寒月 30

〜はじめの一言〜
敵に後ろを見せない、というより皆怒っていた、が正しいかも。
BGM:May’n   ライオン
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間をおいて、それぞれ差出人も変えて届けられた文はまず近藤の手にあった。

『 新撰組 近藤局長殿

土方副長殿をお預かりしております。お一人にてお迎えにいらしてくださいますよう、
お待ち申しあげております』

文を読み終えた近藤は、すぐにそれを懐に入れて刀を掴んだ。
ここしばらくの間に、すでにその怒りは十分に蓄えられている。外出を告げて、一人外に向って歩きだした。同じように、原田、永倉、藤堂にはそれぞれご存じ より、と書かれて女文字で花菱にてお待ちしております、と書かれている。迎えに来なければ、土方は斎藤と同じようにしばらく預からせてもらうと書かれてい る。

各々、別の場所で文を開いたものの、門に向かう間に自然と一緒になり、それぞれの口元に笑みが浮かんだ。

「なんだ。お前もか?平助」
「原田さんこそ。艶文なんておまささんが聞いたら怒るよ?」

原田と平助は交わした視線でお互いの行き先が同じことを察した。その背後から永倉が歩いてくる。

「なんだ、俺を置いて行く気か?」
「永倉さん」
「ぱっつあんもかよ」
「当たり前だろ」

ふっと笑った三人は、誰にも何も言わずに門から外に向かって歩み出した。近藤が屯所を後にして四半刻ばかり後のことである。

さらに遅れること四半刻。

最後の文は総司の手にあった。

近藤と土方を呼んだので是非とも総司にも足を運んでほしい、と書かれた文を握りしめて、屯所の中を探すと斎藤の姿がなく、いつの間にか原田、永倉、藤堂の姿も消えていた。隊士達に声を掛けて歩くと、四半刻から一刻も前にそれぞれが外出していったと聞かされた。

「私が最後ですか……!」
「沖田先生?」

一人噛みしめた唇の間からこぼれた声に、背後から声がかかった。賄いと病室を行き来していたセイが、総司が探し歩いている姿を見つけて近づいてきたのだ。

「どうかされましたか?」
「あっ、いいえ、原田さん達が飲みにいっちゃったみたいなんで迎えに行こうと思って」
「えぇ~?!先生方この状況で飲みに行ったんですか?副長に見つかったら殺されちゃいますよ」
「そうなんですよ。だから神谷さん。もし戻るのが遅くなったら、うまくやってくださいね」

いつもの笑顔を浮かべた総司に、セイは素直に頷いた。この状況で外出する彼等がらしいようでらしくないとは思ったが、気が急いている風の総司に深く疑いを持たなかった。
セイを誤魔化した総司は文を懐に入れてすぐに彼等の後を追った。

土方と斎藤が花菱についてからすでに二刻近い時間が過ぎようとしていた。

室内に充満した甘い香りに斎藤は脳の中が痺れるような感覚に包まれていた。あの苦しい禁断症状を思い浮かべても、それよりも与えられた快感の方がはるかに上回る。

解けたと思っていた暗示はまだ斎藤の奥深くに眠っていたらしく、お才が繰り返す呼びかけに瞬間の意識が飛ぶ。

「斎藤」
「……はっ……」

土方の低い呼びかけでかろうじて意識が呼び戻される。ぎろりとお才を睨みつけた土方は静かに言った。

「女。下がれ。俺は女だからって手加減するようなことはしねぇ」
「あら……。ほんに、副長さんは怖い方どすなぁ」

けして悪びれることなくお才はころころと笑いながら答えた。ふと、遠くの来客の気配に気づいたお才が顔をあげて立ち上がった。

「お客様がおいでになったようどすなぁ。暫時、失礼致します」

お才が客の迎えに玄関へ向かう。花菱の玄関先には近藤が現れていた。険しい顔の近藤が現れたお才に無言で刀を差し出した。脇差も添えて差し出した近藤に、お才は僅かに瞠目し、にっこりとほほ笑んだ。

すぐに離れに案内すると、現れた近藤に土方と斎藤が驚いた。

「近藤さん!」
「無事か、土方君、斎藤君」
「ば、なんだってあんたがっ」

言いかけた土方に近藤が部屋に充満した甘い匂いに眉をひそめた。土方が斎藤に視線を送り、近藤に頷くとそれがなんなのか、近藤にも伝わったようだ。
土方の隣に座った近藤は、二人の様子を見ながら案内してきたお才に問いかけた。

「私たちを呼んだのは貴女ですか」
「いいえ、少し待っておくれやす」

お才が下がっていくと、再び万右衛門が現れた。近藤の目の前に座るとにこにこと手をついた。

「これはこれは近藤局長はんですなぁ。ようおこしやす」
「私たちを呼んだのは主人殿ですかな」
「へえ。伊勢屋万右衛門と申します。先達て斎藤先生をお預かりさしていただいたのも私でございます」

正面から向き合った近藤と万右衛門は互いにじっと観察するように見つめ合う。
先に視線をそらしたのは万右衛門の方だった。

「すぐに他の皆さんもお揃いになりますやろ。もうしばらく待っとってください」

万右衛門は近藤の目の前の盃にも酒を注いだ。それを見ていた近藤はくいっとその酒をあけた。

「ばっ、近藤さん!何が入ってるかもわからねぇものを!!」
「俺達を殺すだけならとうにやってるだろう。それだけじゃないからこうしてここで待たされている。違いますかな?」
「さすがは局長はん。懐具合も大きゅうございます」
「武士としての面目や矜持を揺るがしたいということなのだろう。だから、酒には死ぬような毒など入ってないさ」

驚いて止めた土方に落ち着いた近藤の態度は冷水をかけたように正気に戻した。
確かに、万右衛門の受けた依頼は新撰組の稼動を落とすことではあったが、そのやり口は任されている。万右衛門は、依頼主の福永も、新撰組も武士という矜持や面目を叩き潰した上で始末をつけるつもりだった。

一度、たっぷりと薬漬けにされた斉藤以外は、甘い匂いに頭がぼんやりとするのと、異様に感覚が鋭くなっていく程度の影響ですんでいる。締め切られた部屋の中なのに、空気がわずかに動いていた。
花菱の屋内にはもう料理人や下働きの者達はいない。皆、暇を出したか、仕事をするものは新しい拠点に移っている。今、この屋根の下にいるのは万右衛門とお 才、喜助に、万右衛門が言うお楽しみのために呼ばれた者がいるだけだ。後は、周辺の揚屋や町屋に浪士達が息を殺している。

 

– 続く –