寒月 12
〜はじめの一言〜
格好いい平助もいます。
BGM:T.M.Revolution Imaginary Ark
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「さ、みんな行こうか。一番隊と三番隊の分も俺達が頑張らなくちゃね」
「承知!」
平助がにこやかに皆を先導すると、この緊急事態の最中でも程よい緊張感が八番隊の皆を包み込む。それぞれ組長の性質が色濃くでる新撰組ならではだろう。
巡察にでた八番隊は、特に先日の斎藤が行方知れずになったあたりから花街のあたりまでを回る予定になっていた。
平助の隣を歩く池田小太郎は、後ろを歩く隊士達には聞こえないように平助に囁いた。
「斎藤先生を襲った奴等は何が目的なんでしょうね。藤堂先生」
「不逞浪士ってわけでもなさそうだし、斎藤に個人的な恨みがあるか、新撰組に恨みがあるか。そんなところなのかなぁ。俺達全員をどうにかするわけにはいかないじゃん?」
「はあ……。藤堂先生もお気を付けて下さい」
心配そうな池田に、藤堂がちらっと眼を向けた。
「俺だけじゃないよ。皆同じだってば。っと、こんな時にでてくるもんだね」
巡察の隊列の前にぞろりと懐手にしたむさくるしい男達が三人ほどゆったりと現れた。藤堂と池田が足を止めると、自然に隊列も足を止める。
もう目の前に茶屋や揚屋の立ち並ぶ当たりにさしかかるところだ。
「俺達に用、かな?」
自然と右足を引いた藤堂が穏やかな口調で問いかけた。にやにやと下卑た笑いを浮かべた男達はどう見ても不逞浪士というより、食いつめ浪人が勤皇の士を装っているようにしか見えない。
立ち止まった隊列の後からも四人ばかり、同じような男たちが現れた。
「隠れていないでこうやって皆出てきてくれるなら俺達も楽なんだけどなぁ」
「そうですねぇ」
藤堂と池田ののんびりとした会話に、にやにやと笑っていた男の一人がぱっと刀を抜いた。身を引いた平助の立っていた場所に、予想よりも早い刃風が鋭い音をさせた。それを見ていた隊士達が即座に抜刀したが、平助と池田は鯉口を切ったまま他の者達の様子を見ている。
切りかかった男が刀を構えなおした。
「くそっ」
「強い奴等は見回りに出てこないという話だったが、そうでもないらしいな」
初めて、中央でにやにやと顎をさすっていた男が腕を抜いた。男の顔から笑みが消えている。そして、平助からも呑気な気配が消えた。
「その話、誰から聞いたか詳しく教えてもらいたいんだけど」
「さてな。教えろと言われて容易く教える義理もないが」
「そりゃ、そうだよね」
「俺に勝てば聞き出せるやもしれぬぞ」
ちゃき。
それが合図になった。
中央の男が刀を抜いたのと同時に、次々と相手方の男たちが刀を抜いた。花街に近い往来である。近くを通る町人たちの悲鳴が上がった。
「たぁっ!!」
「きぇっ!!」
隊士達と男達が斬り合い始めた。平助は目前の男と立ち合っていた。猛然とした打ち込みに、刃と刃が噛み合い、鍔元でがっちりと組み合うと双方が斬り上げるようにして離れた。
「いい腕だ。さすがは新撰組というところか?」
「褒めてくれてありがとう。名前は?」
「俺か?横山源七郎だ」
「藤堂平助」
横山と名乗った男は、どちらかといえば小柄なほうの平助よりも僅かばかり上背があるようだ。平助はその横山の懐にすすっと間合いを狭めた。横山は刃を返し平助の脇腹のあたりへ突きこんだ。
咄嗟に身をひねった平助は、脇を掠めた横山の刀を交わし、これも身をひねった横山の利き腕の筋めがけて切りつけた。無名ながら見事な二尺八寸五分の刀が引き際に平助の袖を切り裂いた。
踏み込みが足りずにかろうじて皮一枚を切り裂いた平助に、横山がにやりと笑った。
「んむ。いい腕だな。惜しい」
「そっちこそ。話を聞かせてはくれないよね?」
「そうだな」
