寒月 40

〜はじめの一言〜
BGM:YOKO KANNO SEATBELTS Tank!
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何事もなかったように過ごしている土方を見ていて、セイは心を決めた。六つ半を過ぎた所で斎藤と総司は屯所を出た。あとを追うように原田と永倉、藤堂も屯所を出て行く。

皆が出て行ったことを確認して、セイは七つ直前になるとすっくと立ち上がった。

「副長!」
「な、なんだ?」

文机に向かって仕事をしていた土方を引っ張ると、刀を押し付けた。

「お、おい、なんだ」

渡された刀を手にしながら土方は立ち上がった。土方の腕を掴むと急いで門脇まで行く。そこには駕籠が待たせてあった。

「おいっ、なんなんだよっ」
「いいから乗ってください!!」

無理矢理駕籠に土方を押し込むと、すぐに駕籠を出してもらった。セイは駕籠について走る。
駕籠が止まって下ろされた土方は、降りた瞬間にセイを振り返って怒鳴りつけようとした。

「てめぇっ、なんなん……」
「あれぇ、土方さん」
「総司……っ」

転がるように降りたところに総司と斎藤の姿を見つけて、そこが権現堂だということを知った。息を切らしたセイがその背後に立っていた。

「副長っ!!格好つけるなら最後までしっかりつけてくださいよっ!!」
「ぶっ」

土方が怒鳴りつけるより先にセイがびしっと言ったのを聞いて、総司と斎藤が吹きだした。少し離れた所にいた藤堂と、永倉、原田も笑いだしている。

「神谷の言う通りなんじゃねぇ?土方さん」
「そうだな。格好つけるなら最後までしっかりとキメないとあの女も浮かばれねぇだろ」

鋭い舌打ちが聞こえて、土方は刀を腰に差した。

「ったく。総司っ!!このガキちゃんと押さえとけよっ!!」
「はいはい。神谷さん」

総司に呼ばれてセイは原田達の傍に移動した。

「よくやったな。神谷」
「そうですよ。さすが神谷さん」

そんなことを言っているところに、横山と金山が現れた。予想に反して、二人だけで現れた。

「おおっ、なんとも豪勢な面子じゃあねえか」
「お前、誰が誰だかわかってんのか?」
「いやあ?でもわかるだろ?どの顔をみても強そうだろ」
「そうだなぁ」

にやりと楽しそうに金山が笑った。横山も金山も子供のように嬉しそうだ。斎藤が無言で刀を抜いた。喜々として金山が走り込む。

きぃん。

澄んだ金属の跳ね返る音が響いた。

「気が短いなぁ。じゃあ、俺の相手をしてくれるのはどちらさんかな」
「俺だ」

そういうと横山が頷いた。

「そう焦らなくてももいいだろう」

顎で示した先には金山と斎藤が向かい合っている。

「アンタいい腕だなぁ。俺は金山正太郎だ」
「斎藤一」

互いの間合いを測りながら、徐々に場を移っていく。じり、じりと場を移したかと思うと、ぱっと二人の場所が入れ替わった。

ぶわっと殺気が吹きあがる。日頃の斎藤の剣であればいかなる場においても殺気を纏うことはない。しかし、今だけは違った。その切っ先から鍔まで溢れるような殺気が込められている。

この男が件の仕掛けをしてきたわけではない。それは重々分かっているが、やはり一味であることに変わりはない。そして今、斎藤の剣を動かしているのは、己のためではない。
守るべきもののために剣を振っているのだ。

金山が刀を突き入れたのを斎藤が左足をひいてかわし、その右腕へと斎藤の一刀が滑り込んだ。瞬間、腰を落とした金山の右の肩先を斎藤の刀が切り裂いた。
腰を落とした金山はそのまま、かわしきれない右肩を捨てたように、下から救い上げる様に斬り上げた。そのまま、右足を引いて斎藤から離れる。

身を引いた金山の膝頭めがけて斎藤が横薙ぎに刀を振るう。

着古して入るが、手入れのされた金山の袴が膝から下に斬り裂かれる。

決して道場稽古をしている者では味わえぬ戦いであることはお互いに分かっていた。金山は呼吸を整えると、斎藤の正面に一歩踏み込んで大上段に構えた。
次の瞬間、斎藤が体を低くして金山の目前へと躍り込んだ。同時に金山も振りかぶったまま、踏み込んで迎え撃った。

「ぐ……」

金山の喉元から噴き出した血が口からも溢れだした。構えた刀ごと天に向かって捧げるように仰け反ると、砂利の上に崩れ落ちた。

「は……」

荒い息を吐きながら斎藤が刀を拭った。横山がそれを見ていて、にっこりと笑った。

「よかったなぁ。強い奴と戦えて……」
「俺では不足かも知れんが我慢してもらうぞ」
「不足なら次があるさ」

ざっと刀を抜き払いながらお互いに飛び退った。先ほどの斎藤と金山の戦いは、どちらも正当な流派での修業を積んだ者たちが、さらに実戦 で磨きをかけた上での戦いであった。しかし、横山はいずれかの流派に属するものではなく、勝手気ままに剣をふるってきた。面白いと思えば、食客となり、飽 きがくればぷいとでていく。

その繰り返しで、一つの流派を納めたことなどはない。そして、土方も同様に薬の行商時代には道場破りまがいのことをして、各流派に殴り込み、我流で剣を磨いた。天然理心流では目録取りでしかない土方もまた、実戦が磨いた剣だといえる。

強いものと戦いたい。

その横山の気力と、己の矜持に掛けて刀を向けた土方の気がぶつかりあった。

「やぁっ!!」

気合いの声と共に猛然と土方へ向けて、横山が迫ってきた。土方の鼻先を鋭い刃風が掠めた。身を引かずとも届かなかった一刀に、さらに横山は踏み込んで土方の胴を打ち払った。
しかし、その瞬間には十分な間合いをとった土方が飛びのいている。

 

間合いを詰めながら向き合う二人の頭上には、日が落ち始めて朱色の空が広がり始めた。

 

 

– 続く –

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