寒月 7

〜はじめの一言〜
これは辛い三人かも?!
BGM: How Soon Is Now

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平隊士達が、すでに斎藤を蔵に運び込んでいる。その他に必要な火鉢と土瓶などを持ち込んでもらった。桶に水と手拭を用意する。

「神谷、蔵に入れた後はどうすればいい?」
「南部先生がいらっしゃったときだけ蔵にお連れしてください。あとは鍵を閉めてください。日に三度、食事と後は沖田先生は夜には蔵から出ていただいていいと思います」
「神谷さん、それは駄目です。夜の間でも状況は一緒ですから私も一緒にいます」

土方の問いに、セイが答えると総司が反論した。今は誰もが疲れて寝不足なのは分かっている。そんなところで総司によけいな負担をかけたくなかった。

「沖田先生は、何かがあった時に出張っていただかないと」
「そんなことを言っても、貴女だって一人じゃ無理です」
「沖田先生!休まれてないですよね?」

お互いが譲らないことには先に進まないと思った土方が、割って入った。

「いいから!お前らは、とにかく、蔵に、行け。後はその時に考えればいい」

土方に言いきられて、二人は黙った。それでも動かない二人を土方が睨みつけてしぶしぶセイが動いた。その後に総司がついていく。
ため息をついた土方は頭を振って近藤の元へ向かった。

 

セイは、蔵に向かいながらどこかで緊張していた。本当に無事に斎藤を取り戻せるのか、自分が助けられるのか、わからないから怖い。

その肩に後ろから総司の手が伸びて引き戻される。はっとしてセイが蔵の前で振り返った。蔵の前には、鍵を持った隊士が不安げに二人を見ていた。

「しっかりしなさい、神谷さん。貴女が斎藤さんを助けないで誰が助けるんです?!」

―― そうだ。私がしっかりしないと。

「必ず助けます」
「そうですよ。私には医学の心得などないのですから貴女の手助けしかできないんですよ」

重ねて言う総司に、セイは頷いた。
蔵の中に入ると、明かりとりの二階部分から光が入っていた。そのほかに、灯りの支度もされている。

「朝餉も中に用意しています。もし斎藤先生が召しあがれるようなら声をかけてください。飲み水にもなるように、お湯の支度以外にも水を汲んであります」
「ありがとうございます」

どちらへともなく、説明した隊士に総司が礼をいい、セイが頭を下げた。二人が中に入ると、その後ろで蔵の引き戸が閉められて、さらに重い扉が半分だけ閉められた。
とたんに薄暗くなった蔵の中で、セイは斎藤の枕元に座った。傍に行燈を引き寄せて、灯りを点す。

「さ、まずは私たちは腹ごしらえをして元気を蓄えときましょう!」
「はい」

食欲など、全くなかったセイだが砂を噛むようにしてなんとか朝飯と味噌汁だけを飲み込んだ。総司は、自分の分をにこにこと平らげて行く。
総司の様子を見ていると、セイは自分の弱さを思い知る。こんな風に、いつどんな時でも次のために食事もとっておけるようにならないと、生き残ってはいかれないのに。

セイと目が合うとにこっと笑った総司につられてセイも微笑んだ。

朝餉を食べ終わると、膳を重ねて入口の脇に置いた。白湯を汲んで総司に出すと、セイは再び斎藤の傍に座る。

「沖田先生、今はまだ斎藤先生も眠っていらっしゃるみたいですから、今のうちに少しお休みになってください」
「私はまだ大丈夫ですよ?」
「いいえ、本当に兄上が目が覚めて暴れたら、私では敵いません。少しでも仮眠をとって下さらないと、私も困ります」

それはセイも本音だった。寝不足で疲れきった状態では、いくら総司といえど何があるかわからない。
それには総司も仕方なく頷いた。セイ達の分の仮眠用に布団が持ち込まれている。
広げることはせずに、寄りかかるように座ろうとした総司に、すかさずセイが立ち上がって、灯りの弱くなる奥の方へ布団をひいた。

「どうぞ」
「……ありがとう」

羽織を中二階へ続く階段に掛けて、総司はごろりと横になった。セイはそれを見ながら、いつ斎藤が目覚めてもいいように、火鉢にかけていた土瓶から少しだけ吸い飲みに薬を移した。

 

乱れた呼吸を繰り返す斎藤は、お才に引き込まれた夢の中にいた。
お才は、繰り返し名を呼び、繰り返し神谷だということで正確に知覚できない斎藤を騙して、自分をセイだと思いこませることに成功していた。

「斎藤先生、私、ずっとこうして欲しかったんです」

幾度も繰り返し肌を寄せるお才に、斎藤は現実ではない、と必死に抵抗していた。
本物のセイならばそんなことはあり得ないのだ。一途に総司を思っていることは傍目にみても明らかだったわけだし、兄として自分を慕ってきていても、男としては見られていないことなど十分に承知している。

なのに、この誘惑に逆らいきれないのは、どこかで願望を捨てられないからだ。

―― 俺は何をしているんだ。こんなはずはない

斎藤の頭の中で正常な意識が止めようとする。しかし、誘惑に負けた斎藤は、お才に引き込まれていく。

「俺は、馬鹿だ」

夢の中で、自嘲気味に斎藤は呟いた。

 

時折、額の汗をぬぐいながら斎藤の傍についていたセイは、斎藤が苦しげに何かを言いかけたのを見て、斎藤を呼んだ。

「斎藤先生?……兄上」

その呼びかけが、夢の中の呼びかけと重なった。

「かみ……や……」
「はい。兄上!お傍にいます」

セイが呼びかけると、いくらか斎藤の意識が外と繋がり始める。ずっと、薄く目が開いても焦点が合わずに彷徨っていた目がゆっくりと開かれて、天井を見た。背後からは総司の寝息が聞こえている。

「兄上」
「神谷……どこ……だ」
「ここにいます。屯所ですよ。ちゃんと戻っていらっしゃいました」

セイは斎藤の手を掴んで、夢の中へ引き込まれないように、強く呼びかけた。

「う……あ……」

引き込まれそうなものから振り払うように斎藤は意識を無理に奮い立たせた。
セイは、斎藤の口元に吸い飲みを宛がった。少しでも意識をこちらに向けられないかと思ったのだ。唇に触れた感触に口が開き、少しだけ薬を飲ませる。

「はっ……」

僅かでも意識のあるうちに喉元を通り過ぎた薬湯に、斎藤が息をついた。まだ頭の中が靄にくるまれたようにはっきりとはしないもののようやく、斎藤が口を開いた。

「俺は……どうなった、んだ……」

 

 

– 続く –