最後の一太刀とばかりに、首筋に向けて切りつけてきた横山に、利き足を踏み込んだ平助が切りあげて、逆に肩口めがけて切りつけた。横山の鎖骨の辺りを切り裂いた平助は、横山を捕縛しようとした。
しかし、刀を引いた横山は切りつけられた肩口を押えて、素早く走り去った。
追いかけようとした池田を止めて、平助は懐紙で刀を拭うと、振り返った。
「皆は?無事?」
「はい。他の者達はあの者程の手錬のものではありませんでしたので……。藤堂先生こそ大丈夫ですか?」
「うん、俺はね。怪我はない?」
組下の者たちと捕縛した者たちの様子を確かめる平助を遠巻きに眺める町人達の人だかりの中に伊勢屋と喜助の姿があった。
平助は、番屋に走った者が連れてきた町方に捕縛した者達を引渡した。あの横山という男以外は、皆雇われた者達らしく、問い詰めても大したことは出てこないと思われたからだ。
あの横山という男を逃したことが悔やまれる。
「さあ、残りを回ってしまおう」
ようやく後始末をつけた平助は隊列を整えて、残りの巡察に向かった。徐々に人の群れもほどけていったが、曲がり角に佇んでいた伊勢屋は動こうとしなかった。
「元締」
「……おもろないなぁ」
あまりに動かない万右衛門に喜助が声をかけると、地の底を這うような万右衛門の声が聞こえた。
鷹揚とした万右衛門はなまじなことでは滅多に怒らぬ。しかし、今回はそもそもの依頼からして万右衛門が気に入らぬものだった故に、余計に機嫌が悪い。
横山は万右衛門の手持ちの中でもとびきり腕の立つ男であった。それ以外の者達は、横山の仲間と、盛り場でたむろっていた浪人たちを金で雇ったものだ。だから、そいつらがいくら捕まろうとも構わぬのだが、横山が敵わぬ相手とは……。
新撰組の中でも腕の立つ斎藤を捉え、原田は外堀から攻めている。沖田は屯所の固めにまわっているようだし、此度の巡察は八番隊というではないか。組番がそのまま腕の順ではないとは聞いていても、まさかにこれほどとは思わなかったのである。
「ほれ、今の子供のような若者が組長さんかえ?」
「へぇ。八番隊の組長である藤堂平助というお方だそうで」
「あないなお方が組長はんをやらはってるんやなぁ。こりゃ、金に見合う仕事やのうなってきそうや」
袖口で腕を組んだ万右衛門は、目の色を消して花菱に向かった。あとをついて喜助が身を縮めて歩く。花菱が遠くない場所にあってよかったと喜助は思った。
これほど機嫌が悪い万右衛門の傍に半刻でもついていることが恐ろしかった。
「喜助。横山先生の様子をみてきい。必要なら道庵先生のところへお連れしたらええ」
「へぇ」
花菱に辿りつく前に万右衛門は、喜助に言いつけた。顔も上げられずに喜助が走り去ると、再び万右衛門の目に暗い色が光った。
花菱には寄らずに、揚屋の一つに上がると、矢立を借り受けてどこぞへ文をしたためて、使いを出した。
店の小者が小粒を握りしめて駆けてゆくと、代わりに酒が運ばれてきた。仲居が酌をして去ったあと、万右衛門は盃を口にあてたまま、床の間に飾られた花を睨みつけた。
「このままでは、金の話じゃすまされへん。これはわしら町人とお侍の喧嘩や。あないなどぐされ侍連中も武佐の新撰組も、誰のおかげでこ の国が成り立っとると思うとるんや。わしらがせっせと稼いで、口に入るもん拵えてるからや。偉い人らはわしらの暮らしをなーんもわかってへん」
―― せやから、こうして裏の稼業が繁盛するんや
一人呟いた万右衛門は、酒を飲み干すと手酌で飲み始めた。
– 続く –
るーさん こちらこそ、年単位のお願いをかなえてくださってありがとうございます。 …
わーい!喜んで頂いてめちゃくちゃ嬉しいです!いつもありがとうございます! 褒めら…
おはようございます。 コメントありがとうございます。こちらこそ、今、風にはまって…
風の新作うれしかったので、こちらにもお邪魔します^^ 風光るにハマってしまって1…
そりゃーお返事しますよ!もちろんじゃないですか。 そんなこんなで久々にちょいちょ…