だって言ったのは貴女ですよ?」
「でも眠っていないのは沖田先生も一緒じゃないですか」

疲労と、混乱に疲れていても、総司より先に休むことなどできないと思った。疲れているのは、総司も同じだと分かっている。
反論したセイに、総司はにこっと笑った。

「それもそうですねぇ。じゃあ、二人でお昼寝しましょうか。上なら下から見えませんし」
「え、え、だって斎藤先生を見てないと」
「大丈夫でしょう。薬湯も枕元に置いてますし、暴れたらすぐに目が覚めますよ」

どんどんセイを急かして階段を上らせると、先ほどセイの分にと上げておいた布団を広げた。灯りとりの窓を半分だけ閉めて、さっさとセイをそこに寝かしつける。

「ちょ、沖田先生!」
「なんです?」

掛け布団をかけたセイの隣にごろりと横になった総司の顔がセイの顔の傍にあって、セイは赤くなって慌てた。

「あの、私起きてますから!先生こそお休みになってください!」
「何言ってるんです。私より貴女の方が体力がないんですからね。少しでも休んで回復してくれなくちゃ」
「でも、あの、私だけ布団で先生がそんな、駄目です!」
「仕方ないですねぇ」
「ひゃっ!!」

ひょいっと掛け布団の間に長身を滑り込ませると、あれこれと言い募るセイを懐に抱え込んだ。耳まで真っ赤になったまま、身動きができないでいるセイを抱えて、総司は目を閉じた。

「あ、あの……」
「まだ、何か言いますか?」
「……いえ」

総司の懐に抱えられて、その暖かさと隊士部屋で一緒だった時のように総司の匂いに、セイは赤くなったまま目を閉じた。自分の飛び出しそうな心臓の鼓動が総司に聞こえはしないかと思っているうちに、いつの間にかセイは眠りに落ちて行った。

しばらくセイが眠ってからも、小さな体を懐に抱えていた総司は、セイを起こさないようにそろりと身を起こした。どうやら深く眠ったらしいセイに、ふう、とため息をつくと自分はそっと階下に降りる。

きし、と僅かに鳴った音に、目を覚ましていた斎藤が視線だけを送ってきた。

「アンタ、本当に嫌な男だな」

苦笑いを浮かべた総司は斎藤の枕元に近づいた。ここからはセイが聞かなくていい話だ。

「斎藤さん。どこまで覚えてますか?何があったのか」
「老人だ。大店の主人のようだった。火事場で娘を助けたとか言い、礼をしたいと言われた」
「それから?」
「断ったが、頼みがあるといわれて細い路地に入って行ったので、仕方なく後をついて行ったような気がする。どうもその辺から定かではないな」

横になったまま斎藤が早口で答えた。次の波が来る前に答えられるものは答えておきたい。

「じゃあ、それからのことは?」
「覚えていない」
「夢の中では?」

阿片という薬の性質と暗示をかけられたかもしれないというこは、意識がない夢現の状態で何かがあったはずだ。それを何とかしなければ斎藤が危険なことには変わりはないだろう。
しかし、総司の問いかけに斎藤は答えられなかった。

夢の中で何をしていたかと問われれば自分がセイを抱いていた、いや正確にいえばセイに自分が求められていたというしかない。それを総司に言うことはできない。

「……覚えていない」
「……斎藤さん。女子の神谷さんでもでてきましたか」

間を置いてから視線をそらした斎藤に、容赦なく総司は問いかけた。
今は自分の私情にかまけている場合ではない。本当は、たとえ夢の中だとしても、セイをと思っただけで煮えるような熱い塊を飲んだ様な心持になるのだとしても。

視線をそらした斎藤はそれ以上答えなかった。

 

– 続く –