頑固者の矜持 1

〜はじめの一言〜
斉藤さんはやっぱりカッコいいと思いますよ。

BGM:
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刀の手入れをする際に、廊下にでて行うものが多いのは、広くて邪魔に隊部屋のように誰かの邪魔にならないからだ。
そんな廊下の端にいても姿勢正しく、正座姿で手入れをしている男。

普段は部屋の中で行う手入れをわざわざ廊下に出てやっていたのは、隣の部屋の様子が気になったからだ。

「いい加減に聞き分けなさい」
「でも、沖田先生!」
「神谷さんは今日の巡察からは外します。屯所に残っていなさい。さあ、ほかの皆さんは行きますよ」

気遣わしげにセイの顔をちらちらと眺めながら一番隊の隊士たちは総司の後について、隊部屋を出ていく。
最後まですがっていたようだったが、どうやら却下されたらしい。隊部屋から廊下に出て、総司や皆が巡察に出ていくのを泣きそうな顔で見送ったセイはしょんぼりと項垂れて隊部屋に戻っていく。

今度は三番隊の隊士たちがちらちらと斉藤の様子を窺った。

こういう時に、セイの面倒を見るのは斉藤と相場が決まっている。なんだかんだ言って、厳しい組長でもあるが、組下の信頼が厚いのはこういうところなのだ。

刀の手入れを終えて、道具をしまった斉藤は着流し姿でふらりと隊部屋を出た。
人気のなくなった隣の隊部屋を覗き込むと、自分の行李に頭を突っ込んでいる姿が見える。

ひたひたと背後から近づいた斉藤は、セイの隣に屈みこんだ。

「たまには甘えたらどうだ」

ぼそりと聞こえた声にがばっとセイが頭をあげた。
曇り空で、隊部屋のこんな奥では薄暗くて顔もろくに見えないくらいだが、今日は泣かずにいるらしい。悔しそうにしてはいるが、涙は見えない。

「兄上」
「茶でも飲むか」

呑気にそういった斉藤に、セイが首を振った。

「斉藤先生。私は隊務をさぼってるわけじゃありません。居残りを言いつかってるのです」
「ふむ。ならば、よその組とはいえ、組長の命令でもあるが?」
「あっ」

ぶすっと応えたセイに、膝を抱えた斉藤が淡々と答える。
確かに組は違えども組長の命令だ。自分の組長が不在の時はほかの組長の指示に従うのは隊士として当然のことで、セイは躊躇うように視線を逸らした後、頷いて立ち上がった。

幹部棟の小部屋にいるのでそちらに持ってくるように言うと、斉藤は先に幹部棟に向かった。
隊部屋ではなかなかできないような話をするための部屋も幹部棟には一応あるにはある。いつもセイが借り受けている部屋ではなく、そういった幹部が使うための部屋の一つに斉藤は入った。

薄暗いために障子をあけ放っていると、いくら今日は暖かなほうだといっても、風が吹けばひんやりと部屋の中は冷えてくる。部屋の隅にあった、火鉢を持ってくると、部屋の入口に近いところで炭を入れて火を起こした。

普段から人気がある部屋ではないので、小さなものを入れただけなので火鉢に手をかざしたあたりだけがほんわりと熱気に触れる。

そこにセイが茶を持って現れた。

「お待たせしました。斉藤先生」
「うむ。お前もそこに座れ」
「はい」

素直に火鉢の傍に腰を下ろしたセイは、赤く灰の下で燃えている火をじっと見つめた。

「何が原因だ?」

は?とセイが顔をあげると斉藤が茶をすすりながら、ちらりと視線を向けてくる。巡察から外されたわけを問いかけていたのだとわかると、ああ、と小さくセイは呟いた。

「わけはこれです」

そういってセイは両の手のひらを斉藤に向けて見せた。それはひどく傷んでいて、マメがあちこち潰れて倦んでいた。

「なんだその手は」

思わず眉をしかめた斉藤にセイが微かに笑った。
総司にも同じ反応をされたのだ。そして、思い切り叱られた。

「なんですか?!その手は。貴女は何を考えているんですか!」

叱り飛ばされたのは、差し出した手拭いを受け取るときにセイの手に総司が気づいた時だ。
新しく稽古用に竹刀を新調したのだが、密かにセイは内側に重さをつけた。

皆と同じような太い木刀を使うことはセイの腕には負担が大きいと言われてから、ずっと竹刀ばかりを使っている。
それでもいくらか筋力がついてきたから、芯を重くしてもらったのだ。

おかげで二の腕には効いているようだが、握りが重くなって、手に豆が増えたのだ。

一見はただの竹刀なので、誰もそれには気づかずにいたが、手のひらは稽古をすればするほどひどくなって、つぶれたマメが倦み始めて、ようやく総司が気づいた。

「大したことはありません。すぐに治ります」
「治るわけがないでしょう!」

強引に手のひらを開くと、色の変わったところまであって、かなりひどい。これで毎日掃除や稽古をしていたら治るものも治らないと厳しく総司に叱られた。

「その手が治るまでは巡察も来なくていい。稽古も禁止です!」

そんなやり取りがあって、先ほども巡察についていくというセイに総司が厳しく居残りを言い渡していたのだ。

「ふむ。その傷、自分でもすぐには治らんことくらいわかってるんだろう?」

真顔で問いかけた斉藤に、口を真一文字に引き結んだセイは黙り込んだ。つい先ほどなど、巡察ぐらい大丈夫だと言って、ますます総司の怒りを買ったばかりだった。

「ちゃんとみせてみろ」

ぱっとかざされただけではよくわからないからといって、斉藤はセイに手を広げさせた。
青黒いところと、かさぶたのところと、特に親指の付け根のあたりはもう何色と言っていいのかわからない。ろくに薬もつけていないのか、じくじくとした手を見た斉藤はふむ、と小さく頷いた。

「少し待っていろ」

拗ねた顔のセイに、そう言い聞かせると、隊部屋に取って返した斉藤は、膏薬とせんじ薬と、包帯を用意すると、再び小部屋に戻った。
おそらく、手に包帯を巻いてしまえば、どうしたのかと問いかけられる。それを恐れて、手当てをおろそかにしていたのだろう。実は、恐ろしく痛むはずだが、よく堪えたものだと思う。

「かせ」

左の手から広げるように言うと、丁寧に膏薬を塗り付けて、手のひらをぐるぐると包帯で巻き上げた。
今まで我慢したのに、ついに巻かれてしまった包帯を恨めしそうな顔でセイが見ている。まったく、と思いながら斉藤は、右手にも膏薬を塗り付けてきっちりと包帯を巻いた。
剣の修業をしていれば自然と身につくのか、この手の手当ては斉藤も総司も丁寧で的確なのだ。

「少しでも強くなりたかったんです」

初めてセイがつぶやいた一言は、ひどく悲しそうで、自分の至らなさを少しでも補おうとしたことが裏目に出てしまったことを悔いているようでもあった。

 

 

– 続く –

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