頑固者の矜持 2

〜はじめの一言〜
斉藤先生の強さというか、総ちゃんにはないところがすてきです。

BGM:
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

「俺は思うが」

わざと途中で言葉を切った斉藤は、どういえばいいのか考えながらふと火鉢の灰を掻き起こした。

「思うんだが、素人は頑固で、玄人は素直だと思う」

急に頑固だの、素直だのと言われてセイはきょとんと眼を丸くした。

「つまり、剣術を習いたての者は、型から入って、見よう見まねで稽古をする。どうすればよいか、理屈や、師のいうことで頭がいっぱいになる」
「それは、師に習っているわけですから当たり前ではないですか?素直だと思いますけど」
「いや、それは素直とは言わんだろう。自分が正しいと思ったことしか目に入っていないという頑固なだけだ」

確かに、剣術の稽古を始めてすぐというものは、素振りから始まり、木刀を持って、型を習い、作法を習う。師の言葉を素直に聞いているようでいて、自分が認めた師の都合のいいところしか聞いていないのだ。

「師の言葉をすべて、素直に聞いていれば、そいつはあっという間に天才になる。だが、実際は、都合よく解釈し、都合よくできることのみを受け入れるからこそ、それぞれに上達の差も出るし、また実体験を理解していないから口先だけのものになる」
「私は、そんなことはありません!」

向きになって言い返したセイにじろりと目を向けた斉藤は、それには答えずに先へを話を進めた。

「それに対して、そこそこ熟練したものというべきか。そういった者達は素直だといえるだろうな。上達するとわかれば、どんなものでも吸収し、身に取り入れようとする術を心得ている」
「私だってそうです!」
「なら、あんたは明日から師である沖田さんと同じくらいの腕前になるということだな」
「それは……!」

ぐっと言葉に詰まったセイは唇をかみしめて火鉢のふちを無意識に掴んでいた。じわりと手の傷に膏薬が染みてきて、ひりひりとする。

「俺や、沖田さんならどんなことでも剣の腕が上がるならする」
「私だって!強くなりたいと思ったからこうして」
「強くなりたければ、なぜ先に沖田さんに言わなかったんだ?言わずにしたということは、自分でもやましいことがあったのか、正しいと思えなかったからじゃないのか?」

やましいこと。
総司の知らない間に、強くなって褒めてほしかった。

『よくがんばりましたね。神谷さん』

ただ、そういってほしかったのだ。竹刀を振り回すだけではもう目覚ましく筋力が増えるということはない気がして、少しでも自分にできることをしたかった。

「そして、俺達ならば、さらに上に局長がいて、最善の方法を知っている人物により効率の良い方法を尋ねる。手前勝手にできることなど、たかが知れていて、悪ければ回り道にもなるからだ」
「私のしたことは回り道ですか」
「手が治るまでは稽古も禁止だと言われたのだろう?」

毎日鍛錬を重ねるから筋肉は思う通りに動き、筋力も維持できる。休んでしまえば、その分、鈍ってしまい、取り戻すのに何倍も時間がかかることさえある。
言われればわかることでも、今は素直に頷けなかった。

「何を焦っているんだ」
「焦ってなんか……」

―― 焦ってなんかいない

たとえば、中村がいつの間にか、自分よりも背がずいぶん伸びて、合同稽古でも体捌きがうまくなっていたこと。
たとえば、新人隊士が自分よりも剣術の腕が上だったこと。
たとえば。

いくら頑張っても、頑張っても、先の見えない道を走っているような気がして、どこかで頑張っているのだと、間違っていないのだと、言ってほしかった。目に見えない上達など、あってないようなものだ。
稽古では、常に厳しく叱られているし、力でもつけなければ自分の弱点の克服にもつながらない。

そんな思いがあふれてきて、セイは両手で顔を覆った。

「どうしていいのかわからないんです」

もっと、もっとと願う気持ちと、現実はセイに思うような結果を見せてはくれなくて、本当の姿に覆いをしてしまっている。

泣き出したわけではないが、セイが顔を覆ってしまってからしばらくの間、斉藤は何も言わなかった。火鉢の灰が増えてきた頃、何かを思い出したかのように口を開いた。

「その辺に、碁石はないか?」
「……碁石?ですか?」

顔を伏せてぼーっとしていたセイは、立ち上がると部屋の中の棚や引き出しを探した。飾り棚の奥から埃をかぶった碁石が出てきた。碁盤がないのは、ほかの部屋で使われているのだろう。

ふっと吹いて埃を払うと、セイは斉藤にそれを差し出した。

「これでよろしいですか?」
「ああ」

白と黒の両方の蓋をあけると、斉藤はセイにそれを差し出した。碁盤もないのに何をするのかと思っていると、思いがけないことを言った。

「あんたが、沖田さんの強い、と思うことをいくつでもいい。石を一つ多くごとにあげてくれ」
「強いと思うことですか?」
「ああ。たとえば剣術でもいい」

うーん、と白い方の意思を手にしたセイは、畳の上に一つ碁石を置いた。

「では、剣術」

そういうと、一つ、一つと置くごとにセイから見た総司のどこが強いと思うか上げ始めた。

「体術に、気配を殺すこと、気持ちとかもいいんですか?」
「ああ。構わん」

斉藤が頷くと、セイは、気持ち、どんな時でも笑顔を絶やさないこと、などを挙げて行った。

「終わりか?」
「ええ、まあ」
「今度は、黒い石であんたがこの中でできることに石を置いてみろ」

そういわれると、今度は悩んでしまう。いつでも笑うことなどできるだろうか。剣術などもってのほかだ。

「すみません。できません」
「なぜだ」
「私にはどれも難しいからです」
「ふむ」

今度は斉藤が黒い石を手にすると、いくつかに碁石を置いた。

「これは俺が見て、お前が当てはまると思うことだ」
「そんなとんでもありません!」
「俺は世辞など言わん男だ。それに、これだけじゃない」

そういうと、書類書き、屯所の管理、医術など、黒い石を並べていく。
白い石で並べられた総司の強いところとセイの強いところは少しだけ重なって、残りは重ならず横に広がっていた。

「これが俺が、お前の強いと思うところだ」
「そんな……。兄上はお優しいからそういってくださいますが、きっとどなたでもできることですよ」
「それを言うなら剣術だって誰にでもできることだ。まして、もって生まれた体格の良いもの、筋力の強い者などはもっとそうだろうな」
「……」

何と言っていいのかわからずに黙り込んだセイは、横に並んだ碁石を見つめた。

 

– 続く –